波紋
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授業が終わってお昼ご飯の時間になる。
旭は大丈夫なんだろうか……。
昨日のことを思い出して旭の席の方を見る。
すると郁弥がお弁当包みを持って立ち上がったのが見えた。
旭はまだ来てないらしく、貴澄がハルに話しかけながら食べている。
郁弥がその近くを行ったり来たり、うろうろしていた。
ちょっと観察してみる。
すると気づいた貴澄が話しかけ、郁弥がはずかしそうに加わった。
貴澄は気配りが上手なんだな。
「向日!メシ食おうぜ!」
そのとき、見当たらないと思っていた本人が話しかけてきた。
「え」
「あ、椎名!蒼はあたしと爽香と食べるんだよ!」
「いいじゃん、たまには別のやつと食べても!」
びっくりして目を丸くしているうちに、司と旭がちょっとバトル風の雰囲気になっていた。
急いで2人の間に割って入る。
「今日は部活関係で聞きたいことがあるんだ。司、明日一緒に食べよう。……あと、爽香が……」
ぷるぷるしていた爽香を司にお願いして。
とりあえず椅子を持ってハルたちの机に移動した。
「って、なんでお前がここにいんだよ!」
「あ、アオも来たの?ここおいでー」
「貴澄は向日に何言ってんだ!」
「……椅子あるから、大丈夫」
郁弥がいることに旭は不満そうだったけど、貴澄が膝をぽんぽん叩いたとき即座につっこんでいた。
ちなみに私は窓側のスペースをもらった。
「旭とアオ、いつの間に仲良くなったんだね」
「同じ部活だから」
「えっ、貴澄と向日知り合いなのか?!」
けっこう名前呼びしてたのに、気づくの遅いな……。
私と貴澄の会話を聞いた旭が目を丸くして驚き、貴澄がにこにこしながら答えた。
「小さい頃、よく遊んだんだー。ね、アオ」
「うん」
「じ、じゃあ俺も"アオ"って呼んでいいか?」
「いいぞ」
そう言うと、旭は嬉しそうににかっと笑った。
「でもアオがマネージャー希望したのびっくりしたなー。SCには行ってるんだろ?」
「……リハビリ中、だから」
「リハビリ?なんかケガでもしてんのか?」
「昨日のは治ったのか」
旭の質問に息が一瞬止まったとき、ハルが旭に問いかけた。
思わずハルを見ると、ハルはお弁当の鯖にお箸をつけていた。
「え、なんかあったの?」
「こいつ、泳げなくなったんだよ」
不思議そうな貴澄に郁弥がさっくりと説明し、旭が「フリーだけな、フリーだけ」と補足していた。
「でも昨日メンタルトレーニングの本借りてきたからなー。すぐに元に戻してやるぜ!」
箸を握りしめてハルに身を乗り出し、やる気満々の表情で宣言する。
「……と、言いたいところだが。困ってんだよー」
声の勢いを少し落として座り直し、旭が眉を寄せて腕組みをする。
私は首をかしげた。
「何をだ?」
「第一段階のステップ1で、"自分の弱点を見つける"ってあったんだけどさー。
……俺、完璧でさ」
ぱちくりと瞬きした後。
"タフ"や"自信家"の単語が人になったらこうなるのかな、と思った。
「弱点はバカなところだと思うよ」
「バカだな」
「旭はバカだなー」
3人はこの結論になったみたいだけど。
「てめーらまとめてぶっとばすぞ!アオはそんなこと言わねーよな?!」
「……旭はタフだな」
「アオは優しいねー」
「甘やかすとバカは治らないよ」
「なんだと!?」
ガタンと椅子から立ち上がった旭に答えると、貴澄と郁弥にそう言われた。
「とにかく、本にはポジティブに自分のことを語ることって書いてた。だから、鏡の自分自身に"天才"って言い続けてやろうと思って!」
旭の斜め上のトレーニング方法に、私はまたぱちぱちと瞬きをした。
「それ本当にトレーニングになるの?」
「なるだろ」
「……ほんとバカ」
「なんでだよ!」
皆の会話を眺めながら、もぐもぐと口を動かす。
今日は私の好きな、ささみの香味焼きがあった。
後味がさっぱりしてて美味しい。
「……なんだよ」
「……何が」
ハルと郁弥の会話にきょとんとする。
ちょっと見てると。
ハルが焼き鯖を食べ、郁弥も焼き鮭を食べる。
ハルが卵焼きを食べ、郁弥もゆで卵を食べる。
そして、ハルのほうをちらちら見る郁弥。
パック牛乳を飲んだハルに続いて郁弥も……なぜかためらった後、意を決したようにストローに口をつけた。
