月明かりの下で
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「アオ」
佐野中との練習試合当日。
準備の手伝いをしていたとき、ハルたちじゃない声が名前を呼んだ。
「宗介、久しぶり」
とことこと近くに寄って声をかける。
ハルたちとは違う幼なじみだから、気兼ねはない。
佐野中の、黒と濃紺のジャージがよく似合っている。
「岩鳶の水泳部なんだな。……泳ぐのか?」
「ううん。私はマネージャーなんだ」
「そうか……」
少し心配そうな口調に首を横に振る。
真琴並に背が高いから、少し見上げる形になる。
考え込むような表情をした後、私の後ろの方を見た宗介が聞いてきた。
「……七瀬もいるんだな」
視線の先はハルだったらしい。
早くも挑むような視線を向けていた。
「気になるのか?」
「……凛があんなに一緒に泳ぎたがったやつだからな」
そうつぶやき、ぽんと私の肩に手を置いた。
「……ちゃんと見てろよ」
「?分かった」
こくりとうなずくと、向こうに歩いていく宗介の耳が少し赤く見えた。
***
挨拶のあと、バックのレースから始まった。
けど……真琴も、郁弥も、旭も、ハルも、いつもの力が出せていなかった。
特にハルが、いつもみたいな優雅な泳ぎじゃなくなっていた。
1位で泳ぎきった宗介が怒りを見せるほど。
そしてとうとう向かえたリレーも、惨敗だった。
応援をしながら私は、ハルのまるで力が出せないような泳ぎに 嫌な予感がした。
***
佐野中前で解散の号令がかかる。
話しながらばらけていく先輩たちに歩き出そうとしたとき、夏也先輩に声をかけられた。
「1年、リレーはどうだった?」
横を向いたりうつむいたり、ぎこちない空気が流れ、私はつい目を伏せてしまった。
「何度やっても佐野中に負けるよ、今のお前らじゃ。向こうのほうがよっぽどチームとして機能してる」
「そうだね。今のままじゃ勝てない」
「だから記録会までに仕上げろ。個々の力なら、お前らのほうが確実に上だ」
重く取り巻いていた空気が少しほどけ、私は皆と顔を上げていた。
夏也先輩と尚先輩は、笑っていた。
2人が歩き去った後。
「おい、七瀬 遙!」
「……宗介?」
今まで見たことないくらいに険しい表情の宗介が、拳を握りしめてハルに詰め寄った。
「なんだあの泳ぎは?なめてんのか?」
「関係ないやつがごちゃごちゃ言うな」
「ふざけんな!!」
声を荒らげた宗介に旭が向かって行こうとするも、ハルが片腕を伸ばして止めた。
「お前、凛が今どんな気持ちで泳いでるのか、考えたことあんのか。
あんな泳ぎで凛が納得すると思ってんのか!?」
むき出しの感情をぶつけるような宗介に呼応するように、ハルも声をとがらせた。
「俺は凛を喜ばせるために泳いでるんじゃない……!」
ピリピリとした雰囲気を放ってにらみ合う2人に、私は思わず間に割って入っていた。
「……2人とも落ち着いてくれ!」
強い口調で2人の目を見ると、宗介はクッと唇を噛んで数歩引いた。
「忘れんな、お前と泳ぎたいって言った凛の気持ち。生ぬるいことやってると、俺が許さないからな!」
ハルの目を見据え、宗介がスポーツバッグから取り出した封筒をハルの胸に突きつける。
ハルがハッと目を見張る。
それは、私も見覚えがあるエアメールだった。
「……凛の手紙」
宗介が立ち去り、ハルが封筒をスポーツバッグにしまう。
真琴が恐る恐る問いかけた。
「読まないの……?」
「……読まない」
苦しそうに目を伏せ、ハルはそうつぶやいた。