強くなれる魔法



可愛いものが大好きだった。
リボンにフリル。レースにビーズ。パステルピンクのワンピース。見ているだけで心がときめいて、まとえばお姫様になれるような、素敵なものたち。

それらが大好きだということを、もうずっと、口に出せていない。

***

仕事終わりに、手芸屋さんに寄った帰り道。モッコウバラのドレスに飾られたお店を見つけた。スマホで検索してみると、プランツドールを扱うお店らしい。

人形という言葉に心が惹かれて、思い切って入ってみる。そこには少年のドールがたくさん並んでいた。和装、洋装、中華と様々な服を着ている。丁寧な作りにほれぼれしながら、ゆっくり店内を見て回る。

女の子のドールは無いのかな。そう思ってひとつひとつ眺めていたとき、1体のドールが目に止まった。他のものよりひと回り大きくて、心なしか手足の作りがしっかりしているように見える。でもそれ以上に、息をのむほど美しいドールだった。

腰まで真っ直ぐ伸びた黒髪は、天使の輪を描くほどツヤツヤでサラサラ。思わず指を通したくなるようなそれは、下半分が鮮やかなカーマインに染まっている。

影を落とすほど長くて、ふさふさのまつ毛。あでやかなルージュを引いた唇。小ぶりのピアスをつけた、形のいい耳。チョーカーを巻いた細い首。可愛らしいミニドレスから伸びる足は、すらりと長く、ヒールが高い靴を履いている。

「綺麗……」

赤い椿の髪飾りが、よく似合うドール。どうしよう。いかにも高価そうだけど、すごく好みだ。何円かな。口元を両手で覆いながら見とれていると、その子がぱちりと目を開けた。水色がかった銀のような、澄んだ色だった。

「!」

目が合った瞬間、ドールの白い頬がぽっとバラ色に染まる。目が星みたいにきらきら瞬いて、その子はにっこりと微笑んだ。

まるで大好きな人に会えた乙女みたいに、純粋で素敵な笑顔。つぼみがふくらんで花開くのを、早送りで眺めるような。心を奪われるような、とっても可愛らしい笑顔!

「いらっしゃい」

そのとき、明るい女の子の声が聞こえた。振り向くと、大人っぽい女の子が気さくな微笑みを浮かべている。アレンジした髪も服も、さっぱりとしたオシャレさを感じた。

「うちはプランツドールを扱う店よ。お客さん、プランツドールは知ってる?」
「すみません。名前しか知らなくて……。機械人形の一種ですか?」

子首を傾げながら問いかけると、女の子は丁寧に教えてくれた。
普段は眠っていて、持ち主として選んだ人に会うと、目を覚ます。1日3回のミルク、週に1回の砂糖菓子。そして持ち主から与えられる愛情で、生きる人形。途方もなく高価で、この上なく美しい人形。

「その子は椿。前の持ち主との相性が良くなくて、目を覚まさないまま枯れかけていたのを、うちの店で引き取ったの」
「相性、ですか?」
「前の持ち主は、少年のドールらしくタキシードを着せてたみたいなんだけど。椿は見ての通り、スカートとかドレスとか、可愛い服の方が好きなのよ」

椿と呼ばれたドールを見ると、その子は椅子から降りてニコッと笑う。そして、ドレスをお披露目してくれるみたいに、その場でくるりとターンした。裾がひらりと可憐に揺れて、花の妖精みたいだった。

「可愛い……!」

私の言葉を聞いて、椿がますます嬉しそうに、顔をほころばせる。私の右手を、小さな両手で包むように握り、きらめく目で私をじっと見つめた。

「椿、お客さんのことを、持ち主に選んだみたい。あなたについて行きたがってるわ」
「え。私でいいんですか?」
「もちろん。ありのままの椿を愛してくれる人がいいって、私も思ってたから」

提示されたのは、あまり安いとは言えない金額。でも驚くほどでは無かった。綺麗なものやロリータ服も、けっこうお金がかかるし。それに新品のものと比べれば破格のお値段だ。思い切って、分割払いで買うことを決める。

「椿のこと、大切にしてあげてね」
「はい!」

最後まで、枯らさず大事にするという意思を固めて、頷いてみせる。それと同じくらい、これからの生活が楽しみだった。どんな服や小物を、椿に作ろうか。どんなデザインが似合うかな。考えただけで、想像がふくらんでいく。

小さな手を握り返すと、しっかりした手のひらの感触と、温もりが伝わってきた。

***

「ようこそ。私の家へ」
「!」

住んでいるマンションに帰り、椿を自室に招く。部屋に足を踏み入れた椿は、歓声をこらえるように、両手を口に当てた。目を宝石みたいに輝かせて、きょろきょろと見回している。

小さなバラが描かれたカーテン。白とピンクを基調とした内装。お姫様が使うような、お気に入りのアンティーク風ドレッサー。フリルがついたカバーが可愛い、ベッドに座椅子。棚には、甘ロリを着たテディベアやウサギのぬいぐるみが並んでいた。

