受容と献身、あなたと生きるために必要なもの


葉っぱを模した、緑色のステンドグラス。きらきらしたそれがはめ込まれたドアを、好奇心に従って開けると、ふわりと甘い香りが鼻をかすめた。

何だろう、この香り。どこかでかいだ気がする。ほのかに漂う香りを辿ると、1体の人形を見つけた。他にもたくさん人形があるのに、この子にだけ香りがある。やわらかい果物のような、蜜のような香り。

それは中性的な顔立ちをした、少年の人形だった。星みたいにきらめく、マッシュにしたプラチナブロンドの髪。細い体を包むボウタイのブラウスに、ブルーグレーのジャケットとズボン。ちょっと王子様っぽい格好だ。

見とれていると、その子がぱちりと目を開けた。ぼうっとしたグレーの目が、私を映した途端、びっくりしたように見開かれる。

「!」
「わ、動いた」

すごい。まるで生きてるみたいだ。そういう仕掛けなのかな。

「いらっしゃい」
「うわっ!?」

その子に気を取られていたせいか、後ろから突然かけられた声に、更に驚く。肩をはね上げて振り返ると、さらさらのボブカットの髪を、ハーフアップにした女の子が立っていた。10代後半くらいか、それより大人っぽく見える。若いのにお店を手伝ってるの、偉いなー。

「素朴な反応ね。プランツドールを見たのは初めて?」
「プランツドール?」

話を聞くと、それはミルクと砂糖菓子、そして持ち主の愛情で生きる人形なのだという。そんな不思議な人形を売るお店が、この街にあったなんて、ちっとも知らなかった。ここには偶然、迷い込んだだけだし。

「その子は蓮。今まで何度か、相性が悪いお客に無理やり買われたみたいで。その度にお客を叩きのめしてきたらしいの」
「そんなに強いんですかこの子!?」
「本人も意図してやったわけじゃないから、その度に自己嫌悪で枯れかけちゃったのよ。何回かメンテナンスを繰り返した記録があるわ」

こんな線が細くて物静かそうな子に、そんな経緯があったとは。暴れん坊になるのは、本人の抑制がきかないだけみたいだけど。私の目に映る彼は、全く凶暴な面を出すようには見えなかった。むしろ気まずそうに、私から目を逸らしている。

「……でも今は、落ち着いてますね?」
「あなたのおかげね」
「私ですか?」
「そう。蓮とあなたは、とても相性がいいみたい。プランツドールは、波長が合う人と出会うと、目を覚ますのよ」

ほほう。つまり私は、彼のお眼鏡にかなったということか。それなら落ち着くのも当然か。そこまで考えて、はたと気づく。

「あの、もし私が買わなかったら、この子はどうなるんでしょうか……?」
「どこにも売れない品物になったうえに、将来枯れることが確定するわね」
「責任重大……!」

知らないうちに、彼の生殺与奪の権利を握っていたことを知り、目眩がした。蓮と呼ばれたドールの方を見ると、唇を噛んでうつむいている。どうしよう。自分なんかが受け入れられるわけが無い、みたいな空気をひしひしと感じる。

偶然、出会っただけの私たち。
でもその出会いは、彼にとって、大切なものだってことは分かった。
だったら、私がすることは……。

目を閉じて、深呼吸をする。次に目を開けたとき、私は真正面から、女の子の目をしっかり見つめた。

「私が、この子の持ち主になります」

その後、必要なものを含めた金額を見て、ローンを組むことを即決した。新品のものよりは安いけど、私にとってはあんまり安くなかった。

「蓮はポプリドールっていう種類なの。1日3回のミルクと一緒に、この"香り玉"をあげてね」

女の子から渡された瓶には、透明なセロファンにくるまれた飴玉が、たくさん入っていた。瓶を傾けると、カラコロと軽い音を立てて、色とりどりの飴玉が揺れる。

「ポプリドールは、体から芳香を放つ特徴があるわ。この香り玉は、ドールの芳香を維持するために必要なのよ」
「だからいい匂いがするんですね」
「そう。芳香の種類はドールごとに違うわ。ちなみに蓮は桃の香りね」

なるほど、あの甘い香りは桃だったのか。通りでかいだことがあると思った。

荷物をまとめてから、戸惑ったように見上げてくる蓮と、視線を合わせるために膝をつく。

「ふつつか者ですが、今日からよろしくね。蓮」

握手のために片手を差し出す。少しでも安心させたくて、笑ってみせると、蓮がきゅっと私の指先を握った。その力は、想像してたよりも弱々しくて、いたいけだった。

***

「蓮、ごはんだよ」

香り玉と、温めたドール用のミルクを持って、彼のところに行く。蓮は大人しくて、大体部屋のすみっこにちょこんと座っていた。すみっこ好きなキャラクターを思い出しながら、彼にマグカップを渡す。

ミルクを飲むとき、蓮のほっぺたが淡い桃色に色づく。ちょっと嬉しそうに彼の口角が上がるのを見るのは、花が開くのを眺めているみたいで、わくわくした。

「はい、おそまつさまでした」

飲み終わったカップを彼から受け取り、洗って片付ける。すると蓮が、香り玉が入っている瓶を開けて、1つ取り出していた。さっきあげた香り玉が入っているのか、片側のほっぺたが少しふくらんでいる。見守っていると、彼が拳を私に向けて突き出してくる。

「?」

首を傾げながら、小さな拳の下に両手でお皿を作ると、私の手の中にころんと香り玉が転がった。透明なピンク色のそれが、きらりと光る。

「くれるの?」

そう聞くと、蓮はこくりと頷いた。

「ありがとう。優しいね」

ふわりと笑顔になりながら言うと、さっきまで無表情だった蓮のほっぺたが、ぽっと赤くなった。あ、目も逸らした。もしかして、照れてるのな。可愛い。セロファンをむいて、香り玉を口の中で転がすと、とろけるような桃の味がした。


その後、会社に出勤したとき。同期に「何かいい香りするね。どこの香水?」と聞かれた。どうやら香り玉は、人間が食べても、香りを放つ効果が出るらしい。
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