春待つ桜は愛を知る
「愛想が無いドールだな」
「え、目の色も非対称なの? 何だか歪」
勝手に期待して、勝手に買い取って、勝手に失望して、勝手に捨てる。オレは今まで、そんなヤツらにしか出会わなかった。
拒否されるくらいなら、否定されるくらいなら、人間になんて会いたくない。他人のせいで、心も体も枯らされるくらいなら、ずっと眠ったままでいい。持ち主なんて、愛情なんて、オレには必要ない。
そう思っていた、のに。
しんと静かな、清らかな気配がした。全てを穏やかに眠らせ、まっさらに包む、雪のような気配。目を覚ましてしまったオレを見つめていたのは、1人の女だった。
正面からバチンと目が合い、雷に打たれたような衝撃が走る。オレは弾かれたように、ソファの影へ逃げ込んだ。
何なんだ、アイツは。
初めてのことに、呼吸が浅くなる。オレと波長が合う人間なんて、今まで会ったことが無い。
プランツドールとしての本能が、アイツのことを持ち主だと認めている。でも、今までの経験が、それを認めない。アイツも、オレから離れていくに決まってる。買わずに去っていくに違いない。そんな考えばかりが、呪いのようにべったりとつきまとう。
ソファをバリケード代わりにしながら、こっそり顔を出す。すると女がこっちを振り向いて、オレはとっさにうつむいた。
「……っ、買います!」
ソファの影でうずくまっていたとき、固い意志を込めた声が、凛と響く。息を殺して、恐る恐る顔を出すと、書き物をしているらしい背中が見えた。
店の女から物を受け取っているのを見つめながら、じりじりと姿を現す。どうしていいか分からず、オレは拳を握りしめて、床板に視線を落とした。呼吸がまた浅くなり、全身が緊張で強ばる。
持ち主なんて、愛情なんて必要ない。
それは全部、諦めた。
「初めまして」
俺の視界に、しゃがみ込んでいるらしい、女の足が入る。それから、すっと差し伸べられた、手のひらも。
「一緒に帰ろう。遥」
不安が消えず、目をぎゅっとつむる。相手の表情を確認するために、視線を上に上げていくと、こっちを真っ直ぐ向いている目があった。オレの目を見ても、逸らしたり、嫌がったりしていない。
静かな決意と覚悟を、宿した目。
誰かと、一緒にいられるかもしれない。そんな思いが、ぽつりと胸に落ちた。
本当にふれていいのか迷い、手が途中で止まる。それでも待ち続けている手に、自分の手をようやく重ねて、オレは気づいた。
――人間の体温って、意外と高いんだな。