すれ違いのエレジー!
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落ち込むことがあった。
あの大会から3週間経ったお休みの日。久しぶりに山崎くんと会えて、彼の泳ぎの感想をたくさん伝えた。「山崎くんって泳ぐのすごく速いんだね」とか「一番かっこよかった」とか。それから、どうして私を誘ってくれたのか聞いてみた。
そしたら、次の言葉が返ってきた。
「お前に、俺の泳ぎを見ててほしいと思った」
それはすごく嬉しかったんだけど、問題は次だ。
「夢を追いかけてるお前の姿が、凛に似てるんだ」
せっかく会えたのに、その後どんな会話をしたのか、ろくに覚えていない。気づいたら家に帰っていて、いつも持ち歩いてるキャンバス生地のトートバッグをベッドの上に置いていた。
「……リンって誰!?」
本人に聞くべきだった質問が、私しかいない部屋の中に響く。
リンって名前からして女の子……だよね。リンって名前の男の子なんて、16年間生きてきて1人も会ったことないし聞いたこともない。
山崎くんと、どんな関係だったんだろう。あんなに懐かしそうな、優しい目で話してたんだから、特別な子であることは間違いない、はず。
し、親友。幼なじみ。もしくは……カノジョ。
「うわーーーーーーっ何でこんなにモヤモヤするのーーーーーっ!」
頭を抱えてしゃがみ込む。ぼんやりと浮かぶのは、映画に出てくるヒロインのような、さらさらの髪をなびかせて振り返る美少女のイメージ。可憐な桜の花びらが舞い散るエフェクトまで出てきた。
推しに恋人がいるって知ったら、こんな反応になるんだろうか。いやでも推しが選んだ相手なら、推しの幸せを願い全力で祝福すべきだ。それなのに、胸がモヤモヤ、頭の中がグルグルする。何か気分も悪くなってきた。
「……山崎くんと話してるのは、私なのに……」
ベッドにころりと寝転がって、ぽつりと呟く。星海 詩じゃなくて、他の女の子を重ねて見られているのが、何だか無性に寂しかった。心の中で、冷たい風が吹いてるみたい。
次に会えたら、リンって誰なのか聞こう。うん、そうしよう。本人の口から聞くのは勇気がいるけど、このモヤモヤを消すにはそれしかない。
「……次に会えるのは来月かなぁ……」
7月までこの苦しさと一緒かと思うと、気持ちがずんと落ち込む。待ち合わせしたくても、電話番号もメールのアドレスも知らない。鯨津高校に直接行くのもハードルが高い……。
私が歌っている場所に、たまに来てくれる仲。
その不安定な関係を、改めて思い知る。
「……山崎くんのこと、ちゃんと知りたいな」
でも、7月を過ぎても、夏休みが明けても、山崎くんがいつもの場所に来てくれることは無かった。
***
最初は、リンって子が誰なのか考えてた。
でも最近は、ずっと山崎くんのことばかり考えてる。風邪ひいてないかなとか、練習忙しすぎるのかなとか、今何してるかなとか。おかげであんまり眠れないし、授業中はボーッとするし、切なめのラブソングを聞くことが多くなった。
「……詩、最近何かあった?」
「……『きっと今のわたしは病気なんだろうけれど、どんな病気なのかわたしにはわからない。痛みは感じるけれど、傷なんかどこにもない』」
「うん」
「『茨の棘がささったことは何度もあったけど、泣いたことはなかった。蜜蜂に刺されたことだって何度あったかわからないほどだけど、ごはんはちゃんと食べられたわ』」
「うん」
「『でも今わたしの胸を刺すこの痛みは、そうした時のどれよりも激しいの』」
「その本どうしたの?」
「異性が気になり始める、思春期的な本ありませんか? って図書室の先生に聞いたら、お勧めしてくれた」
自分じゃ上手く言葉にできないから、今読んでいる本から、合いそうな言葉を引用した。山崎くんに歌詞を見てもらったあの日以降、私はなるべく図書室に通って本を借りるようにしている。海に関する本だけじゃなく、音楽に関係する本とか、小説とか童話とか。世の中には色んな本があるんだなと、改めて感動した。
おかげで今年の夏休みは、人生で1番本を読んだ期間になった。
机に顎と両手を乗せて、ルカは私を心配そうに見上げてくる。
「……わずらってんね、詩」
「ワズラウ?」
「悩んでるってこと。こないだ一緒にカラオケ行ったときも、誰を思ってるの〜とか私じゃ勝ち目が無い〜系ばっか歌ってたし」
そういえばそうだった。最近よく聞いてるやつを歌ったら、バラード系だらけになるのは当たり前だけど。
「悩んでるなら聞くよ。話してるうちに楽になることもあるでしょ」
「……ありがと、ルカ」
友達の言葉に甘えて、ぽつりぽつりと、モヤモヤした気持ちを言葉に変えていく。"リン"って子のこと。山崎くんのことばかり考えてしまうこと。徒然なるままにペンを走らせれば、寂しい気持ちばかりの歌詞を書いてしまうこと。
「いや誰よその女」
「分かんない。本人に聞こうにも会えないし、話したいってだけで他校に押しかけるのも申し訳ないし」
ハァ、と小さくため息をついて、私は読んでいた本の表紙を撫でる。『ダフニスとクロエー』のタイトルをぼんやり眺めながら、私は呟いた。
「……会いたいなぁ……」