春待つ桜は愛を知る


オレを迎えた女は、春みたいなヤツだった。

「おはよう、遥」

店の女以外には呼ばれなかった、オレの名前を、ちゃんと呼ぶのどかな声。

「飲み終わったカップ、持ってきてくれたの? ありがとう。いい子だね」

オレの頭を優しく撫でる、柔らかな手。何の恥じらいも無く与えられる、感謝と褒めるための言葉。

「ただいま、遥」

ちょっと疲れたように、ため息をついて帰ってきても、オレを見ればふにゃりと幸せそうに笑う顔。オレがいるのが、そんなに嬉しいのかと不思議に思った。

「料理、気になる?」

オレが思ってることや、オレがやりたいことを、ぽんと当ててくるところ。それくらい、オレのことを見てくれているんだと、分かってきた。

「大丈夫だよ。遥は私が守るからね」

ダセぇことする人間ばっか映してるテレビを、眉間にシワを寄せながら見ていたオレに、温かな眼差しで伝えてきた言葉。あのときは、自分より弱いヤツに"守らなきゃならない存在"として扱われてるのが悔しくて、むずがゆくて、なのに胸の辺りがぬくもって、混乱した。

こいつといると、顔が熱くなって、胸の辺りがうるさくなって、逃げ出したいようなヘンな気持ちになる。最初は慣れなくて、近づかれたりさわられたりすると、飛び退いたりはじいたりしていた。


でも今は、違う。
オレにとってちょうどいい距離感で、オレに接してくれたから、オレはこいつに慣れることができた、と思う。

こいつに撫でられると、嬉しい、こと。抱きしめられたら、温かいこと。丁寧に温めてくれたミルクが、甘くて美味いこと。一緒に寝ると、かすかに聞こえてくる鼓動の音が、落ち着くこと。絵が描いてあって、字が大きい本の中には、いろいろな強さの形があること。

全部、こいつが教えてくれた。

「遥。ずうっと、ずっと、大好きだよ」

その目が、その手が、その声が、その熱が、オレに力を与えてくれる。何にも負けない自信をくれる。生きる力が、腹の底からふつふつと湧いてくる。

――ああ。これが、愛情ってやつなのか。

柔らかな腕の中に潜り込む度に、オレはそんなことを考える。
身体が軽くて、息がしやすい。安心する。ここがいい。この優しくて穏やかな場所に、ずっといたい。

こんなの、一度ふれてしまったら、もう手放せなかった。
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