月明かりの下で
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ひんやりしてるのに、どこかぬくもりも感じる浮遊感。
それに包まれながら手足を伸ばし、体の力をふっ……と抜いた。
ゆっくりと足を動かして進むと、ちゃぷ、と水の音が耳の近くで響く。
水面を背に底を見る。
緑色のカーディガンを着た真琴と、水色のパーカーを着たハルが、魚みたいに泳いでいた。
何にもとらわれず、自由に。
近づきたい。
自然と体が動いた。
腕で水をかき、水底に近づく。
足を動かし前に進む。
体をくるりと回しふわりと少し浮く。
何も考えずとも体が動く。
すいすいと水の中を自在に、私は"泳いでいた"。
緑の魚と、青の魚。
そのなかに、白の魚が加わった。
水の中で2人とすれ違う。
真琴と目が合う。
純粋な、楽しんでるような微笑み。
ハルと目が合う。
真っ直ぐに、見通すような瞳。
耳の奥でかすかに水の音が聞こえる。
髪も、服も、ゆらゆらと。
すべてが幻想的に揺れていた。
月明かりが水底まで差し込み、澄み切った銀と青の光が私たちを優しく包む。
こちらに着た真琴がほわりと包み込むように笑い、両手を広げて腕を伸ばす。
引き込まれるように両腕を伸ばすと、 優しく手を取られ引き上げられた。
水面に手をつないで浮かぶ。
ハルと、真琴と、私。
小さい頃に3人で、川で遊んだときみたいな気持ちがよみがえる。
「きもちいいー……」
それは、今私が感じてることをそのまま現したような言葉。
久しぶりの穏やかな真琴の声が、耳をくすぐった。
***
中学になったらきっと変われるんだって思った。
変わりたいって思った。
「でもそれがいつの間にか、変わらなきゃって必死になっちゃってたんだ……」
穏やかな真琴の声が、時を忘れたように静かなプールに流れていく。
コースロープに頭を預け、3人で水の中に横になっていた。
「……尚先輩にね、俺は水泳が好きなんじゃなくて、ハルやアオがいるから泳いでるんじゃないかって言われて……」
少し胸がちくりとした。
前に、話してるのが聞こえていたから。
考えたことがなくて、水泳が好きなのか、ハルや私といたいのか分からなくなったと真琴は言った。
「……それで避けてたのか」
「……そんなつもりなかったんだけど。
ハルたちの傍にいたらもっと分からなくなっちゃいそうで、一緒にいづらくて……」
真琴が 私が司や爽香と帰るのを勧めてたのは、そういう理由だったのか……。
「でも、避けてるようにしか見えないよね。ごめん」
「ううん、いいよ」
「……俺も悪かった」
ハルとそう答えると、真琴はちょっと微笑んだ。
もっと早くに真琴と話をするんだったな。
そう思った。
「……答えは見つかったのか?」
「両方だと思った」
「……両方って?」
ハルの質問に答えた真琴に、どういうことか聞き返す。
「自分の気持ちに自信が持てなくて、無理して頑張ったりしちゃったけど。……今、本当に楽しい」
手のひらにすくった水を真琴が大事そうに包み、顔の上で放す。
ぱしゃりと雫が、真琴の上にきらめきながら降り注ぐ。
「ただ泳ぐだけで、すごく気持ちいいんだ」
開いた真琴の瞳からは、もう迷いはなくなっていた。
思わず目が離せなくなる。
「俺はやっぱり水泳が好きだよ。
でも、そこに2人もいてほしい」
真琴が体を起こし、私もそっと足をつけた。
後ろでハルも立ち上がったのが分かった。
「僕は水泳も、ハルちゃんもアオちゃんも大好きだから、一緒に泳ぎたい!」
その笑顔は、小さい頃の真琴と少しも変わっていなくて。
答えを出せた真琴が輝いてみえて、私は胸がいっぱいになった。
「……私も、2人に聞いてほしいことがある」
2人が言葉を待ってくれることに安心しながら、私は話した。
「……私は、泳げる皆が羨ましかった。
"もう昔みたいに泳げないんじゃないか"って、どこかであきらめてたから」
昔を知ってる2人だから、ハッとしたような表情になる。
私は、ぽつん、ぽつん、とこぼれる思いを、言葉に変えて紡いでいった。
「でも、こうしてみて思い出せたんだ。
"泳ぐ"って、どういうことか」
周りの声で、自分を見失わないこと。
自分を信じること。
傍にいてくれる存在に気づくこと。
大切なのはそれだった。
「私は今、泳げてた。
もう泳げないわけじゃない。
だから今は……」
それが分かれば、今はそれで十分だと思った。
それに、やっと新しい目標がつかめた。
"私は何をしたいか"
その答えは……。
「私はみんなの手伝いがしたい。
みんなが進める力になりたいんだ」
言葉にしたとき。
心の奥で何かが外れる音がした。
もう大丈夫。
2人にそう伝えたくて、私はほわりと心がほぐれるままに笑った。