強くなれる魔法
それ以来、私は自分の服にも刺繍をするようになっていった。椿が自分のドレスを見せながら、「おそろいがいい」とおねだりするように、見上げてくるのだ。あんな可愛い顔されたら断れない。
シャツやブラウスの胸元に、ぽつんとワンポイントの花を咲かせる。バラや桜、チューリップにミモザ、スズランにネモフィラ等。シンプルな服に、控えめな可愛らしさが宿るのは、何だか胸が踊った。
そして、あるお休みの日。椿が外に出ようと誘うように、私の手を軽く握って、ドアの方を指さした。
「外に出て大丈夫? 直射日光は、退色の原因になっちゃうんでしょう?」
目線を合わせて心配すると、椿は自分のトランクから、1本の傘を取り出した。フリルとリボンがついた日傘だ。更に取り出したのは、丸い蓋がついた入れ物。ラベルには『退色防止クリーム』と書かれている。日焼け対策は万全みたいだ。
椿は特にお気に入りの、椿の花の刺繍があるミニドレスにハイヒールの靴。私もそれに合わせて、同じ刺繍をしたブラウスに決めた。下はスキニージーンズと、かかとがぺたんこのバレエシューズ。シンプルだけど、いつもの私より、ほんの少しだけ可愛さが残るコーデ。
メイクはなんと、椿がしてくれた。ドールというよりアーティストみたいな手際の良さで、私の顔に色を乗せていく。アイシャドウは目元にツヤを含み、チークはほんのりと血色をよく見せる。グロスを軽く乗せられると、唇はさくらんぼのように色づいた。
出勤用にしていた、ナチュラルなメイクとは違う。鏡の中にいるのは、自分のはずなのに自分じゃないみたい。清楚な魅力がある、見慣れない女性が映っている。
「♪」
椿はにっこりと、満足そうに笑って、私の手を優しく引いた。デートに誘われるように、家から連れ出される。日傘をさし、腰まで届く髪をなびかせて、ヒールを鳴らしながら颯爽と歩く椿を、すれ違う人たちが注目していた。
チラチラ向けられる視線が、少し痛い。椿に手を引かれながら、つい身を縮めるように歩く。椿はそれに気づくと、私を励ますように力強い笑みを見せた。
やって来たのは、駅前のショッピングモールだ。服屋さんも複数入っていて、パンク系やカジュアル系、古着系等、様々な彩りが見える。あれこれ見ながら歩いていたとき、私はショーウィンドウの前で足を止めた。
すらりとしたマネキンが着ていたのは、爽やかで可愛らしいコーデ。その中のスカートが、私の目を引きつけた。丈は長めで、地の色は白っぽい。そこに赤やオレンジ、黄色に青等の小花模様が入っている。
吸い込まれるようにお店に入り、同じものを探した。ハンガーを持ち上げて、もう片方の手に取ると、薄くてしゃらしゃらした手触りが伝わる。
思わず見とれていると、くいくいと椿に袖を引っ張られた。彼の方を見ると、椿は目をキラキラさせて、試着室を指さしている。
「いやあの、可愛いなって見てただけだから」
「ご試着しますか?」
「わっ」
「そのスカートいいですよね〜。小花柄だから、派手すぎず甘過ぎずって感じで。シンプルなコーデにこういうアイテムを取り入れると、いいアクセントになりますよ!」
「え、えーと……」
椿の期待するような顔と、店員さんの押しの強さに抗えなかった。試着室のカーテンを閉めて、ジーンズを脱ぐ。ジーンズを軽く畳んでから、スカートを手に取り、少しの間見つめた。
こんなに可愛いのに、私が履いていいのかな。
そんな思いが頭をよぎる。そのとき思い出したのは、椿の顔だった。私が花の刺繍をしたシャツやブラウスを着ると、嬉しそうに笑う顔。可愛いと褒めるように、親指を立ててくれる姿。
これを着たら、椿はどんな顔するかな。喜んでくれるかな。
ちょっとだけ勇気を出して、スカートに足を通す。制服以外のスカートはずいぶん久しぶりで、足が涼しい。腰を左右に捻ると、しゃらしゃらとスカートが揺れた。小さくてカラフルな花たちが、風に吹かれるように愛らしく動く。
「!」
「素敵ですよ! 丈もちょうどいいですね」
そろそろとカーテンを開けると、椿がはしゃぐように、ぴょんと飛び跳ねた。店員さんの明るい声に同意するように、うんうんと頷いている。その表情は、ミルクを飲んだときよりも、ぬいぐるみを着せ替えているときよりも、可愛いドレスを着たときよりも、まばゆかった。
「……椿。似合う、かな?」
スカートを少しつまんで、小首を傾げる。恐る恐る問いかけた私に、椿はぎゅっと抱きついた。こくこくと何度も、ヘッドドレスをつけた頭が上下に揺れる。
「……ありがとう」
トラウマに近い思い出が、淡い色合いに塗り替えられていく。泣きそうになるのを、私は懸命にこらえた。せっかく椿がメイクしてくれたのに、崩れたらもったいない。
店員さんに言って、お会計を済ませる。せっかくなので、このまま着ていくことにした。タグを切ってもらい、ジーンズは持ってきたエコバッグに入れて、お店を出る。
歩く度にスカートが揺れる。お気に入りの服をまとっていると、不思議と気持ちが明るくなる。私は椿と手を繋ぎながら、自然と背中を伸ばして歩いていた。