強さの理由とオルゴール


「ただいまっ」

小走りで帰ってきたせいで、上がる息を整える。深呼吸しながらパンプスを脱いでいると、条がぽてぽてと歩いてきて、ぽすっと私に抱きついた。

思わず胸がきゅんとする。最近、条はよく、私にハグをしてくるようになった。例えば、私が帰ってきたとき。彼が飲むミルクを温めているとき。寝る前に、スマホでヒーリングミュージックを流しているとき。ぴとっとくっついてくるのが可愛くて、どんな疲れも吹き飛ぶ気がする。

「すぐにミルクの用意するからね。お腹空いたでしょ?」

自然と頬を緩ませながら、彼の頭をふわふわと撫でる。条は気持ちよさそうに目を細めてから、ふるふると首を横に振った。急がなくていいよぉ、と伝えているような反応の彼を、優しく抱きしめる。

時間に追われるような生活とは無縁の、マイペースなのんびりやさん。彼の隣にいると、肩の力が抜けて、ゆったりとした凪のような気持ちになれた。

「君がいない生活は、もう考えられなくなっちゃったなぁ……」

とん、とん、と一定のリズムで、彼の背中を叩きながらひとりごちる。条は私を見上げて、ふにゃっと嬉しそうに微笑み、甘えるように頬を擦り寄せてきた。

「まったく愛いやつめ〜」

わしゃわしゃと両手で、彼の髪を撫で回す。条は困ったように眉を下げながらも、くすぐったそうに笑って、されるがままになっていた。

ひとしきり戯れてから、もじゃもじゃになってしまった彼の髪を、手ぐしで整える。いつまでも玄関にいるわけにはいかないので、私は彼と手を繋いで、自室に戻った。

***

部屋着に着替え、夕飯の支度をする。今日はコンビニでお惣菜を買ってきたから、副菜に工夫を入れよう。冷凍していたご飯を温めている間に、冷蔵庫から野菜を取り出す。

トマトは角切り、キュウリは薄切り、ハムは細切り。サンチュは食べやすい大きさにちぎって、水菜は4cm幅くらいに切る。それらをゴマ油、ポン酢、白キムチの素で和えれば、中華風サラダの完成だ。

汁物の用意もしてから、ホーロー製のミルクパンで、ミルクが沸騰しないように気をつけて温める。夕飯の準備が整い、私たちは手を合わせた。

「いただきます」

サラダは野菜のしゃきしゃきした食感と、さっぱりした旨みが合わさって美味しい。
コンビニで買ったチキン南蛮は、柔らかく揚げられた鶏肉に、甘酸っぱいタレが染み込んでいる。まろやかで濃厚なタルタルソースには、細かい玉ねぎのぷちぷちとした食感が混ざった。

野菜美味しい。お肉とお米美味しい。至福。今日も1日頑張った。

空っぽだった胃がほどよく満たされ、疲れた身体や脳に、栄養が染み渡っていく。夢中で食べていたとき、条が何やら微笑ましそうな目で、こちらを見ていた。頬袋を膨らませているリスでも見ているような目だった。

ちょっと気恥ずかしくなって、テレビに視線を移す。そのときニュースで、空き巣の情報が流れていた。私が住んでいる地域と、そんなに離れていない。

「うわ、怖いなあ」

戸締りはしっかりしてるけど、もし条が1人でお留守番してるときに、侵入されたらどうしよう。嫌な想像をして顔をしかめていると、ぽんと私の腕に手が置かれた。

私の斜め前に座っている条が、私を見つめてふわっと笑う。大丈夫だよぉ、と安心させるような微笑みに、モヤモヤしていた胸の内が、柔らかくほどけた気がした。

「条は優しいね……」

そう言いながら、彼の頭をもふもふ撫でる。癒しの笑顔で待っててくれる彼のために、頑張ろう。何があっても、条のことを守ってみせる。決意を新たにしながら、私は彼を抱きしめた。
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