無自覚のラプソディ!
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「詩、もしかしてカレシできた?」
「へえっ!?」
教室で友達が、私の机に両手をついて、そんな質問を投げかけてきた。うっかり声がひっくり返って、ぽーんと放られたボールを取り落としたような気分になる。
「できてないよ! どうしたの?」
「詩がよく歌ってる広場があるじゃん。噴水があるとこ。あそこで、詩が男子と仲良さそうに話してるとこ、見た人がいるんだって」
「ただの友達だよ〜」
「2人きりで隣に並んで座って、イヤホン貸し借りする友達?」
「友達となら普通でしょ」
「それもそっか」
机から手を離しながら、友達――ルカはあっさり引き下がる。かと思いきや、彼女の視線が私の膝の上にすっと移動した。この子の目ざとさが、たまに怖い。
「ところで今読んでるファッション雑誌は、その友達のため?」
「こっ、これは別に……! 身だしなみだよ、身だしなみ! もしものとき変な格好で会えないし!」
「へー。変な格好で会えないとこに行く予定がある、と」
「ギクーッ」
「いや口で言う??」
これ以上はマズイ。そう考えて、雑誌をパタンと閉じ、こそこそと机の中に片づける。一方ルカは、いよいよ好奇心が押さえられなくなっているようで、目が爛々としていた。チョウチンアンコウの明かりみたいな感じ。
「中学から一緒のこの私に、隠しごとなんて10年早いね。観念して吐いちゃいな」
「いやホントにそういうんじゃないんだって」
とりあえず名前は伏せて話した。
路上ライブをしていたら偶然会ったこと。水泳強豪校の鯨津高校に通っていること。1ヶ月に多くて2回くらいしか会わないこと。来週の水泳大会に出ること。私はその試合を見に行くこと。
「クールなカタブツ系……。しかも水泳一筋と来た。これは望み薄」
「どんだけ恋バナ好きなの……」
「だって詩が男子と交流してるの、初めて見るからさ。詩が夢中になるのは海の世界ばっかりだし。ファーストキスの相手が水族館のイルカって話は、未だに私カウントに入れてないからね」
「そんな! 7歳の私が胸に感じたトキメキは、まやかしだって言うのね!」
「子どもの頃の、しかも人間以外とのキスを数に入れるなって言ってんの」
あれは私にとって大切な思い出なのにぃ……!
ぐぬぬ、と地団駄を踏みたい気持ちで、ルカを軽くにらむ。そんな私の訴えるような視線を、真正面から受け流して、ルカは言った。
「でもチャンスじゃん。いつもと違う姿見せて、ギャップ萌えさせちゃお」
「ギャップ萌えさせてどうすんの」
「ラブが始まったら私が楽しい」
「無関係の人を巻き込むんじゃないよ」
卓球の球を打ち合うみたいに、ぽんぽんと言葉を返し合う。ルカの中では、どうやら私を変身させる計画が立てられているらしい。今週のお休みに、服を見に行くことになった。
***
そして迎えた、大会当日。
私は、胸元に花の刺繍があるブラウスと、紺色の膝下スカートを合わせ、春物のジャケットを羽織っていた。髪にはエメラルドグリーンのヘアピンを留めている。ルカいわく、「清楚で品がありつつ、甘くなり過ぎないように」らしい。
こういう服を着るのは、あんまり慣れてないから、なんかソワソワする。家や路上ライブで着ているのは、大きめのパーカーとか細身のジーンズみたいな、ストリート系の格好だ。
「山崎くんはバタフライだっけ」
恐る恐る観客席に腰かけ、パンフレットを開く。海の世界は大好きだし、泳ぐのも好きだけど、競泳の世界にふれたのはこれが初めて。水の中で自在に動ければ、それでいいと思ってたから、勝ち負けがある泳ぎは全然見てなかった。
「どんな泳ぎなんだろう」
大会が始まる。短い間隔で鳴った後、長く耳に残る笛の音。合図と共に飛び込んでいく人たち。早いテンポでグイグイ進んでいく泳ぎもあれば、ゆったりした腕の動きで大きく水をかいて進む泳ぎもある。目に映る全部が新鮮で、私は息を詰めて見つめていた。
「あ」
山崎くんがスタート台に上がる。遠くからでも分かる、しっかり筋肉がついた体。彼がスタートの合図と同時に、飛び込み台を蹴った瞬間から、目を奪われていた。
速い。あっという間に前に出て、他の人を寄せつけないスピードで、山崎くんが進んでいく。瞬きするのも忘れていた。
これが山崎くんの泳ぎなんだ。これが、山崎くんが挑んでいる場所なんだ。ここまでたどり着くのに、どんな努力があったんだろう。彼は今、どんな景色を見ているんだろう。
山崎くんが大きく腕を振る度に、飛沫が舞う。泳いでいる人たちの中で、山崎くんが一番、キラキラ輝いて見えた。
山崎くんは、1位でゴールした。背の高いトロフィーを片手で掲げて、嬉しそうに笑っている。初めて見る眩しい笑顔に、胸が熱く高鳴った。彼が夢を叶えるために、頑張るのを応援したい。彼がどこまで行くのか見届けたい。彼から、目が離せない。目を離したくない。
これは、この気持ちは──────────。
「……これが……"推し"……!?」
こんな強い気持ち、小さい頃行った水族館でしか、感じたことなかった。