拗らせブルーマーリン!
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「お前、千花だろ」
当然のように私の名前を呼びながら、彼はニヤリと笑った。確信に溢れているような笑い方に、追い求めた獲物を見つけた肉食獣を連想する。
「……??」
なぜか、直接顔を合わせたことが無いはずの公式キャラに、認知されている。その事実に静かにパニックになっていると、彼は畳みかけるように言葉を重ねた。
「おいおい、忘れたのかよ。お前がビート板無しで泳げるようになったのは、誰のおかげだっけ?」
***
燈鷹大学と霜狼学院大学の、合同文化祭。
推したちが一堂に会するこのビッグイベントに、私も参戦していた。合法で推しにお金を落とせる好機なんて、滅多に無いからね!
「えーと。ハルたちがいるのは西館で、郁弥たちがいるのは本館前の中庭かぁ」
パンフレットに描かれた地図を眺め、私は足取り軽く、中庭の方を目指して進む。
私には見逃せないものがある。凛と郁弥の可愛いケンカのシーン。映画では、恐らくカメラワークの都合と視聴者の想像力をかき立てるために、カットされたあの写真。
そう、酔った夏也先輩に無理やりさせられたという、『フリフリの服に薄くメイクをされて不機嫌な郁弥の写真』を拝むこと! あわよくば凛にその写真を送ってもらうことである!
ちなみに凛のメイド服姿の写真は、高2の時に貴澄の協力を得て無事ゲットしました。凛には悪いけどマジ感謝。個人での楽しみに留めてるし門外不出のコレクションだから許してほしい。
クレープ屋さんの看板を見つけ、自然と小走りになる。郁弥も旭も貴澄もいるから、間違いない。うわぁ、茶色いベレー帽とエプロン、コックさんが着てるみたいな白いシャツが似合うし可愛い! 黄色いスカーフもいいアクセント!
「やっほー、皆」
「あ、千花! いらっしゃい!」
「千花が1人なの、珍しいね」
「フルーツでもチョコでも、好きなの選んでいいからな。サービスするぜ」
「じゃあ皆の写真撮らせてください。お願いします」
「そっちのサービスかよ」
旭はツッコミを入れながらも、ノリノリでポーズをとってくれた。貴澄は笑顔で指ハートを作ってくれたし、郁弥は恥ずかしそうにツンとすました顔。ありがとう解釈一致です。
「よう」
「へぇ、クレープ屋か」
そこへ凛と宗介がやって来た。秋仕様の私服が良い。皆が仲良く話すのを、私はほっこりした気持ちで眺めた。仲良きことは美しきかな。目と耳が幸せだし空気が美味しい。
「じゃあ、その旭スペシャルってやつを」
「あいよっ。千花はどうする?」
「いつもは苺とホイップだけど……、私も旭スペシャルお願い!」
宗介と一緒に注文する。苺と生クリームの組み合わせは、いつでもどこでも食べられる。だけど、旭が考えて作ったクレープは、今この場でしか食べられない。言わば期間限定の特別な品。私にとっては正にスペシャルなクレープである。
「凛は?」
「そうだな……。郁弥がもっと愛想良くしてくれたら、食べてやってもいいぜ?」
「……確かに。凛みたいにノリノリで接客するのって、難しいよね」
郁弥がスマホを取り出し、表示させた画面を、凛を含めた私たちの方へ見せる。そこには、スカートがふわっと膝上の丈までふくらんでいる、黒いワンピース。白いひらひらのフリルがついたエプロン。メイドさんの格好をした凛が映っていた。
「おおおおおおお前どこでそれを!!」
「(何回見ても)可愛い〜〜……っ!」
2期で未放送の14話に出てきたやつだ。ヘッドドレスについた黒いリボンとか、チラッと見える胸元を飾る赤いリボンとか、めちゃくちゃ可愛いよね。ドラマCDの情報だと、袖はレッグオブマトンだったけど、パフスリーブも良きかな良きかな。
いきなり黒歴史じみたものを出されて、仰天したようにのけ反る凛に対し、私はつい前のめりになる。緩みそうになる口元は両手でしっかり押さえたけど、絶対目の輝きは隠せてない。
「いる? 後で送ろうか?」
「や、それは大丈夫。気持ちだけありがと」
「ばらまこうとすんな! 千花もやめろそんなキラキラした目でじっくり見んな!」
「今のは凛が悪い」
「ハァ?! だって先に郁弥が!」
「やっぱ凛似合うな〜」
「てめぇか貴澄写真ばらまいたの!」
あ、来るぞ来るぞ。あのシーンが来るぞ。ドキドキしながら凛の方を見ると、照れを隠すように怒っていた凛が、何か企んでいるような笑顔でスマホを取り出した。
「つーか、笑ってるけど郁弥だって……。酔った夏也さんに無理やり、こんな格好させられたんだろ」
郁弥たちに向けられた画面を、ひょこりと覗き込む。すると凛がスマホをこっちに向けてくれた。そこに映っているSSRの新規絵を、間近で目にした私の衝撃たるや、お分かりいただけただろうか。
ラッパ状に広がる姫袖。ふんだんにフリルがあしらわれたワンピース。胸元とスカートを彩るリボン。
