さみしさの音色
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「すみませんでした!」
プールサイドにて。
駆け足で学校に戻ってからプールに急ぎ、すごくしかめっ面をしていた夏也先輩にみんなで謝った。
「サボるとはいい度胸だな、お前ら……」
「僕が悪いんです!学校を飛び出した僕を、みんな、心配して探しに来てくれて……。それで、部活の時間に遅れました。すみませんでした!」
頭を下げる郁弥に、少し夏也先輩が驚いた表情になる。
旭と真琴が続ける。
「俺が、何も考えず飛び出しました。すみませんでした!」
「ひとこと言ってから追いかけるべきでした。すみませんでした!」
私もぺこりと、ハルと一緒に頭を下げた。
「どっ、どうしたんだお前ら。頭でも打ったのか」
あんまり驚いたのか焦ったのか、夏也先輩がちょっと失礼じゃないかと思うことを言う。
「……どっかのバカがタックルしてきたせいで、頭打ったのかも」
「あれは!だいたい、お前がまぎらわしいのが悪いんだよ!」
郁弥が頭を下げたままいつも通りの辛辣さを出し、旭が言い返す。
「……普通そんなカン違いしないよ」
「!なんだと〜……」
「旭はほんと単純バカだなぁ」
そこまで言ったとき、旭が両手で郁弥の髪をわしゃわしゃにした。
「ちょっと、やめろよ……!」
郁弥の止める声もお構いなし。
旭が上げていた高い声が少しサルさんに似ていて、くすっとしてしまうのをこらえる。
真琴や夏也先輩は少し笑っていた。
なんとか旭の攻撃をのけて、郁弥が夏也先輩と目を合わせる。
「……兄貴。僕、今までずっと、兄貴の後ろばっかりついて泳いできた」
夏也先輩に歩み寄るように、少し前に踏み出して。
「……けど、もうやめるよ。あのとき兄貴が言ってたことが、……分かった気がするから……」
「……郁弥」
ホッとしたような、どこか嬉しそうな表情の夏也先輩。
私もホッと表情が緩んだ。
隣にいる真琴と旭も似た気持ちなのが、少し伝わった。
「そういえば、尚先輩は?」
真琴の言葉に気づく。
そういえばプールサイドにいない。
夏也先輩が表情を曇らせる。
「尚か。あいつは……」
***
その後。
私たちは鞄を持って、夕暮れに包まれた岩鳶病院に来ていた。
「尚先輩!」
受付で聞いた番号の部屋の戸を、旭が勢いよく開ける。
「みんな」
尚先輩は浅葱色の入院服を着てベッドから半分体を起こしていた。
布団の上に置いた本から顔を上げ、ちょっと目を丸くする。
「尚先輩、大丈夫なんすか?」
「もう……。夏也のやつ、言うなって言ったのに」
心配そうな旭の声に、全部察したように尚先輩が言う。
「けど、本当に大丈夫なんですか?手術するって聞きましたけど……」
「そんな大げさなもんじゃないよ。退院もすぐできるらしいしね」
不安そうな真琴に、いつも通りの穏やかな笑顔で返す。
郁弥がおそるおそる聞いた。
「……何の手術なんですか?」
「網膜剥離」
少し目の下を伸ばして尚先輩が言う。
聞きなれない病名だったけど、目が関係していることはなんとなく分かった。
「去年の秋から、少し見えにくいなーって感じたんだけど、そのうち治るだろうって放っておいたらさ。結局、手術することになっちゃった」
暗くしないようになのか、少し笑う。
まだ不安が残る顔で真琴が聞いた。
「……いつ、練習に戻ってこられるんですか?」
「教育係はすぐに復帰できるよ。……でも、選手としてはしばらくは安静」
少しハッとする。
ベッドに置いたままの本は、スイミングトレーニング関係だった。
「……俺はもう、今年の試合には出られないんだ」
尚先輩がぎゅっと手を握り、影がさすように小さく笑う。
その言葉に、思わずズキッとした。
「!こらこら、勝手に悲観的になるなよ。中学ではもう試合に出られないけど、高校でだって水泳はできるんだからな」
