マイ・ディア・ファミリー!


近くにプランツドールを扱う場所が無いか、調べていたとき。その店を見つけた。

細い路地裏の奥にある、絵本や絵葉書に出てくるような、小さな洋館。モッコウバラをまとう赤レンガの壁は、しみじみとした趣がある。

ミルクと砂糖菓子で育つ、この上ない美しさの生き人形。スランプ中の私にとって、良い絵のモデルになってくれる子が、見つかるといいんだが。そう思いながら、店の外観を目に焼き付けていると、窓の方で何かが動いた。

「……?」

窓にぺたりと張り付いているのは、白銀の髪をオールバックにした子どもだった。ガラスに顔を押し付けているせいで、柔らかそうな頬がむにゅりと変形している。店主か店員の子どもが、遊びに来ているのだろうか。

不思議に思いながらドアを開ける。すると、軽やかに走るような足音が近づいてきて、私のお腹に衝撃が走った。

「ぐふっ」

おかしな声が出たが、片足を1歩下げて踏ん張る。何事だ、と受け止めたものを見下ろすと、キラキラ輝く新橋色の目と目が合った。

さっき窓ガラスに張り付いていた子だ。初対面の人間に抱きつくなんて、ずいぶん人懐っこいというか、無防備というか。そっと引きはがそうとするが、その少年はコアラのように、私にしっかりくっついていた。

「君。初対面の人間に、いきなり抱きついたら危ないぞ。世の中いい人ばかりじゃないんだから」
「♪」
「いらっしゃ……、あ」

そのとき、店の奥から店員らしい少女がでてきた。びっくりしたように目を見開いてから、仕方ないというように肩をすくめる。そして接客業らしい笑顔で話しかけてきた。

「いらっしゃい。予約してたお客さんよね」
「ああ。ところでこの子は、君の親戚か何かか?」
「その子もプランツドールよ。今から説明するわね」

なるほど。言われてみれば、確かに端正な顔立ちをしているし、身なりがいい。金茶色の肩章がついた、深緑色の上着。詰襟の衣装に灰色のズボン、ロングブーツ等、貴族か軍人のような格好をしていた。

アンティーク風の椅子に腰を下ろすと、少年がいそいそと膝の上によじ登ってくる。店に置いてある他のドールたちより、ひと回り大きいようだ。膝の上に柔らかな重みを感じながら待っていると、少女がコーヒーを持ってきた。

「その子は、はじめ。前の持ち主を交通事故で失って、枯れかけていた子なの」
「そんな過去が……。ところで、彼がやけに私の頭を撫で回してくるのは、それが原因か?」
「一は身近な人を、自分の家族や弟妹のように思うみたい。そういう性分よ」

さてはこの子も、妹みたいに扱われたのだろうか。遠くを見るような目をしている。小さな手に頭を撫でられながら、はじめと呼ばれたドールを見下ろすと、垂れた目がニカッと細められた。よく見ると眉のところに、縦に走る小さな傷跡がある。

「たまに起きては、他のドールの頭を撫でたりしてて。今日もそれかなと思ったんだけど、お客さんが来るのを待ってたみたい」
「……あぁ。そういえば、プランツドールは相性がいい人間と会うと、目を覚ますんだったか」

まさかこんなにあっさり見つかるとは。1つ1つ吟味するつもりだったが、玄関を開ける前から決まっているとは思わなかった。拍子抜けしたが、膝の上で楽しそうに揺れている彼を見ていると、まあいいかという気持ちが湧く。

「この子にしよう。いくらだ?」

中古でもプランツドール。相場を考えて、多めに持ってきた現金で支払う。彼が飲み食いするミルクや砂糖菓子、衣服等の荷物を抱えると、はじめが両手をこちらに伸ばしてきた。

「悪いが、抱っこは無理だぞ」
「!、……!」
「もしかして、荷物を持ちたいのか?」
「!!」

こくこくと首を縦に振るので、衣服が入っているという、レトロな手提げトランクを渡す。はじめはそれを危なげなく持ち、今度は私に片手を差し出してきた。

まるで妹の手を引こうとする、兄のような仕草だ。小さな手を握り返すと、はじめは満足そうな笑顔で歩き出した。

***

「!!!」
「そんなに気に入ったか。よかった」

自宅にたどり着くと、はじめは目をキラキラ輝かせて、あちこち探検し始める。祖父母の代からの持ち家だから、広いし部屋数も多い。飴色の床など、人に長く大切にされてきたのが分かる木造建築。更に庭と離れ付きだ。

荷物を置いてから、夕飯の準備をするために、食材やミルクを台所に並べていたとき。後ろから何かが体当たりしてきた。見下ろすと、はじめが私に抱きついている。

「どうした? はじめ」

辺りを見回して、心配そうに眉を下げて、はじめは私の顔を見上げてきた。

「何か怖いものでも見つけたか?」

そうたずねると、首を横にぶんぶん振る。私の声の他には何も聞こえない。その静けさに、はじめが何を言いたいのか、何となく分かった気がした。

「……そうだな。この家に住んでるのは、私だけだ」

離れようとしない彼を、なだめるように撫でて、私は彼を抱き上げる。背中をとんとんと軽く叩きながら、私は続けた。

「寂しくないよ。もう慣れたし。今日からは、君もいるし」

そう言うと、はじめがぎゅうと抱きついてくる。包むような、すがるような不思議な抱擁。誰かに抱きしめられるのは、いつぶりだろう。他者の温かさを感じながら、私は店で会った少女の言葉を思い出す。

――前の持ち主を交通事故で失って、枯れかけていた子なの。
――身近な人を、自分の家族や弟妹のように思うみたい。

そうか。この子も、"家族"を亡くしてるのか。

生きている美しい人形なら、創作意欲に良い刺激をくれるだろうと思っていた。
でも今は、その考えが変わりつつある。生きているということは、私と違う日々を生きて、私と違うものを見て、私と違うことを感じている、ということ。

人形としてではなく、彼自身を見る。そう決めながら、私は彼を抱く腕に、少し力を込めた。彼が苦しくないように、少しだけ。

「さて、夕飯作るから、好きなことしてていいぞ」

切り替えるように明るい声を出すと、はじめはこくりと素直に頷き、探検を再開するように出て行った。

***

焼きそばが盛られたお皿と、玉子スープが入った椀。向かいに並ぶのは、ミルクが注がれたマグカップ。梅の花が描かれたやつ。

長方形のテーブルに、私以外の食事が並ぶのは久しぶりだ。「いただきます」と手を合わせ、食べ始める。ざくざく切ったキャベツの甘みと、豚こま肉の旨み。もちっと縮れた中華麺。それらを甘辛いソースが包み込む。

正面を見ると、こくこくとミルクを飲んでいたはじめが、ぷはーっと幸せそうに息をついた。見とれるくらい極上の笑顔だけど、口の周りに白いヒゲができている。小さく笑いながら、私は彼にティッシュを差し出した。

「ヒゲができてるぞ」
「!」

お礼を言うようにニカッと笑って、はじめはティッシュを受け取り、口を拭く。
独りじゃない食卓は、何故だかいつも以上に、美味く感じた。
1/5ページ
スキ