約束のアンセム!
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山崎くんと出会って、約1年と7ヶ月が経った。
「花火大会、見に行かねえか。……2人で」
人が多いの苦手そうなのに、初めて山崎くんが誘ってくれた。電話を切った後、私はベッドの上でころころ転がる。嬉しくて、顔がゆるゆるに緩んじゃう。
お母さんが買ってくれた浴衣が活躍する、良いチャンスだ。白地に緑青色の大きな花柄があって、帯が淡い黄色の、爽やかで可愛いやつ。浴衣を眺めながら、私はわくわくする気持ちを抑えきれなかった。
***
迎えた花火大会当日。お母さんが着付けてくれたおかげで、いい感じになった。からころと下駄を鳴らしながら、待ち合わせ場所に行くと、先に着いていた山崎くんは目を丸くする。
「……珍しい格好してるな」
「せっかくの花火大会だからね。どう?」
「……まあ、いいんじゃねえか」
目線を逸らしながら、山崎くんは言う。彼の耳がほんのり赤く見えて、私はニコニコした。平然としてるように振る舞ってるのが、何か可愛い。
「……屋台、見るか」
「うん! 何あるかな〜。食べ物系は外せないよね!」
提灯の明かりが幻想的な列を作っている。立ち並ぶ屋台は活気に溢れていて、ソース等の美味しそうな匂いが鼻をかすめた。道行く人を避けようとすると、着慣れない浴衣や下駄のせいで、足元がふらつく。
「わわっ」
「っ、危ねえ」
そのとき、ぽすんと背中にしっかりした体が当たる。山崎くんが受け止めてくれたらしい。振り返ると、少し上に彼の顔があった。
「あ、ありがとー。山崎くん」
「……人多いな」
端に移動しつつ、辺りを見ながら、山崎くんは少し黙り込む。それから、私に手を差し出した。
「……ほら」
「?」
「浴衣じゃ歩きにくいだろ。捕まってろ」
「! いいの?」
「転ばれたりはぐれたりする方が困る」
確かにそうだ。お言葉に甘えて、恐る恐る彼の手を取る。大きくて、思ってたより体温は高くない。どきどきと心臓の動きが早くなる。
何だか、カレカノみたい。
友達相手にどきどきするのは、山崎くんが推しだからか、それとも別の理由なのか。答えは分からないけど、嫌じゃなかった。むしろ、ずっとこのままでいたいような気持ちになる。
人々の中をゆっくり進む。焼きそばに焼きとうもろこし、綿あめやチョコバナナ。射的やくじ引きにも目移りする。
「けっこう買ったねえ」
「そうか?」
空いていたベンチに座り、たこ焼きを冷ましながら私は言う。私が買ったのは、たこ焼きと冷やしパイン。山崎くんが買ったのは、焼きそばとたこ焼きとカラアゲ、あとフランクフルト。
先にパイナップルをかじれば、ひんやりしたジューシーな甘さが口に広がった。
「美味しい〜」
「だな」
ざわざわ、がやがや。お囃子の音色と人の話し声が、混ざり合ってうねりを作る。いつもと違う非日常の雰囲気に浸りながら、私たちはお腹を満たした。
「山崎くん、花火が見やすいところに行こうよ」
「どこも混んでるぞ」
「だいじょーぶ! お父さんが教えてくれた、とっておきの場所があるよ!」
ずっと手を繋いでいたから、ためらわずに彼の手を取る。人混みから外れて向かうのは、家族で行ったことがある穴場。石段を登った先にある展望台だ。
いくつもの花火が一斉に飛び出し、夜空に大きな花を咲かせる。それはまるで、星が流れて弾けるみたいだった。
プログラムを見ると、『スターマイン』という名称と一緒に、説明が書いてある。連射連発の打ち上げ方法のことで、いくつもの花火を組み合わせて、短時間に数十発以上を打ち上げるらしい。
「キレイ……」
数秒間だけ咲いた花が、光の花びらになって消えていく。手すりに両手を軽く置いて、鮮やかで儚いその光景に見入っていると、山崎くんに呼ばれた。
「星海」
隣を見れば、真剣な眼差しの彼がいる。薄い暗がりの中でも分かる瞳の強さに、ドクンと心臓が跳ね上がった。
「俺、地元に帰ることにした」
ドォン、とまた花火が打ち上がる。
何を言われたのか、上手く理解できなかった。
「え……?」
「叶えたい夢があるんだ。水泳をやめる前に、また一緒に泳ぎたい奴がいる」