苦手だったのか、涙目になってごほごほとむせる郁弥に、旭が「さっきから何してんだ?」と不思議そうな顔をした。
「俺のまねするな」
「してないよ!」
さっきの不思議な会話はそのせいか……。
ハルと郁弥のやり取りから思い出して、納得がいった。
「ふふっ、あはははは!郁弥も面白いね!」
「なっ、こいつと一緒にしないでよ!」
「はあ?!どういう意味だよ」
笑い出した貴澄に郁弥が反論し、旭がくいつく。
よっぽど面白かったのか、貴澄はお腹を抱えて笑い転げていた。
わいわいと賑やかなみんなをぼーっと見ていたとき、入口に真琴を見つけた。
ちょっと笑って片手を上げる真琴に手を振ろうとしたとき。
真琴の後ろから来た男子が連れていってしまった。
入学式のときに見た望月くん……かな。
「おーい、1組の日直いるかー?」
そのとき先生の声がした。
今日の日直は私で、男子の方は休みだった。
「確か今日アオだったよね。1人で大丈夫?」
「大丈夫、私の仕事だから。ありがとう」
貴澄にそう答え、私はお弁当箱を包んだ後席を立った。
教材を職員室まで持っていくらしい。
***
……ダンボール箱1つとはいえ、持ち運ぶのが意外と大変な重さだった。
階段だから足元にも気を配らなきゃいけなくて、箱に乗せられた筒が落ちないかひやひやする。
足元が少しふらついて筒が滑り落ちかけた。
「あ……っ」
そのとき。
後ろから伸びた腕が筒をつかみ、箱ごと私を支えた。
ため息が耳の近くで聞こえ、近さに驚いて肩が少しはねる。
「あっぶねーな……」
見上げると、夏也先輩の心配そうな顔があった。
「ふらふらしながら階段降りてるから驚いたぞ。大丈夫か?」
「……はい」
「……大丈夫そうには見えねーな。半分貸せ。持ってやるから」
「……すみません」
ダンボール箱をひょいと持ち、筒を渡してくれた先輩に緊張しながら頭を下げると、くしゃっと髪を撫でられた。
「これくらい気にすんな。まあ、先輩の好意には甘えとけって」
そう言ってにっと笑う先輩の、ほのかな手の温かさが胸にしみる。
……透兄みたいだ。
撫でられてはねた髪を少し押さえた後、私は筒を抱え直して夏也先輩の隣に並んだ。
「部活はどうだ?」
「……マネージャーの仕事、早く覚えられるようになりたいです」
「そういや、マネージャー云々で尚が言ってたな。泳がないのか?」
「……はい」
私の声が暗くなったことに気づいたのか。
夏也先輩が少しためらった後、話を変えた。
「そうか。部活辞めたいとか言われたらどうしようかと思った。
……郁弥は、部活辞めたいとか、言ってなかったか?」
そう言いにくそうに切り出されて。
少し考え、私は率直な感想を言った。
「……言ってないです。けど、それは本人に聞いたほうがいいと思います」
言った後、曇った夏也先輩の表情から それは難しそうなことだとなんとなく分かった。
前に考えた疑問が、また浮かぶ
「……どうして、郁弥と仲がよくないんですか?」
思い切って問いかけると、夏也先輩は少し考え込むような声を出してこう続けた。
「……俺があいつを突き放したからだろうな」
驚いて夏也先輩のほうを見る。
逆光で、少し寂しげな表情が陰っていた。
「だからもう2年間、ずっと郁弥に嫌われっぱなしだ」
その言葉に、窓の外を見ていた郁弥の後ろ姿が浮かんだ。
あのときは確か、緑のジャージの人たちが外で体育をしてた。
緑は3年生の学年色。
もしかしたら……。
「……そんなこと、ないと思います」
「……そうかな」
そう伝えると、夏也先輩は驚いたような声をこぼして ぽつんと言った。
***
「ほら、落とさないように気をつけろよ」
渡してくれたダンボール箱にそっと筒を置いてくれた。
「困ったやつだけど、よろしく頼むわ。マネージャーとしてもさ。じゃ、また部活でな」
そう言って、もう行ってしまいそうな夏也先輩に、私は声をふりしぼった。
「……あの……っ。……ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げながら少し緊張ぎみの声で言うと、夏也先輩は少し驚いたような表情の後に笑って言った。
「おう!じゃあな」
その背中を見送ってから、私は職員室へ向かった。