炎と蛇の執着
困ったことが起きた。
「あなたも、もういい歳なんだから。結婚相手を探しておかないと、将来苦労するわよ!」
お節介焼きで有名な親戚のおばさんに、突然呼び出されたかと思えば、釣書を渡された。そりゃまあ20代半ばなら、そういう話を持ってこられてもおかしくない。でも最近、恋愛にあんまり縁が無かったのに、いきなり結婚を前提にしたお付き合いを勧められても困る。
「はー……」
ため息をつきながらアパートに帰ると、とてとてと出迎えてくれたチカとヤマトが、訝しげな顔をした。それぞれの頭を撫でると、ふわっとどこか嬉しそうに、頬が緩む。
「ただいま」
結婚かあ。良い人がいれば、いつかするのかな。そのときは、この子たちも連れていかないと。チカとヤマトのことを、受け入れてくれる人がいいな。
ミルクを温めて、夕飯を済ませて。温かいミントティーを飲みながら、釣書をぱらぱらと眺める。おばさんがどんな人脈と、私の写真を使ったか分からないけど、けっこう高収入の人がいる。ただ、いきなり結婚を示されたからか、誰も彼もピンと来なかった。
「?」
何だこれ、というように、チカが私の膝の上に座ってくる。ヤマトも興味津々で、釣書を手に取って見ていた。
「この人たち、私のお見合い相手の候補なんだって」
何の気なしに語りかける。名前や住所、学歴や勤務先。資格に趣味を流し見しながら。写真と文字だけじゃ、やっぱりどんな人か掴めない気がする。
そのとき、スマホが着信を告げた。通話ボタンを押すと、元気なおばさんの声が聞こえてくる。
「お相手さんはどう? いい人はいた? 素敵な人ばかりでしょう! 頑張って見つけてきたのよ〜!」
「今釣書見てるとこですけど……。私にはまだ、結婚なんて早いですよ。それに私、」
「何言ってるの! そんなこと言ってたら、せっかくまだ若くて可愛いのに行き遅れちゃうわよ! もったいないわ!」
「いや別に。そこまで焦ってないですし、仕事もありますから、あんまり他のことに意識を向けられないというか、」
「仕事もいいけど。やっぱり結婚して、旦那さんに愛されて、子どもを育てていくのが良いと思うのよ。少子高齢化もあるし。それに歳をとったときに、世話をしてくれる人がいると、後で楽でしょう?」
自分の世話係をさせるために、子どもを産むのは、どうかと思う。キンキンと響く声から離れるように、スマホを遠ざける。何か言いたいけど、おばさんが矢継ぎ早に話すから、言葉を挟めない。
「××さんのところの息子さんもいいけど、××さんのところもいいのよ。何せ大手企業の社長さんで……」
「その人、私が大切にしてる子たちを、大切にしてくれるんですか?」
ぴしゃりと遮るように、何とか言葉を放つ。電話の向こうでおばさんが、驚いたように息を呑む気配がした。
「……え? 大切にしてる子たち?」
「私、扶養家族がいるんです。この子たちを連れて行けないなら、私は結婚しません」
嘘は言ってない。プランツドールは人形だけど、生きてるし、私が育てないと生きていけない存在だ。私がいないと、この子たちは枯れてしまう。それ以上に、チカとヤマトを無責任に放り出すなんて、絶対にしたくなかった。
「な、何てこと! あなた結婚はしてないのよね!? なのに子どもを作ってるなんて……! 向こうが知ったら何て言うか……!」
「申し訳ないけど、会ったことないお見合い候補相手より、私は一緒に暮らしてる2人を優先します。お気持ちだけありがたく受け取っておきます。それでは」
「あ! ちょっと! 待ちなさ、」
