マイ・ディア・ファミリー!
寒さが緩み、緑が顔を出す。はじめと出会ってから、2度目の春が来た。
「♪ ♪」
「はじめ、どこに行くんだ?」
はじめにタオルで目隠しをされ、手を引かれながら、私は玄関を出た。はじめがゆっくり歩いてくれるからか、とても歩きやすい。つまずくことも無いし。
柔らかい手を握り返し、庭らしき場所を進んでいく。やがて、はじめが立ち止まり、私の服の裾を引っ張った。彼に合わせてかがむと、タオルをするりと取られる。
明るくなった視界に目を慣らすように、一度目を閉じ、ゆっくり開けていく。
「……!」
そこにあったのは、一面の緑と、ぽつぽつ浮かぶ可憐な白。もとは何も植えてない花壇だったのに。今はたくさんのスズランが、いきいきと咲き誇っている。
「……これ、去年撒いてたやつか……?」
「!」
はじめが元気よくうなずき、ワクワクした顔で私の顔をのぞき込む。私が、スズランを好きだって言ったこと、覚えてくれてたのか。それで、こんなに育ててくれたのか。
何てサプライズ。何て贈り物。
「……ああもう!」
苦しくなるくらい温かな感情が、胸の内から込み上げる。私は、はじめを抱き上げて、幼い子がぬいぐるみにするみたいに、ぎゅっと抱きしめた。
「君はどれだけ……。私を幸せにすれば気が済むんだよ……!」
個展の件で、思い出したことがある。
私が冷たい絵を――孤高で美しいと言われた絵を、描き始めた時期。それは、家族を亡くして、独りきりになったときだった。
当たり前のように近くにいた、温かさが無い。どこを探しても見つからない。手を伸ばしても届かない。ふれられない。だから、家族がいた痕跡を辿るように、残すようにしながら、暮らしていた。
自分でも気づかない気持ちと向き合うように、真っ白なキャンバスに向き合って、色を乗せていた。
――慣れていたつもりでも、寂しかった。
ぶわりと視界が滲む。悲しくないのに。むしろ、はじめの気持ちが嬉しいのに。笑えるほどに涙が止まらない。
子どもを慰めるような手つきで、小さな手が、私の頭をポンポンと撫でる。
――お前が悲しくなくなるくらい、だな!
ほっと肩の力が抜けるような、安心できる声が、聞こえた気がした。
――お前には、いつも幸せで、笑っていてほしいんだ。
――だってお前は、オレの大事な家族なんだから。
兄がいたら、こんな感じなんだろうな。子どもみたいにボロボロ泣きながら、私は笑っていた。温かい涙が、心の奥底に張っていた氷を、溶かしていくみたいだ。
彼と描いていく未来の中に、きっと冷たい色は無いだろう。風に吹かれるスズランが、幸せの象徴のように揺れていた。