「……水泳、やめちゃうの……?」
混乱しながら絞り出した声は、花火の音にかき消されそうなほどに、かすれていた。山崎くんが切ない表情で目を伏せ、右肩に手を当てる。
「去年の夏に肩を壊しちまった。トレーニングのし過ぎでな」
もう治らないの、とは聞けなかった。治せるなら、彼はとっくに行動してるはずだ。
知らなかった。私が自分のことしか考えてない時に、彼がそんなことになってたなんて。
「世界を目指す夢は、もう叶わない。でも、最後にもう一度だけ、あいつと――凛と泳ぎたい。凛と本当の仲間になりたい。ちっぽけだけど、新しい夢を、叶えたい」
山崎くんの顔は、寂しそうなのに、どこかすっきりしたようにも見えた。静かで揺るがない決意を込めた目に、胸がグッと詰まる。
「幻滅したか?」
「するわけないよ!」
何でそんなことを聞くんだろう。自分でも驚くくらい大きな声が出ていた。
「だって、私が好きなのは、オリンピックを目指してる山崎くんじゃない! 夢に向かって、真っ直ぐ努力できる山崎くんが好きなの!」
また1つ、花火が上がる。ぱらぱらと散っていくその音を聞いているうちに、自分が何を言ったのか、じわじわと思い出す。火がついたように、顔が一気に熱くなった。
「……え、えーとね、その。好きっていうのは違くて。いや違わないんだけど。憧れとか推しとか友達を応援したい気持ちとかそういうので、山崎くんを困らせるつもりは……」
「……ありがとな」
赤、青、黄色。色とりどりのきらめく欠片に照らされて、柔らかな笑みを浮かべる山崎くんを見てると、胸が苦しくなる。
彼の夢を応援したい。
彼が夢を叶えるところを見たい。
そう思うのは、友達だから?
本当に、それだけ?
***
季節は巡り、珍しく粉雪が舞うその日。東京駅の改札口の前で、コートを着た山崎くんが言う。
「本当に見送りに来たのか」
「いやぁ、山崎くんが東京のダンジョンで迷子にならないか心配で」
「さすがに慣れたから、もう迷わねえよ」
こんなふうに笑い合えるのも、今日が最後。
困らせるかもしれないけど、どうしても伝えたかった。
「私、山崎くんが好き」
大好きな、彼の翠玉色の目を、真っ直ぐに見つめる。花火大会の時とは違う、私の雰囲気に気づいたのか。山崎くんが動揺したように、息を呑む気配がした。
「君の泳ぐところ、また見に行くから! 約束だよ!」
私は今、綺麗に笑えてるかな。にっこり笑って小指を向けると、山崎くんは何かを決心したような表情で、小指を絡めてくれた。
「……俺が、」
「うん」
「俺が夢を叶えたら、その時は星海の気持ちに返事ができる気がする。……それまで、待っててくれるか」
「……あんまり遅いと忘れちゃうかも」
「……だよな。悪い」
「冗談だよ。待ってる。待つのは得意だよ」
小指が離れ、かすかに感じていた温かさが離れていく。スーツケースを引いて、背筋を伸ばして、山崎くんが改札口の向こうへ歩き出す。
もし、もしも、「行かないで」って言ってたら。何か変わってたのかな。
でも、山崎くんの悩みも辛さも理解してないのに、彼が見つけられた新しい夢を、奪おうとすることなんてしたくなかった。できなかった。
大きな背中が見えなくなり、じわりと視界が歪んでいく。
何で、気づいてしまったんだろう。
こんなに辛くて苦しいなら、知らないままでいる方がよかった。
恋は、もっと甘くて幸せで、キラキラしてて、わくわくするものだと、夢見ていたかった。
ストイックに夢を追いかけられる強さが好き。
しっかりしてそうなのに、迷子になっちゃうギャップが好き。
クールでドライに見えるけど、優しいところもあるのが好き。
眠たそうなまぶたが好き。エメラルドを溶かした海みたいな目が好き。キリッとした眉が好き。
冷えた頬に、熱い雫が流れ出す。
もう涙はこぼれているけど、上を向いて歩きながら、小さな声で私は歌った。
3000kmより向こうへ、届く歌を歌おう。
離れている彼にも聞こえるように。彼を応援する歌を。彼を励ませるような歌を。彼が大切だと、たくさん込めた歌を。出会えてよかったって、伝える歌を。
それは、夜空に咲いた花火のような。天を駆け抜ける流星のような。一瞬が永遠になるような恋だった。