「気に入ったかな?」

問いかけてみると、こくこくこくっと勢いよく、首が縦に揺れた。頬を紅潮させて夢中になる様子を眺めていると、嬉しいし安心する。友達も家族も呼んだことがない、私好みの寝室。私だけの、大事なお城だ。


椿の存在は、私の日々に新たな彩りと潤いを、与えてくれるみたいだった。
温めたミルクは、椿のお気に入りのティーカップ――内側にチョウチョが描かれたもの――に注ぐ。毎日丁寧に洗濯した、綺麗な服を着せて、花やリボンで髪を飾る。

「素敵だね」
「綺麗だよ」
「世界で一番可愛い」

こまめに言葉をかけると、リンゴみたいな頬に両手を当てて、嬉しさと照れが混ざったようにもじもじする。そんな仕草も愛らしくて、胸がときめいた。

椿の髪にヘアオイルを馴染ませて、ブラシでとかす。痛い思いは一切させないように、慎重な手つきで。そのおかげか、椿は日増しに綺麗になっていく。髪は艶が増していくし、肌はきめ細かくて、白椿の花びらみたい。

仕事で疲れていても、椿が笑顔で出迎えてくれる。その笑顔を見ることや、彼の世話をすることは、私の心をとても癒した。お休みの日には椿の好みを聞いて、ドレスを縫ったり、ビーズやレジンでアクセサリーを作ったりすることもある。

可愛くて綺麗なものに囲まれて、幸せそうに笑う椿を見ていると、私も幸せで満たされた気持ちになった。自分の好きなものを否定されて、泣いていた自分が、救われるみたいだった。

***

「どうしたの? 椿」

椿用のドレスに刺繍をしていたとき、ちょんちょんと腕を軽くつつかれた。針を置いてから椿を見ると、彼はファッション雑誌を開いて見せてくる。そこにはバレエコアのワンピースが写っていた。淡いローズピンクで、バレリーナみたいに繊細で上品な雰囲気だ。

「これが着たいの?」

腕が鳴るなと思いながら聞くと、椿はふるふると首を横に振る。そして私の手を、きゅっと優しく握った。

「……私に?」

椿が微笑んで、こくこくと頷く。私に、着てほしいのだろうか。こんなに可愛くて、ロマンチックなワンピースを。確かに私好みのデザインだけど……。

「……私には、もったいないよ。可愛すぎるもの」

自分の服に視線を落とす。クリーム色のカットソーと深緑色のズボン。クローゼットにある服も、飾りげのないものばかり。可愛いがあふれた部屋で、クローゼットの中だけが、シンプルで無難なもので満ちていた。

そんなことないわよ、と言うように眉を下げて、椿が首を横に振る。その気持ちが嬉しくて、やるせなくて、私は微笑んだ。するすると指の間をすり抜けていく、椿の髪を撫でながら、私は言う。

「小学生の頃かな……。一番お気に入りのワンピースを着て、学校に行ったの。フリルとレースがついてて、花柄で、可愛いやつ」

お出かけのときによく着ていたけど、どうしても何でもない日に着てみたかった。ひらひらでパステルピンクで、お姫様みたいな気持ちになれる、特別なワンピース。

「でも、クラスのリーダー格の男の子に、"似合わない"って、笑われちゃって……」

友達は、褒めてくれた、と思う。でもそれ以上に、大好きな服が似合わないと言われたこと。あの場の空気が冷たく塗り替えられたこと。チクチク刺さる、からかうような視線。耳に刺さる、くすくすとした笑い声。それらがあの日の私を、真っ黒に塗りつぶしていた。

「……それ以来、可愛い服を着るのが、怖くなっちゃった」

じわりと目のふちに、にじんだ涙を拭う。もうずっと昔のことなのに、まだあの日の傷が残っているなんて。不甲斐なさに落ち込みながらも、椿に心配をかけないように笑いかける。椿は唇をきゅっと噛んで、泣くのをこらえるように眉を寄せていた。

椿の腕が私の方に伸び、抱きしめられる。ぎゅうぎゅうと腕の力が強まって、少し苦しい。小さな手に頭を撫でられながら、私は彼の背中に腕を回した。もしかして、慰めてくれてるのかな。

「……ありがとう。優しいんだね」

傷口に薬が塗られて、包帯が巻かれていくみたいに、優しい気持ちが満ちていく。痛みと悲しみが、ゆっくりと和らいでいく。

「大丈夫だよ。今はぬいぐるみたちと、椿がいるから。私の好きな服、いっぱい着てもらってるから。大丈夫」

すべすべの頬を擦り寄せてくる椿を、抱きしめ返す。彼に抱きしめられながら、大丈夫と口に出すと、本当に大丈夫になる気がした。まるで、温かなおまじないみたいだった。
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