春の始まり
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1年1組の教室。
人見知りをする私は、さっそくカチコチに固まっていた。
……顔がこわばってる。ほぐさなきゃ……。
むにむにと手で頬を伸ばしたりする。
心細いからハルの所に行ってみることにした。
私の席は真ん中辺りの前から3番目。
ハルの席は一番後ろで窓のすぐ側。頬杖をついてボーッとしている。
私もハルも、真琴がいないクラスでやっていけるだろうか……。
「なあなあ、水泳部入んない?」
明るく通る声の方を見ると、髪をツンツンと立たせた男子が近くの席の子に話しかけていた。
子犬みたいな元気な表情。すごく積極的だ。誰とでも仲良くなれそうだな。
そう思いながら視線をずらすと、彼を疎ましそうに見ている子がいた。
長い前髪から強い視線がのぞいている。静かな方が好きなんだろうか。
ハル、と声をかけようとした時。
聞き覚えのある声、見覚えのある男子がハルに話しかけていた。
柔らかそうなハネっ毛。
人懐こそうな笑顔。
「貴澄?」
「え、アオ!?わぁ久しぶりー!」
にこっと笑う貴澄に少しホッとする。
鴫野 貴澄。凛の家に遊びに行くたび、一緒に遊んでいた仲だ。
「今七瀬くんにね、凛から岩鳶スイミングクラブにすっごく速いやつがいるって聞いた話をしてたんだー」
「スイミングクラブ!?お前らSCに通ってんのか?!」
話を聞きつけたのか、水泳部勧誘をしていた彼が目を輝かせてやって来た。私はとっさに身構えてしまう。
「えすしー?」
「スイミングクラブの略だよ!」
きょとんと目を丸くする貴澄に教えてから、彼はこっちに向き直った。真っ直ぐな目に思わず背筋が伸びる。
「俺、椎名旭!えっとー……七瀬、向日!部活はもちろん水泳部入るよな!」
そう名乗った彼は名札をのぞき込んだ後、元気に勧誘してきた。何で初対面の人に話しかけられるんだ……?
「まだ決めてない」
「……私、水泳部は……」
そっぽを向いて答えるハル。
私は首を横に振りながら口ごもった。
確かに私もSCに通っている。
でも今は……。
「え!決めてないの?なら僕と一緒にバスケ部入らない?」
「おい横取りすんなよ!水泳部入ろうぜ。な!」
「スイミングクラブ入ってるならそれ以上泳ぐ必要ないよね。だったらバスケ部だよ。ねぇアオ、マネージャーとかどう?」
貴澄と椎名の勧誘合戦に戸惑う間。
あの長い前髪の子がまた、鋭い目をこっちに向けていた。
***
帰り道がてら3人でSCに向かう。
がちがちになりそうだった頬を両手で念入りにほぐしていると、真琴がおかしそうにくすりとした。
「そんなに真剣にほぐさなくても」
「……このまま無表情で固まられたら困る」
「今のアオ、ちゃんと表情が変わってるから大丈夫だよ」
話しながらSCの入口を抜けた時。
「あ、」
ロビーの壁。そこに飾られている写真たちの1つを見て、私は声を上げた。
「あの時の写真、飾られたんだね」
真琴がちょっと懐かしそうに言う。
それは、去年の冬の大会。
ハル、真琴、渚、そして凛の4人がメドレーリレーで優勝したとき撮られたものだった。
そこには私もいた。
撮るとき凛が私の手を引いて輪の中に引き入れた感覚は、まだ覚えている。
照れくさそうにそっぽを向いてるハルや、はずかしそうに頬を染めてる私以外、皆笑っている。特に凛が、一際輝くような笑顔で写っていた。
「凛、どうしてるかなぁ」
向こうで毎日頑張ってるよ。
そう真琴に言おうとした時。
「さあな」
ハルが淡々とつぶやき、すたすたとロッカールームに歩いて行ってしまった。
***
「ハルちゃんマコちゃん! アオちゃーん!」
水着に着替えてプールサイドに行くと、両手を広げて渚が駆け寄ってきた。
「渚、走ったらあぶないよ」
「あっ、ごめーん」
お兄さんらしく注意する真琴に、渚がえへへと笑う。学年が1個上がっても、渚は渚のままだ。
「転んじゃうぞ」
「だいじょうぶだよー! ねぇ中学校どんな感じ? 楽しい?!」
私の言葉に笑顔で答えてから、無邪気な瞳で聞いてくる。
両手をぐーにしているところが幼さを感じた。
「1日じゃ分かんないよ」
「これからだからな」
「普通」
「そう……。ぼくもハルちゃんたちと同じ学年ならよかったのに……」
私たちの答えを聞いた後、渚がしゅんとした。
「渚も来年になれば中学生になれるよ」
「でも! 今年はハルちゃんとマコちゃんとリレー出られないでしょ? アオちゃんとも一緒に練習できないし。リンちゃんもいないし」
真琴がなぐさめるように言うと渚はそう言い返し、またしょぼんとした。
ちょっとすねたような、さみしそうな渚の言葉に少し暗い気持ちになった。
「そうだね……」
真琴も、少し影が差したような表情で言う。
ハルは、ふいと顔をそらしてプールに行ってしまった。そしてバシャンと飛び込む音。
「こらぁ遙! またお前は勝手に!」
笹部コーチの声は、たぶん……というか絶対聞いてない。
「じゃあ私も練習行くな」
「うん。頑張ってね」
「ありがとう」
真琴と渚にちょっと手を振って、私もプールに向かった。
今の私は週3で、ビート板を使って練習している。水泳からは少し距離を置いていた。
カナヅチな訳では無いし、そうしている原因はケガじゃない。メンタル面……心の問題と言われた。
水に入ると自分がどう泳いでいたか分からなくなってしまう。
……また、前みたいに泳げる日が来るのかな。
ぼんやり考えながら、私はバタ足を繰り返していった。