強さの理由とオルゴール


数日後。いつものように仕事から帰り、鍵穴に鍵を差し込んで回す。「ただいま」と言いながらドアを開けたとき、後ろからいきなり突き飛ばされた。

突然のことに心臓が跳ね上がる。廊下に転がった私の上に、誰かがのしかかった。押さえつけるように両手首を掴まれ、パニックになりながら足をばたつかせる。

「ッ、……ッ!」
「大人しくしろ殺すぞ……!」

低い声に早口で脅され、体が強ばる。助けを呼ばなきゃいけないのに、上手く声が出ない。喉から出るのはかすれた音だけ。両手首を縄で縛られ、自由を奪われる。知らないスーツ姿の男が、目をぎらつかせて、私を見下ろしていた。

「金目のものがあればいいと思ってたが、物色する前に味見しちまうか……」

空き巣。強盗。そんな言葉が脳内で飛び交う中、男が私の足の間に体を割り込ませる。力任せに服の胸元を掴まれ、ぞっと血の気が引いた、次の瞬間。ヒュッと飛んできた物が、男の頭にぶつかった。

「イッテェ!?」

からん、ころん、と床に落ちたのは、1足分の下駄。私の脇を何かが過ぎ去り、男がドアに叩きつけられる。慌てふためきながら外へ転がり出た男を、常磐色の羽織が追いかける。

「条……!?」

目で追うのが難しいほど、速い動き。普段の彼からは想像できない。条が姿勢を低くし、男の足元に突進する。そのままガバッと組み付き、男を地面にねじ伏せた。間髪入れずに条は拳を振り上げ、男の顔面に叩き込む。

重い音が3回聞こえた後、男が動かなくなった。それを確認するように見下ろしてから、条がぱたぱたとこっちに駆け寄ってくる。

「……?」
「……あ、ありがと……」

心配するように眉を下げ、条が私の両手首を縛っていた縄を解く。そして、手当をするように、赤くなった跡を撫でてきた。小さな手の温かさが、じんわりと伝わってくる。

助かった。そう実感したからか、私の目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。

びっくりしたように、条が目を丸くする。おろおろと私の頭を撫でてくる手は、さっきまで暴力を振るっていた手。でもなぜか、私を襲った男と同じとは思えない。条の手は、全然怖くない。

「あり、がと……。たすけて、くれて……っ」

かすれる声で、懸命にお礼を言う。条はもう大丈夫と伝えるように、私を抱きしめた。優しくて、温かくて、どっしり落ち着いてて、安心する。私の涙が止まるまで、彼はそのままでいてくれた。

***

アパートに住む誰かが通報してくれたらしく、駆けつけた警察の人や大家さんに説明をする。空き巣や強盗の容疑をかけられていた男は、そのまま連れて行かれた。

部屋に戻って、やっと人心地がつく。夕飯がまだだったので、条の分のミルクを温めた。私は食欲があまり湧かないので、インスタントのカップスープにお湯を注ぐ。

トマト味のスープパスタを食べながら、私はふと思い出した。

「条ってあんなに強かったんだね」

マグカップから顔を上げて、条は口元に笑みを浮かべたまま、きょとんと首を傾げる。

「動きもいつもよりすごく速かったし、突っ込んでく勢いとか猪みたいだった」

いつもは、スローペースで、ぽふっと抱きついてくる彼に、あんな力があったなんて。今日のを見たら、私がどれだけ彼に大事にされていたか、理解せざるを得ない。

条のことを守ってみせる。その決意は今も変わらない。でも、条は私が守らなくても充分強くて、逆に私の方が助けられてしまった。そのことが、少しさみしい。

私が条にしてあげられることは、何も無いんじゃないか。私がいなくても、彼は平気なんじゃないかって、思ってしまう。

「……」

冷めてしまったスープを食べ終える。条も空っぽになったカップを置いて、何かを考えるように私を見ていた。やがて彼は立ち上がり、棚の方へとことこ歩いていく。手に取ったのは、透明な球体に納められたオルゴール。

それを持って、私の横にちょこんと座り、条はネジを回した。澄み切った、きらめくような音色が、微かな駆動音と共にこぼれ出す。心を癒し、慰めるようなメロディ。お気に入りのそれに聞き惚れていると、条がぽすりと抱きついてきた。

――オレがこうなったのは、君のおかげなんだよぉ。

おっとりしてて、真剣な声が、オルゴールの音色に重なって聞こえてくる。

――君がオレを、大切にしてくれたから。オレの側に、いてくれたから。オレは君のことを、守れてるんだよ。
――それじゃあ、足りないかなぁ?

ふわふわした頭が、私に押し付けられる。その髪や、さりさりした刈り上げ部分を撫でながら、私は彼を抱きしめ返した。

「ううん、充分」

何も、悩むことなんて無かった。物理的に守れる力が無かったとしても、プランツドールを守るのに必要なのは、それだけじゃない。条に対して抱いている、甘くて深い想いが、胸の内に湧いてくる。

「ありがとう。大好き。条」

――オレも、大好き。これからもぉ、オレのこと、大事にしてねぇ。

「もちろん」

それ以上の言葉は必要無い。お互いの温もりを与え合いながら、私たちは寄り添う。ゆっくりと流れる時間の中で、オルゴールが優しい音を紡いでいた。
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