決意の眼差し
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「そういや、ハルん家の居間って5人寝られそうだな!」
お風呂に入る前に布団を敷くとき。
旭がそう言い、私はあわてた。
「狭かったら、私廊下で寝るから……」
「まだスペースあるから大丈夫だって!同じ1年仲間だし一緒に寝ようぜ!」
遠慮して出ようとしたとき、旭に両手をつかまれて居間に引き戻された。
開けっぴろげな笑顔に思わず惹き込まれる。
「……ありがとう」
ハルが隅にちゃんと布団を敷き、私もハルの布団の横に並べるように敷く。
郁弥はハルの布団に垂直になるように。
旭は郁弥の横にばさっと。
真琴は私と旭の間に合わせるように敷いた。
「……蒼、先に風呂入ってこい」
「分かった。なるべく急ぐから」
ハルにそう言われ、私はパジャマ類を抱えて小走りでお風呂場に向かった。
***
「……旭、言っとくけどアオは女の子だからね?」
「ん?それがどう……あ、」
蒼が居間を出てから郁弥に言われ、旭は顔をりんごのように赤くした。
「だ、だってあいつだけ仲間はずれとかかわいそうだろ!」
「そうだけどさ……なんで普通に一緒に寝ようとか言えるの」
「……一緒に寝るくらい普通だろ」
両手をぶんぶん振ってあわてる旭に少し呆れる郁弥だが。
ぼそっとつぶやいた遙を2人は二度見した。
「ん?何だこれ?……『部活ノート』?」
「ちょっと旭!」
そのとき、蒼の鞄の下にあったノートを旭が抜き取った。
郁弥が止めるも、旭は表紙を興味深そうに開く。
「『郁弥が今日もハルのまねをしてた。何かこだわりがあるのかな』……。あははっ、お前よっぽどまねしてたんだな!」
「なっ?!ちょっと貸して!……『旭は、ドルフィンキックのバランスがくずれてるみたい。ヒザの使いすぎかな』指摘されてるよバカ旭」
「バカ言うな!えーと……」
「ふ、2人とも!だめだよ!」
「『真琴、なんか無茶してる』……短っ!」
「ええっ!?」
お互いの書いてあるところを読み出す2人につられ、真琴もノートをのぞき込む。
「『ハルの泳ぎ、最近力が出てない。ちゃんと食べてるのかな』……」
他にも思い当たることが書かれたりしていて、ドキッとする。
蒼が部活中に書いたものであることは明確で。
「……『みんなのリレー、見てみたい』」
後ろからいきなり、遙がノートの隅に書かれた一言を読み上げた。
それは、3人が思わず目を止めたひとこと。
「……アオって、こんなに俺たちのこと見ててくれたんだな」
「尚先輩が言ってたのって、もしかしてこのこと……?」
「アオの観察力、すごいなぁ……」
思わず感動していたため、4人は居間の戸が開くのに気がつかなかった。
最初に気づいたのは遙だった。
「……あ」
4人が少し固まる。
髪を下ろし、ゆったりした薄手のパジャマを着た蒼はとても新鮮で。
旭が思わずノートを落とす。
「〜〜〜!」
言葉にならない声をあげ、蒼が素早くノートを胸に抱きしめて居間の隅で丸くなる。
「え、えっと、アオー」
真琴がおそるおそる呼ぶと、蒼はゆでダコのように真っ赤な顔で振り向いた。
「か、勝手に見てわりい……」
「……ごめん。でも、今度からはノートじゃなくて、ちゃんと話してくれると嬉しいんだけど」
「…………う、うん……」
旭と郁弥の言葉に、蒼はすねたような照れたような顔でこくりとうなずいた。
***
みんなにノートを見つけられて恥ずかしかったけど、少しホッとしてる。
ちゃんと言いたいって思いながら書いてたから。
ノートをしまい、4人もお風呂から上がって、そろそろ寝ようって感じになった。……んだけど。
「なーんか修学旅行みたいだな」
「ちょっと早く寝てよ……。うるさい」
「親みたいなこと言うなよー。なーんか寝つけないのー」
まだエンジンが切れなそうな旭。
布団の上で寝転がったまま、ばたばたと動いていた。
「あ〜何か今すぐ泳ぎたい気分〜」
「ちょっと前まで死にそうな顔して泳いでたくせに」
布団に潜り込んだ郁弥が目線だけ向けて言うと、旭はぴたりと動きを止めた。
「……なんかもう、大丈夫な気がする!」
顔だけあげて旭が言い切り、布団の上に体育座りをしていた私は首をかしげた。
「……俺さあ、ハルのフリー見た瞬間、俺よりめちゃくちゃすげーヤツがいるってことに、心がのみこまれちまったみたいなんだ」
ごろんと枕を抱えて横になり、旭が話を続ける。
上に伸びた旭の手の先を、思わず見つめた。
旭が見てる先に何があるのか。
「……それがなんで回復したの?」
「今日ハルが倒れたのを見て、『あ、こいつも普通の人間なんだなぁ』って」
「そんなの当たり前だろ」
丸まるように体育座りをして問いかける郁弥。
旭の返答に、ハルが"何言ってんだ"みたいな調子でつっこむ。
いったん起き上がり、旭が背中を向けて座り直した。
「俺、けっこうプライド高いみたいでさ。でも、ハルのそういうとこ見てすっげー楽になったんだよ。まあ、ダメな自分もありかなーって」
普段の旭からはあまり見ない、ちょっとしおらしい声。
でも前を向こうとしてることが伝わる。
「だが!」