暗くなってしまった私たちを気にしてか。
尚先輩はあわてたように、でも明るく言った。
「……水泳、続けるんですか」
安心があふれ、自然と言葉に出る。
「夏也に無理やり誘われて入った水泳部だけど、すっかりハマっちゃってさ」
柔らかな微笑みで告げて、尚先輩は顔を上げた。
「旭。俺も、もう中学の試合に出られないって言われたとき、心底落ち込んだ。でも、これで終わりじゃないって思ったら、開き直れたんだ。
旭も必ず、フリー泳げるようになる。焦らずじっくりやっていけばいいよ」
「うす!」
「真琴は人のこと気にしすぎ。もっと自分勝手になっていいんだよ。あとお前、絶対遙や蒼におせっかいなやつって思われてるよ」
「えっ?!ほんと?!2人とも!」
話をふられるとは思ってなくて、考え込んだときに思わず目線がそれる。
ハルは目をそらしていた。
「蒼は空気を読みすぎ。もう少し声を出すこと。マネージャーは選手とのコミュニケーションも大事だぞ。みんなのことを考える気持ちは1級品なんだから、ちゃんと伝えてあげて」
「はい」
そのとき、4人の視線が私に集中した。
びっくりしたことと気恥ずかしさに、思わず自分の足元を見る。
「郁弥はもっと周りを信じてあげて。自分だけの殻に閉じこもってちゃ、水泳も学校生活ももったいないよ」
「……大丈夫です。少し、分かったから……」
恥ずかしそうにそっぽを向きながらも言った郁弥に、尚先輩はふわりと笑った。
きっと、夏也先輩と郁弥に何があったか分かってるからだろうな。
「遙、信念を貫き通せ。リレーも個人も、お前の大好きなフリーだろ。過去になんか囚われるな。そうすれば、お前は最強なんだから」
「……はい」
1人1人に向き合った後、尚先輩は精悍な笑みで告げた。
「……後輩に先輩の期待背負わせるなんて、そんなかっこ悪いこと嫌だなって思ってたけど。
泳げない俺の分まで、泳いで勝ってきてよ!」
その激励は、選手のみんなだけじゃなく私の心にも染みて。
「「「「はい!」」」」
「ちょっ、声大きいって」
病室にも関わらず、大きな声になってしまった。
***
その帰り道。旭が叫んだ。
「なあーーー!!ランニングして帰ろうぜ!」
「はあ?」
「ランニング?」
「だってえー、何かすっげー体動かしたい気分なんだ!」
首をかしげる私。
郁弥と真琴の不思議そうな声に、旭がせわしなく足踏みしながら答える。
「トレーニングも兼ねて、帰り道ランニングだーーっ!」
そのまま元気よく走り出してしまった。
「元気だなぁ」
「元気なんてもんじゃないよ……。ったく、これだから脳みそと筋肉が直結してるやつは……」
私がふとこぼした言葉に答えて、郁弥も走り出す。
「あぁ、ちょっと!ハル、アオ!」
真琴もあわてて走り出し、私も続いた。
さっきも思ったけど、スカートだと足にからみついてきて少し走りづらい。
みんなについていけるように、体力を温存しながら軽やかに走る。
ふと、小学校の頃を思い出した。
みんなで、こうしてSCまで通ったんだっけ。
懐かしくて、少し楽しくて。
みんなと帰り道を走っていった。
***
それは、急な出来事だった。
「よーっし、俺いっちばーん!」
車道が間にある歩道の切れ目。
先頭を走っていた旭が両腕を上げたとき。
ドサリ。
すぐ後ろで崩れ落ちる音。
勢いよく振り向くと、ハルが倒れていた。
「ハル……?!」
駆け寄って体を揺する。
息が切れていて、顔色が悪い。
「ハル、具合悪いのか……?!」
「どうしたの、ハル!?」
真琴たちもあわてて駆け寄る。
ハルは苦しそうに目を細めた後気を失ってしまい、私たちは病院へ運ぶことにした。
「とりあえず救急車!誰かケータイねーのか?!」
「持ってないよ!まだ中学生だし……!」
「確か公衆電話あったから、そこでかけてくる!」