強くなれる魔法



花の刺繍を施した、オフホワイトのカーディガン。ココアブラウンのロングスカート。リンゴ色のベレー帽。チークやリップは深みのある色合いを選んで、より秋らしく。

ハンドメイドマルシェ当日。私は椿と手を繋いで、会場に到着した。

「おはようございます!」
「おはよう。1日頑張ろうね」

割り当てられた机に、持ってきた布を敷く。鈴原さんがそこに、ディスプレイ用の什器じゅうきを設置し、品物を並べた。私も自分の品物と、鈴原さんが作ったショップカードやポップを配置していく。

ゴスパンク系とガーリー系が、隣り合わせで並んでいるのを、椿ははしゃいだ様子で見つめていた。

「無口だけど、感情表現豊かだね。この子」
「あ、椿はプランツドールなんです」
「プランツドール? けっこう高いんじゃないの?」
「いろいろありまして……」

パイプ椅子に並んで座る。私の膝の上にちょこんと腰かける椿を、鈴原さんは興味深そうに眺めていた。

「そうだ。お互い万引きには気をつけようね」
「そんな人がいるんですか……!?」
「いるところには、いる。小さいものだと狙われやすいから、特に注意」
「は、はい……!」

こくこくと頷く私を見て、椿も緊張したように表情を引き締める。そんな私たちを見て、鈴原さんはふっと頬を緩めた。微笑ましそうな、どこか頼もしい相手を見るような、そんな目線だった。

***

午前10時。ハンドメイドマルシェが始まり、お客さんがちらほらやって来る。通り過ぎて行く人。少し立ち止まってくれる人。目を輝かせながら眺めてくれる人と、反応は様々だ。

「これください!」
「あ、ありがとうございます……!」

最初に売れたのは、風鈴の形をしたイヤリングだ。高校生くらいの女の子から、お金を受け取り、包んだ品物を渡す。女の子は嬉しそうにカバンにしまうと、足取り軽やかに離れていった。

「鈴原さん、売れました!」
「いいね。その調子で行こう!」

品物をいくつか手に取って、熟考してくれる人もいれば、また店頭に来て思い切ったように買ってくれる人もいる。

「このドレスって、このぬいぐるみのサイズにも合いますか?」
「あ、はい。大丈夫です」

「色はこっちだけど、形はこっちが好きなんだよな〜……。よし、このペンダントください」
「ありがとうございます。1500円です」

「この子カワイイですね! つけてるアクセサリーも素敵!」
「同じものがこちらにありますよ」
「えー迷う! どれにしようかなぁ」

丹精込めて作ったものたちが、1つまた1つと売れていく。私の手から離れて、他の誰かの手に渡るとき、ほんの少しの寂しさが胸をかすめる。でもそれ以上に、大切にしてもらえるといいな、と祈るような気持ちになる。

椿も同じ気持ちのようで、お客さんに手を振りながら、目を細めて品物たちを眺めていた。

お昼に持ってきたサンドイッチを食べて、またお店に立つ。午後5時まで頑張ろう。密かに気合いを入れていたとき、1人の男性が目に入った。

指輪やブレスレット等、小物のコーナーをじっと見つめている。袖口が広がったジャケットを着ていて、サングラスをかけていた。中に着ているTシャツやジーンズは、着古しているせいかくたびれている。

「こんにちは。ゆっくり見ていってくださいね」
「え、あ、は、はい……」

声をかけてみると、彼は落ち着かなそうに目線を逸らし、もごもごと答えた。ちょっと心配になるけど、身近な女性へのプレゼントを探しているのかもしれない。

他の人のお会計に対応してから、そっと彼の方に目を向けたとき。彼が持っていた指輪を、そっと自分の袖口に滑り込ませた。小さなビーズを閉じ込めたレジンの指輪が、一瞬きらめく。

「あ、あの……!」

どうしよう。見間違いかもしれない。でも、確かに見えた。戸惑いながら声をかけ、その袖を掴もうと手を伸ばす。すると彼は弾かれたように、その場から駆け出した。

「ま、待って! その人……!」
「どうしたの!?」
「た、たぶん万引き、です。私の指輪を袖口に……!」

品物を並べていたテーブルを、乗り越えるわけにはいかない。回り込もうともたつく間に、男の人は人混みに消えようとしている。状況を察した人や、何事かとざわつく人の中。鈴原さんが動く前に、小さな影が飛び出した。

先が赤い黒髪が、さらりとなびく。短いドレスの裾をひらりと揺らし、長い足が振り上げられた。他の人を押しのけて逃げようとしていた彼に、回し蹴りが炸裂する。それはまるで、ダンスをしているかのように、大胆で華麗だった。

倒れ込む男性が持っていたカバンから、リボンやバレッタ、動物の形をした小物がこぼれ出る。追いつけたときには、警備員の人も来ていて、男性の袖から私の指輪も見つかった。

「何、万引き?」
「あー、あの人。マルシェにたまに出てくる常習犯じゃなかった?」
「あの可愛い子が捕まえたんだよね」
「かっこよかった〜。高いヒールであんなに動けるの、すごいよね」

ザワザワと話し声が聞こえる中、椿が私のところへ戻ってくる。彼が差し出した両手の中には、私が作った指輪が乗っていた。

「ありがとう、椿。守ってくれて」

指輪を受け取り、ぎゅっと両手で包み込む。大事に作ったものを、心無い人に奪われそうになった恐怖。それを取り返してくれた椿への感謝。ぐちゃぐちゃになった気持ちを落ち着かせてくれたのは、椿の香水の匂いだった。小さな身体に、ぎゅっと抱きしめられる。

――あんたの"好き"は、アタシが守るわ。
――だってあんたは、アタシの"好き"を、大事にしてくれたんだもの。

花びらが降るように、優しい声が聞こえてくる。耳じゃなくて、心で感じるような、そんな声。椿の想いが嬉しくて、胸が詰まって。私は目を潤ませながら、椿を抱きしめ返した。指輪と一緒に、大切なものを手放さないように。
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