そのとき、旭が布団に両手をついて振り向いた。
その視線はまっすぐで。
「だからといってハルにやられっぱなしなのは気に食わねえ!いつか絶対勝つ!」
びしっとハルを指さして宣言する。
いつもの旭が帰ってきた。
そんな感じがした。
「まあ、旭にしちゃよく考えたんじゃない?」
「バカにしてんのかー?」
「でも本当にすごいよ。そこまで自分を見つめ直せるなんて」
真琴の言葉に、旭がハッとした表情になった。
「……そっか、あいつが言ってたのってこういうことか!」
「あいつって誰だ?」
聞くと、どうやらメンタルトレーニングの本を借りに行った図書館で、アドバイスをしてくれた人がいたらしい。
「どんな人?」
「メガネ!」
真琴の質問に、旭が即答する。
単語だけ。
「は?それだけ?まったく人どなりが分からないんだけど」
郁弥の感想はもっともで、私と真琴はくすくすと笑った。
「……私、小学生のときに泳げなくなったんだ」
気づいたら話していた。
自分の弱さをさらけ出してくれた旭に、影響を受けたのかもしれない。
「リハビリしてるって言ったのは、ケガじゃなくてメンタル面のせい」
「アオも何かあったのか?」
「……泳ぎがすごく得意な兄がいて、私はその妹だから速くて当たり前って言われてたんだ」
"兄"という言葉に、郁弥が少し目を伏せる。
「……お兄さんとは、その……」
「兄との仲は問題ない。でも、あの頃は"自分は兄じゃない"って思う気持ちと、"兄みたいに速く泳がなきゃ"っていう気持ちとで、心がぐちゃぐちゃになってた……」
膝を抱え、私は続けた。
皆がじっと、次の言葉を待ってくれる。
「マネージャーになってから、泳げる皆が羨ましいと思った。
でも、近くで見てるうちに、それ以上に皆が頑張る姿を応援したいって気持ちが強くなった」
「皆が泳ぐ姿、かっこいいから」
1人1人の顔を見て、ずっと伝えたかった言葉を口にする。
何だか照れくさくなって、自然に顔が綻んだ。
「……俺とハルはね、小学校のときにすっごくいいメドレーリレーを体験したんだ」
息を飲んでいた真琴も話し出し、私は気づいた。
この4人で、最高の仲間になろうとしてるのかなって。
「渚って子と、練習試合のときに名前が出た凛っていう子がメンバーだったんだけど。それが人生で一番いいメンバーだと思ってた」
「実際優勝もしたし」と真琴が付け加える。
そして申し訳なさそうに続けた。
「……でも卒業して、急にみんながバラバラになって。あれ以上のチームは無いって思ってたから、だからあまりリレーに前向きじゃなくて……」
近くで見てきたから、何となく分かってた。
でもこうして真琴が話すのを聞くと、曖昧だった想像が形になっていく気がした。
「……僕が言うのもなんだけど。2人がリレーに対して、どこか本気になってないってのは、気づいてたよ」
「……ごめん」
郁弥の言葉を気にしてか、真琴が表情を曇らせる。
そんなとき、旭が眉をひそめて言った。
「分かんねえ」
「え?」
「そんないいチームだったのに、何でそんな後ろ向きな捉え方なんだよ。そんなんじゃそのチームがかわいそうだ。
いいじゃねえか、そのチームが一番で」
おおらかなその考えに、真琴が戸惑いながら言う。
「でも、そんなの2人に失礼だし……」
「なんで?俺だって、前のSCのメンバーが一番だと思ってるぞ」
きょとんとした様子で答えた後、旭は笑顔で答えた。
「でも、こっちでも一番のチームを作ろうと思ってる」
それは、新しい考え方だった。
ハルや真琴もそう感じたのか、旭に注目していた。
「……真琴、ハル、アオ。バカに理屈は通じないよ」
ぽつりとこぼして布団にまた潜り込む郁弥に、「ケンカ売ってんのかてめえ」と旭が反応する。
「……僕は1人で泳いでいればいい。個人ベストさえ出ればいいって思ってた。けど、今は……」
背中を向けて布団をかぶっているけど、郁弥の髪の間からのぞく耳が赤く染まる。
そのことに気づき、思わず身を乗り出した。
「……アオの言う通り、このメンバーでリレーしたいって思ってる……」
小さかったけど、ちゃんと聞こえた。
郁弥の素直な言葉。
みんなで顔を合わせて、笑いあった。
***
それから、大げさかもしれないけど。
まるで生まれ変わったような日々が始まった。
旭がフリーを泳げるようになった。
すごく楽しそうで、嬉しそうな笑顔。
それからみんなで夕飯を決めたり。
図書室から借りてきた料理本で見つけた『鯖のアクアパッツァ』。
……ただ、出来合いの材料にしたせいか、残念な結果になった。
ある日の夜。なんだか賑やかで様子を見に行ったら枕が飛んできて、びっくりして尻餅ついたり。
その後古い造りの障子がへこんでて、枕投げに夢中になってた3人がハルに土下座したり。
大会前に気合い入れるために水着を買いに行ったとき、ハルと旭がジャンケン勝負を続けたり。
ちなみに待つ間、郁弥はちょっとげんなりしてた。
みんなで花火もした。
キラキラ光る炎が、いつまでも見ていたくなるほど綺麗だった。
「……蒼ちゃん、最近楽しそう」
「上手くいってるっぽいもんね。よかったよかった」
「うん」
爽香と司にそう言われるほど。