マイ・ディア・ファミリー!


長袖のポロシャツと長ズボン姿で、庭に出ようとしたとき。はじめが、どこ行くんだオレも行くなあなあなあと言わんばかりに着いてきた。

「庭に行くんだ。直射日光は退色の原因になるから、ドールの君はだめだぞ」
「……! ……!」

どうしても庭を見たいらしい。やだやだと首を横に振られた。職人お手製の綺麗な服を、土や泥で汚すわけにはいかないので、はじめのトランクを開ける。

シンプルかつ動きやすそうな服を探していると、はじめも横からのぞき込んできた。見つけたのは、白い半袖Tシャツと黒い長ズボン。
それだけじゃ足りないので、私のアームカバーを彼にはめて、首にはタオルを巻かせた。頭にもタオルを被せ、私が使っていた麦わら帽子を被らせる。

「私ので悪いが、今日はこれで我慢してくれ。……嬉しそうだな」

完全防備の農家スタイルで、帽子のつばを両手で持ったはじめが、ニッコニコの笑顔を見せる。眩しい。外に出られるのが、よっぽど嬉しいらしい。

彼と手を繋いで庭に出る。うちには祖父母が世話をしていた家庭菜園があって、今は私がそれを引き継いで使っていた。

「これがトマト、隣がキュウリ、あっちはナス。向こうにあるのは、バジルとかのハーブ類だ」
「!!」

陽光の下で青々と育つ畑を見せると、はじめの頬が紅潮し、目が太陽のかけらを閉じ込めたみたいに輝く。気に入ってくれたらしい。プランツドールというくらいだし、植物を仲間みたいに思ってるのかもしれない。

じょうろに水をくんで、さわさわと野菜たちにかける。乾いた土が湿り、植物たちの潤いになる。はじめは私の後ろをくっついて回り、葉の上を水の玉がこぼれていくのを、飽きもせず見つめていた。

「?」
「あっちは花壇だな。あれはチューリップ。母が好きな花。こっちはムスカリ。祖母が好きな花だ」

赤や黄色の愛らしいチューリップや、ブドウを逆さにしたようなムスカリが咲く春の花壇。指をさしながら教えると、はじめはなるほどと言うように頷く。そして私の方をじっと見つめてきた。

「……えーと、私が好きな花は、これだな」

私が指さしたのは、大きな緑の葉を持つ、小さくて可憐な花。

「スズランだ。控えめで清楚で、凛としてて、キレイだろ」

こくこくっと、はじめは頷く。白い鈴みたいな花を、宝物を見るような目で眺めていた。

「はじめも何か育ててみるか?」

そう聞いてみると、はじめが顔を上げて、ぱああっと顔を明るくする。テンションを上げるスイッチを、一気に5個くらいつけたみたいだ。

1人で食べるくらいの量を作っているから、場所はまだ余ってる。ただ、せっかく野菜や果物を育てても、作った本人が食べられないのは可哀想だな。それなら花とかの方がいいのだろうか。

はじめが育てたいものを、選んでもらえばいいか。はじめが畑仕事をしやすいように、子ども用のじょうろやスコップも買いに行こう。

そう考えながら、私は抱きついてくる彼の頭を、麦わら帽子越しに撫でていた。

***

畑の隅に、はじめ用の場所ができた。キャンバスを作った時にできた端材を使って、『はじめのはたけ』と書いた小さな看板を立てる。緑がかった明るい青色で塗って、白いペンキで文字を入れた。

植えたのは、はじめが選んだプチトマト。1番花が咲いている苗を、園芸店で買ってきた。

「いっぱい実がつくといいな」
「♪」

カラフルなプラスチックのじょうろを持つはじめに声をかけると、元気よく首が縦に振られる。小さな指で葉をつついたり、私手製の看板を撫でたり、楽しそうな様子が伝わってきた。

「そういえば、空いてる花壇の方にも何か撒いてたな。そろそろ教えてくれないか?」
「!」
「まだだめか」

園芸店でも種の袋を後ろに隠して、私に見せてくれなかった。内緒にしたいであろう彼の気持ちをくんで、目を逸らしたけど、気にならないわけでは無い。

はじめは元気よく首を横に振り、にまーっと口元を緩める。さては何か、サプライズでも考えてるな。そんなわくわくしたような顔に見える。可愛かったので、彼のほっぺたを両手で柔らかく挟み、もちもちと押してやった。

それにしても農家スタイルが板に付いてきたな。かつて貴族の楽しみと言われたプランツドールに、こんな格好をさせるなんて、と思われそうだ。まあ、よそはよそ、うちはうち。これが我が家のスタイルであり、愛情の注ぎ方だ。

「そろそろ戻るか。昼食にしよう」

そう言って立ち上がると、はじめも私の隣に並ぶ。どちらからともなく手を繋いで、私たちは家に入った。

植物に水をやり、肥料を与えるとよく育つように。プランツドールも、ミルクをやり、砂糖菓子(もしくはビタミンやミネラルを豊富に含んだ合成肥料)を与え、声をかけて世話をすれば、美しく育つ。
その影響か、毎日のように庭に出ているはじめは、色あせるどころか色つやを増していた。紫外線対策の効果もあるだろうけど、はじめを健やかに育てられているのは嬉しい。

服を着替え、手を洗う。私の昼食は、2種類のオープンサンド。あと、切った果物とプレーンヨーグルトを和えたもの。はじめは、いつもの人肌に温めたミルク。

「いただきます」

はじめが家に来てから、私は1日3回、決まった時間に食事をするようになった。

何か用事を優先して、はじめに「先に飲んでていいぞ」と声をかけようものなら、「ごはんはみんなで食べなきゃダメだ!」と言わんばかりにしがみつかれる。更に私が食事をするまで動かなくなるのだ。あの時ばかりは、彼があんなに話を聞かなくなるとは、思わなかった。

おかげで、健康な生活が送れてるからいいけど。

レタスとほぐしたサラダチキンを乗せた、オープンサンドを食べる。向かいでミルクを飲むはじめが、幸せそうに笑う。

「そんなに美味いか。よかった」
「?」
「私はいいよ。それは君の分だ」

1口飲むか? と聞くように、カップを差し出された。断るも、おすすめするように再度カップを寄越される。彼の心遣いに甘えて、1口飲んでみた。

「ごふっ」
「!?」

衝撃でむせてしまった。はじめが慌てたように椅子からぴょんと降り、私の背中を優しくさすってくる。

「ご、ごめ……、ありがとう。美味しすぎて、びっくりしただけだ」

これはだめだ。安いしすっきりして美味いからって理由で買ってた低脂肪乳が、もう飲めなくなりそうな味だった。それくらい栄養豊富そうで、高級な味だった。

おろおろしている彼の頭を撫でる。もう平気だと伝えると、はじめはようやく安心したように、自分の席に戻った。ミルクの残りを飲む彼を眺めながら、私もハムとチーズのオープンサンドにかじりつく。

まだ先の話だけど、庭の野菜を収穫して、調理して、食卓に並べたら。はじめはどんな反応を見せてくれるだろう。自分はミルクと砂糖菓子以外食べられなくても、はじめは私が食事をするところを、にこにこしながらみていることが多い。

自分が育てたものが、誰かの糧になると実感したら、どんな表情を見せてくれるのか。不思議と、今から楽しみだった。
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