ブツッと赤い電話ボタンを押すと、ようやくシンとした静けさが戻ってくる。目を閉じて深く息を着きながら、気持ちを落ち着かせた。言えた。自分の気持ちを、はっきり伝えられた。目を開けると、こちらをじっと見つめている、チカとヤマトがいた。
「チカ。ヤマト」
目を見つめ返して、名前を呼んで。スマホと釣書を置いてから、私は両腕で2人を抱き寄せる。されるがままになるチカと、頬や頭を擦り付けて来るヤマト。彼らを撫でながら、私は語りかけた。
「大丈夫。これからも、ずっと一緒だよ」
2人の小さな手が、私の背中に回される。ぎゅっとしがみついてくる彼らの気が済むまで、私は2人を抱きしめていた。
***
炎が揺れていた。
暗闇の中で、真っ赤な炎が轟々と唸る。金色の火の粉に囲まれながら、私は柔らかな台の上に横たわっていた。暑くて、息苦しくて。でも、どこにも逃げ場が無い。重い身体を無理やり起こして、辺りを見回す。手足を動かそうとした時、何かがきつく巻きついた。
「え、? ヒ……ッ!」
目線を下げて、血の気が引く。そこにいたのは、蛇だった。真っ黒な鱗がてらてらと光る、細長い体。それが私の手首と足首を締め上げ、腕と足に絡みついてくる。1匹だけじゃない。何匹も、何十匹も、暗闇から湧き出てくる。
「いっ、いや! やめて! 来ないでッ!」
もがけばもがくほど、身体の自由が奪われていく。ずるずると這う音が響き、私を取り囲む。涙で歪む視界の中で、人影が2つ、こちらを覗き込んでいる気がした。
――オレから離れるのは、許さない。
――これからも、ずーっと一緒にいてくれるんだもんな?
***
「……っうわぁあああぁあ!」
自分の叫び声で目が覚めた。全身に汗をかいていて、びっしょりと濡れたパジャマが張り付いて気持ち悪い。息を止めていたのか、ぜえはあと呼吸が荒くなっていた。
「……っ、ゆ、……ゆ、め……?」
呆然としながら、絞り出すように呟く。ひどい痛みにのたうち回った後、不意に痛みが引いたような。夢と現実がごちゃ混ぜになって、現実感が追いつかなくて、混乱する。
「……」
「……あ、ご、ごめん。起こしちゃった?」
むずかるように、両脇からチカとヤマトが縋り付いてくる。2人を落ち着かせるように、背中を撫でさすって。引き止めようとしてくる彼らをなだめてから、私はシャワーを浴びた。温かいお湯に洗い流されて、頭と身体がすっきりしていく。悪い夢の余韻も、拭い去られていくようだった。
別のTシャツとスウェットズボンに着替えて、2度寝してから迎えた朝。母から電話がかかってきた。聞くと、釣書を渡してきたおばさんが、火事で入院したらしい。
「え、大丈夫なの?」
「体のあちこちに火傷と、喉を痛めたらしいの。ちゃんと治療すれば治るそうよ。キッチンにある、ガスの元栓を閉め忘れたのが原因らしくてね……。そっちも気をつけてね」
心配そうな母との通話を終えて、思わず考え込む。頭に浮かぶのは、微かに残る悪夢の記憶。息苦しいほど燃え盛る、赤い炎。
「……まさか、ね」
そんなこと、あるわけない。頭を振って考えを逸らしたとき、ふとテーブルが目に留まる。そのとき違和感を抱いた。昨日放置してた、釣書が無い。
「……あれ? どこいった?」
テーブルの上にも下にも、床のあちこちを見ても、釣書は見当たらなかった。床に座り込んで首を傾げていると、チカとヤマトがやって来る。お腹空いた、ごはん、と催促するように、両側から腕を軽く引っ張られる。
「はいはい、お腹空いたね。今、ミルク温めるからね」
甘えてくる2人と共に、キッチンへ向かう。ゴミ箱には、何かの燃えカスが取り残されていることに、私は気づかなかった。
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