春の始まり
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ハルが着替えるのを、真琴とロッカールームの外で待つ。すぐ用意できたみたいで、思ってたより早く出てきた。
けど。
「ハル、襟……」
「ハルだめだよ。襟しめないと」
真琴がすかさず直す。
ハルはホックと第一ボタンまで開けていた。
「くるしい」
SCを出ながら、ハルが顔をしかめる。
「すぐ慣れるよー」
ホックまでちゃんと留めた真琴は平気そうだけど、ハルを見てると首がきゅうくつそうだ。
「私のと違うな」
セーラー服はむしろ首まわりがあいている。
ハルがちらりとこっちを見てきた。
その視線はどこか少し羨ましそうだった。
まだ茶色の田んぼと、やわらかな緑。
道の横に並んで生えている桜はどれも満開だ。
ひらひらと落ちる花びらに手を伸ばすと、ふわりと逃げてしまった。
「なんであそこに居るって分かった」
木漏れ日の道を歩いていたとき、ふとハルが問いかけてきた。SCに私たちがいたことだろう。
「ハルのことならなんでも分かるよ」
ふふっ、と真琴が笑って答えた。
それを聞いてハルが目を少し丸くする。
私の目も丸くなる。
おばさんに聞いたんじゃなかったのか?
「……と言いたいところだけど、おばさんに聞いたんだ~」
「……あぁ」
種明かしをするように言った真琴に、納得したようにハルがつぶやく。
「うそ、よくないぞ」
「ごめんごめん」
こそっと耳元で言うと、真琴は少し照れたように笑った。
「ハル、アオ、なにか部活入る? ぼく……あ、」
真琴が何かに気づくように言葉をつぐむ。
そして、こほん、と咳ばらい。
「お、"俺"はまだ、迷ってて」
「「"俺"?」」
どうして一人称を変えたんだろう。
小首をかしげて繰り返すと、いぶかしそうなハルの声と重なった。
「今日から中学生だし、自分のことは"俺"って言おうかなって」
へへ。と、頭をかきながら 照れくさそうに真琴は言う。
「"イメージチェンジ"っていうやつか?」
そう聞くと、「うん」とまた笑う真琴。
制服を着たからか、真琴も少し変わった。
そのとき。サアッと風が吹き抜けた。
「わ……っ」
思わず目を閉じる。
次にそっと開けたとき、たくさんの桜の花びらが青空に舞い上がっていた。
「わあ……」
その光景に、目が釘付けになる。
真琴も感動したような声を出した。
ひらひら、ひらひら。
ピンク色が揺れる。
3人で見とれていたとき。
一瞬の陰りができた後に鳥が1羽、空に羽ばたいていった。
あの鳴き声は鳶だ。
花びらがまだ空中で舞う中、ふわりと1つ、茶色の羽根が落ちてきた。
それをハルがそっとつかまえる。
そのまま3人で少しの間。
小さくなっていく鳶と雪のように降りそそぐ桜、綿雲が浮かぶ春の空を見つめていた。
***
陽を反射してきらめく、青く澄み渡る海。
波打ち際で遊ぶようにしている鳩。
汽笛を鳴らしながら船着場に近づく漁船。
菜の花が包む通学路。
【岩鳶中学校 入学式】
真新しい校舎と体育館。
いろんな小学校から生徒が集まるから、クラスが4組まである。けっこう大きい。
クラス表の前は人が集まっていて、背伸びをしても、飛び跳ねても、ほとんど見えない。
ハルもつま先立ちを何度かしてから、ため息をついていた。
「あ、あった。俺2組だ」
そんな私たちをよそに、真琴はあっさり見つけていた。
また背が伸びたのかな。男子はいいなぁ。
「ハル、アオ、見えない? 2人のクラスはねー……あ、1組だ……」
「えっ」
真琴の残念そうな声に私も声を出す。
「クラス分かれちゃったね……」
「……毎年一緒だったのに……」
「……隣のクラスなんだから、合同授業とか体育で一緒になるだろ」
真琴が一緒じゃない……。
初めてのことに少し落ち込む私としょんぼりした真琴に、ハルがクールに告げた。
「それはそうだけどー……」
「たちばな~!」
「!」
何か言おうとした真琴に1人の男子が飛びつき、私はびくっとハルの後ろに隠れた。
「わっ。あ、望月くん?」
「おっす!俺も2組!同じクラスになるの、小3以来だよなー」
真琴と仲がいいみたいだ。
屈託ない笑顔の彼を見ていると、ハルが先にすたすたと歩き出した。
「あ……」
「あ、待ってよハル!」
背中に真琴の声を聞きながら、私はハルについて行った。