蝶よりも、花よりも



一緒に暮らして分かったこと。
三輝は、とても気配り上手なドールだった。

「あんまり甘やかさないで……。君がいないとダメになっちゃう……」
「?」
「うわあぁ……」

せっかくのお休みの日に、久しぶりに来た重めの生理痛。ローテーブルに頬をくっつけて、三輝が敷いてくれたクッションに座り込む私の腰を、彼が小さな手で撫でてくる。痛み止めは飲んだから、午後には治まると思うけど、まだ下腹部がじくじくと痛い。

ふわふわのひざ掛けも、温かいココアも、三輝が用意してくれたものだ。至れり尽くせりが過ぎる。話を聞く限り、プランツドールってお世話されてなんぼだと思ってた。これじゃあ、どっちがお世話してもらう側か分からない。

「どうして、こんなに優しくしてくれるの……?」

ここまでしてもらえるようなこと、私はしてないはずなのに。不思議に思って問いかけると、三輝も不思議そうな顔をしていた。こんな質問をされたのは、初めてのようだ。

なでなで、と頭を撫でられた。気にしなくていいよ、ゆっくり休んで、と伝えてくれるみたいだ。家族や友達以外に、労わられるのは久しぶりで、思わず目が潤む。

「……私ね、付き合ってた人がいたんだ……」

気づけば、ぽつりと呟いていた。三輝が柔らかな表情で、言葉を待ってくれる。傾聴の姿勢に心が緩み、私は続きを話し始めた。

「最初は、明るいスポーツマンタイプって感じだったんだけど。付き合って、同棲してから、別の面が見えてきて……」
「上から目線だったり、私の好きな物を否定してきたり……。今日みたいな痛くて辛いときに、優しくしてくれることもあんまり無くて。むしろ、"気持ちの問題"って言ってきたこともあって……」
「……不機嫌なときは、物に当たってアピールするような人だったから、いろいろ辛くなっちゃって」
「別れたいって言っても、聞いてくれなかったから。彼と住んでた所から、こっそり逃げ出したんだ」

誰にも指図されない、自由な生活。優しく接してくれる、可愛い三輝。こんなに幸せでいいのかな。いつか付けが回ってくるんじゃないかな。痛みで気分が落ち込んでいるからか、ネガティブな方に思考が傾く。

別の涙が出てきたとき、三輝がぎゅっと私に抱きついてきた。背中をさする手は、励ますように温かくて、慰めるように静かだった。

今日はどうしても、泣いちゃう日だな。

私は三輝を抱きしめ返しながら、彼の細くて柔らかい髪に頬を寄せる。三輝といると、安心する。私のこと、大切にしてくれてるってことが、じんわりと伝わってくる。

もらってばかりじゃなくて、私も彼に、優しい気持ちを返したい。この先、何があっても、彼のことを大切にしよう。腕の中の温もりを愛しく思いながら、私は誓う。

痛みも寒気も、溶かされたように治まっていた。

***

「じゃーん。本日の砂糖菓子は和三盆でーす」
「!」

週に1回、プランツドールにあげる砂糖菓子。香川県や徳島県で生産されているという和三盆は、三輝の一番のお気に入りだ。パカッと箱を開けると、淡いピンクや黄緑、水色などのカラフルな干菓子が現れる。

お砂糖である和三盆そのものを固めたお菓子を、三輝が手に取り、嬉しそうに眺めてから食べ始める。両手で持って、かりかりかじっているのが、リスみたいで可愛らしい。

和三盆は、和菓子の高級材料として使われるほどお高い品。でも、こんなに喜んでもらえるなら、貯金したかいがあったな。温めたミルクと一緒にいただいている三輝を、にこにこしながら眺める。彼のこの笑顔、プライスレス。

そのとき三輝が、和三盆を1つ私に差し出してきた。

「え、くれるの?」

そう聞くと、三輝はふんわりした笑顔でこくりと頷く。大好きなものを分けてくれるなんて、本当に優しいなあ。

「ありがとう。いただきます」

バラの花みたいな形をした、少し濃いめのピンク色の和三盆を受け取り、口に含む。くどくない上品な甘さが舌に広がり、優しくほどけるように溶けていく。

「美味しいね」

そう言うと、彼はますます嬉しそうに微笑んだ。目が弓なりに細められ、頬がバラ色に染まる。口角はにっこりと持ち上がり、それはそれは美しく愛らしい笑顔だった。
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