そして、ネタに走らず郁弥の良さを活かした程よいお化粧。唇はさくらんぼみたいに艶めいて、目元は真珠のきらめきにふちどられている。
可憐で麗しいドールに見間違えなかったのは、当の本人が髪をくしゃっと手で掴み、顔をしかめてむくれていたからだ。
「……え、圧倒的美……良……」
「いるか?」
「オネガイシマス」
誘惑に抗えるわけもなく、小声で頼むと、凛は楽しそうにニヤリと笑う。その時郁弥が、焦ったように凛のスマホに手を伸ばした。ひょいひょいと凛は軽やかにかわし、2人のおでこが対立するようにごちんとぶつかる。前世で見たラップバトルを思い出した。
「ばっ、馬鹿じゃないの! 消せよ気持ち悪い!」
「てめぇもだろ」
「あーもう許せない!」
「それはこっちのセリフだ!」
「じゃあ白黒つける」
「望むところだぜ」
そのまま2人はモグラ叩きのお店に行った。凛だけじゃなく、あの郁弥も張り合ってるのが可愛い。遠慮せずぶつかり合える仲って貴重だよね。尊い。
「元気だねぇ」
「孫を見守るばあちゃんかよ」
「あらまぁ大きくなって〜。おこづかいあげようねぇ」
「あれ俺お前の孫だった?」
のんびりした声でしゃべりながら、旭の手にクレープ代の400円を握らせる。旭はツッコミを入れつつ、どこか懐かしそうな笑顔を浮かべた。地元のおばあちゃんを思い出していたのかもしれない。
「じゃあ私、ハルたちのとこ行ってくるね。お店頑張って!」
「おう、サンキュな!」
「ハルたちによろしくね〜」
「またな」
旭と貴澄と宗介に手を振り、クレープ片手に歩き出す。旭スペシャルは、マンゴーとバナナと苺がぜいたくに使われてて、旭らしい元気な甘さだった。
***
粉物とパフェのお店に顔を出すと、ちょうどハルたちはゴミ捨てに行ったところらしい。お手伝いしていた五十鈴ちゃんから話を聞いた私は、ハルたちを探すことにした。
燈鷹大学ふるさとの味という、巨大たこ焼きのパックが入ったビニール袋が、かさかさ音を立てる。ゴミ捨て場って確かこの辺りだっけ。きょろきょろ周りを見回すと、見慣れた後ろ姿を2つ見つけた。
「ハル! マコー!」
しっぽを振る小犬の気分で、ビニール袋を胸に抱えて駆け寄る。びっくりしたような顔で振り返る2人の後ろに、もう2人いるのが見えた。近づくにつれ、それが誰なのか気づく。
あれ、ヒヨと金城 楓? ちょっと待って、もしかして私かなり空気ぶち壊しちゃったんじゃ。これあれだよね。「せいぜい満喫しようぜ。世界の舞台ってやつをよ」の場面だよね。いっけねしくじった。シリアスな空気が台無しだ。
「あ、お取り込み中失礼シマシタァ」
笑って誤魔化して立ち去ろうとすると、興が削がれたような顔をしていた金城くんが口を開く。
「お前、千花だろ」
当然のように私の名前を呼びながら、彼はニヤリと笑った。確信に溢れているような笑い方に、追い求めた獲物を見つけた肉食獣を連想する。
「……??」
なぜか、直接顔を合わせたことが無いはずの公式キャラに、認知されている。その事実に静かにパニックになっていると、彼は畳みかけるように言葉を重ねながら、ずんずん近づいてきた。
「おいおい、忘れたのかよ。お前がビート板無しで泳げるようになったのは、誰のおかげだっけ?」
分かりません。泳ぎを教わるどころか、私と君は今日が初めましてのはずです。助けを求めてハルとマコを見ると、2人も戸惑ったように私と金城くんを見ていた。「これ千花も分かってない時の反応だ!」って言いたげな表情やめて。
「……何、お前マジで覚えてねえの?」
金城くんが不機嫌そうに眉をひそめ、私に手を伸ばす。そして、私の頬をつまんで引っ張った。
「イタタタタタ痛い痛い痛い」
「うるせえ」
「ちょっ、ちょっと何してるの!?」
マコが慌てたように、金城くんと私の間に割り込む。ヒリヒリする頬を撫でていると、ハルが気遣うように隣に来た。「事情は知らないけど、女の子相手に乱暴はよくないよ」とヒヨが言う声がする。
何? 私は何を忘れてるの? 私、本当に金城くんと会ったことなんて――無かった、っけ?
そのとき、断片的な映像が頭の中に流れ込む。幼稚園に通ってたとき。おじいちゃんちに遊びに来ている間。ヒヨと初めて会った。ヒヨに大切にしてた絵本を渡した。それから……。
私の手を引いて、ぐいぐい走っていく背中。コトコト揺れる筒状のバッグ。黄色い服を着た、ヒヨコみたいな男の子。青い目をした、優しそうなお兄さん。
塩素の匂い。冷たいプールの水の感触。優しいお兄さんの声。初めてビート板無しで泳げた日、首にかけてもらった折り紙の金メダル。
日記で見つけた名前が、女の子だと無意識に思っていた名前が、脳内に蘇る。まさか。いや、そんなまさか。
「………………カエ?」
信じられない思いと共に、口から名前がこぼれ落ちる。
「んだよ。覚えてんじゃねーか」
溜飲を下げたような顔で答える彼に、世界が3秒くらい停止した気がした。
いや"カエ"って金城 楓のことかよ! 気づけるわけ無いだろ!!