強くなれる魔法



「ただいま!」

頬を緩ませたまま、ドアを開ける。出迎えてくれた椿が、嬉しそうな様子で帰ってきた私を見て、きょとんと首を傾げた。

「今日、いいことがあったんだ」

カバンを下ろし、仕事用のオフィスカジュアルな服から、部屋着に着替える。それから椿に、今日あった出来事を話した。

***

「休みの日、駅前のショッピングモールにいたよね? 可愛い服着た子と一緒に」

休憩時間中、職場の同期にそう話しかけられたときは、少し怖かった。その人とは挨拶と仕事以外で話したことがなくて、いつもピシッとまとめた髪と、隙の無いパンツルックがクールな印象だった。仕事が早くて正確な、キャリアウーマンという表現が似合う人。

「は、はい。そうですけど……」
「あの子が着てた服、どこで買ったの?」
「……わ、私が作りました。あんな感じのデザインが、好きなので」

自分の好きなものを、恥ずかしがらずに、大事にしたい。椿のおかげで、そう思えるようになった。勇気を出して、思い切って言葉にすると、思いがけない言葉が返ってきた。

「奇遇。君もハンドメイドするんだね」
「え? 君、も?」
「あたしもドールとかの服作るの好きで。自分の服もたまに作っててさ」

彼女が見せてくれたスマホには、たくさんの写真が並んでいた。赤と黒のチェック柄やボーダーのスカート。チェーンがついたベルト。膝部分にベルトを繋いだボンテージパンツ。コウモリや十字架の飾りが着いた、黒いレースのワンピース。

「わぁ……! ゴスパンク系が好きなんですね……!」
「仕事ではキリッと系で通ってるけど、昔からこういうのが好きなんだ。厨二病っぽいって言われることもあるけどね」
「かっこいいです!」
「……ありがとう」

正直な感想を伝えると、同期の鈴原さんは、少し照れくさそうに頬を染めて笑った。

「君も、あのレベルが手製はすごいよ。もしかして、よく着てるシャツの刺繍も、自分でやったやつ?」
「あ、はい」
「実は、今日は何の花だろうって、ちょっと注目してた」

お互いに作ったものの写真を見せ合って、好みの服や行きつけの手芸屋さんの話をして。気づいたら、仕事の始まりを告げるベルが鳴っていた。会社で、あんなに休憩時間があっという間に感じたのは、ほぼ初めてのことだった。


「椿のおかげだよ。椿がいてくれるから、勇気を出せるようになったの。ありがとう」

心からの感謝を伝えると、椿の目が潤んだ。悲しんでいるんじゃなくて、じぃんと感動が込み上げたような、そんな涙に見える。何かをこらえるように眉を下げて、椿はぎゅっと私に抱きついた。

しっかりした体を抱きしめ返して、私は微笑む。甘すぎない花の香り――椿がつけている香水の匂い――が、鼻先をふわりと撫でる。幸せな気持ちに包まれながら、私は椿の体温に癒されていた。

***

「もしよかったら、なんだけど。秋のハンドメイドマルシェ、一緒に出てみない?」

同期の鈴原さんと、趣味の話をするようになってから数日後。そんな話を持ちかけられた。

「ハンドメイドマルシェ、ですか?」
「いろんなクリエイターが集まって、展示や販売をするイベント。君のクオリティなら、ファンがついてもおかしくないよ」

アカウントだけ作っていたSNSに、これまで作ったアクセサリーやドレスの写真を投稿し始めたのは、鈴原さんに勧められたからだ。椿が光の当て方を工夫してくれたり、モデルになってくれたりしたおかげか、いいねを少しずつ貰えている。でも自分がものを売る立場になるなんて、想像もしていなかった。

「わ、私の作品が売れますかね……? 初心者ですし、勝手が分からなくてご迷惑になるかも……」
「そんなに気負わなくても大丈夫だよ。あたしはちょいちょい出てるから、サポートできるし。それに、あたしが、君の作品をたくさんの人に見てもらいたい」

彼女の目が、熱を込めたようにきらめく。その情熱に心が揺れて、ほんの少しの勇気がまた1つ生まれた。挑戦してみたい気持ちを大切にするように、胸の前で両手を握りしめて、私は彼女の目を見つめ返す。

「……で、出てみたい、です……!」
「よかった! そうと決まれば、売り物の準備を始めよう! エントリーとか申し込みは、あたしに任せて!」


それ以来、家に帰ってからすることに、創作が加わった。もちろん椿と自分のお世話をしっかり終わらせた後に。デザイン画を書いたりパーツを選んだりすれば、彼は楽しそうに身を乗り出して、じいっと眺めていた。

作ったはいいものの、しまい込むだけだったアクセサリーとかも出店してみようかな。本当に売れるか分からないから、持っていく数は控えめにしようか。種類はどれにしようかな。あれこれ考えながら準備をする時間は、まるで誰かのパーティーの支度をしているみたいだった。

「数は控えめで。どれが売れるか分からないから、種類は多めに持っていくといいと思う」

鈴原さんのアドバイスを受けて、ぬいぐるみ用のドレスにビーズ刺繍をしたり、レースを縫いつけたりする。アクセサリーは、ペンダントやブレスレット、指輪とイヤリングにしてみた。ピアスホールが空いてない人でもつけやすいように。

「ねぇ椿。当日は、また私にメイクしてくれる?」

ナイロン糸にビーズを通しながら言うと、椿はこっくんと大きく頷く。任せなさいと言うように、誇らしげに胸を張って。可愛らしくて頼もしいその姿に、思わず頬が緩む。

「いっぱいおしゃれして行こうね」

窓の外に広がる並木は、鮮やかな黄色や赤へとドレスアップを始めていた。
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