波紋
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放課後になり、部活へ行く。
みんなが水着に着替えている間、私は尚先輩とドリンクやストップウォッチ等の準備をした。
着替えたみんなが準備運動を始める中、私は1年生組を見てふと気づいたことがあった。
それは真琴も同じなようで、郁弥にどうしたのか聞いていた。
「ハルのまねはしてない」と郁弥は言い張っていたけど。
その後夏也先輩が旭に様子を聞きに来ていた。
郁弥がすぐに挨拶をしなくて、気になってそっと見ると唇を噛んでいるのが見えた。
「じゃあ、始めよっか」
男子にしては少し長めの髪を揺らして尚先輩が言い、みんなが返事をする。
今日はスタートの練習から。
足を前後に構えるトラックスタートは「膝を曲げすぎないように。リアクションタイムを意識して」と尚先輩がアドバイスをかける。
笛を合図に2人ずつで飛び込んでいく。
何回かした後、尚先輩がみんなを上がらせて言った。
「みんな笛が鳴ってから飛び出すまでが遅いよ。トラックスタートのメリットが全然生きてない」
それからスタートのときの姿勢や息の仕方の説明があったけど。
尚先輩いわく結局は感覚で覚えるしかないらしい。
「じゃあみんな、こっち来て。かるた取りをしよう」
「え?」
かるた取り?
そのときの私たちは、きっと全員目を瞬かせていた。
プールサイドの1角にブルーのマットを敷き、尚先輩とハルが向かい合って正座している。
2人の間にはペットボトルのキャップ。
「両手をマットの上につけて、腰を軽く浮かせる。で、先にこのキャップを取るか払ったほうの勝ち」
「これを続けていれば、全身を耳にする感覚が養えるよ」とにこやかに先輩は言う。
確かに、かるた取りに似ている。
「じゃあ遙からね。蒼、笛頼む」
「はいっ」
ホイッスルをくわえて少し様子を見る。
静かに集中する2人。
タイミングを見計らい、鳴らした。
ピッ。
パンッ。
その瞬間、尚先輩がキャップを払った。
離れたところでコロコロと転がり、止まるキャップ。
ハルの手はマットについてもいなかった。
呆然とするハルに、にこりと先輩が微笑む。
「俺の勝ちだね」
「ハルはこの中でも最弱!次は俺の番ですっ!」
自信たっぷりで旭が両手をマットにつけるも……。
ピッ。
パンッ。
旭はまさに、手も足も出なかった。
郁弥と真琴もやってみるも、結果は尚先輩の圧勝だった。
「蒼もやってみる?」
「お願いします」
真琴に笛を頼み、尚先輩の前に座る。
真っ直ぐにキャップを見つめ、集中して笛の音を待つ。
ピッ。
────今!
パンッ。
マットに手をついた瞬間、キャップはすでに消えていた。
……すごい……
みんなと同様、思わずキャップを呆然と見てしまう。
「……バケモン……」
「ん?」
「なんもないっす」
旭がうっかりつぶやく気持ちも分かる。
「なんでこの人、マネージャーを……」
ハルのつぶやきが背中に聞こえる。
尚先輩はただ笑っていた。
「じゃあ次は、引き継ぎの練習をしていこうか。佐野中との練習試合まで、あまり日がないからね」
「ハル、大丈夫?」
「……別に」
ハルと真琴のやり取りに少し心配になる。
そんな2人をちらりと見やった後、尚先輩は指示を出した。
私は今回は笛の係で、尚先輩はタイムを計る係だ。
「位置について、よーい、」
笛の音を合図に真琴が泳ぎ出す。
真琴の性格からは意外な、ダイナミックな泳ぎ。
まだ真琴が壁についていないうちに郁弥が飛び出した。
「郁弥速い!フライングだぞ!」
尚先輩の声を聞きながら、私は郁弥の泳ぎを改めて見つめた。
郁弥の手が壁に着いた後に旭が飛び出す。
「遅い!フラットレースより遅くなってどうする!」
慎重になりすぎたのか、リアクションがつかめなかったか。
そう考えながら旭の泳ぎも観察する。
スタート台に立ったハルが、ターンをして泳いでくる旭を見て少しうつむいた。
旭の手がつき、ハルが飛び出す。
「遙も遅い!」
開始されたストロークを見て思った。
いつものハルの泳ぎと何か違う……。
動きが雑になっていた。
「なんで、リレー練習になるとがたがたになってるの?」
「……俺たち、小学校のメドレーリレーで優勝したんです」
尚先輩と真琴の会話が聞こえた。
真琴が話し始める。
あの冬の、リレーのこと。
それが今までで特別だったこと。
「真琴は大丈夫?」
「……俺も寂しいです。けど、ハルも泳いでるし、アオも頑張ってるし」
真琴の言葉に尚先輩は質問をした。
「真琴は水泳好き?」
「え……はい」
「本当に?遙や蒼がいるからじゃなくて?」
思いもしなかった言葉が聞こえてしまい、体が揺れる。
黙り込んでしまった真琴に、尚先輩が「ごめん。意地悪な質問しちゃったね」と謝る声がした。
「ハルー、ラストー!」
旭の声の後、ハルが壁に手をつく。
体力を消耗したのか、肩がいつもより上下に動いていた。
「ハル、おつかれ」
「おつかれ」
旭に続いて私も声をかけると、ハルの目が何かを探すように動く。
「……あ、ハル、おつかれ」
気づいた真琴が笑顔で言う。
その笑い方は、心なしか元気がないように見えた。