転生したら天国でした.3
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おはよう、すずめさん。ラジオ体操がよく似合う朝ね。
カーテンを開いて朝日を浴びながら、心の中でプリンセスのように呟く。美しくて透明度が高い夢を見たからか、いつもより心が清らかな気がする。こんなに爽やかで晴れやかな朝が、今まであっただろうか。
いろいろあって時は流れ、私たちは高校2年生に進級した。昨日は始業式。つまり今日から、1期の第1話『再会のスターティングブロック!』が始まるということ。
は〜小動物のように愛らしい渚と、まだツンギレ状態の凛ちゃん、そしてクールなインテリ系かと思いきや熱いハートをお持ちの怜ちゃんにとうとう会えるのか。まずい、顔がにやけそう。
気を抜けば緩みそうになる口元を押さえ、私は学校に行く支度を始めた。
***
頭の中で『Rhythm of port town』を流しながら、マコと一緒にハルを迎えに行って、3人並んで登校。お昼休みにお弁当を持って、屋上に行く途中のことだった。
「ハルちゃん、マコちゃん、千花ちゃーん!」
階段の踊り場で、天衣無縫な笑顔の天使が手を振る。そして、両腕を伸ばして、私の方に元気に駆け寄ってきた。
「久しぶりーっ!」
ぎゅっ、と背中に手が回され、渚の肩に私の顎が当たる。ふわん、とシャンプーらしきいい匂いが鼻をくすぐり、私は思考が停止した。
渚にハグされてる。ちゃんと自力で起きたつもりだったけど、もしかして私まだ寝てる?
「あれ? 千花ちゃんどうしたの?」
「渚! 再会した途端にそれは、千花がびっくりするだろ?」
「そうなの?」
慌てたような様子のマコに言われ、どんぐりみたいに丸い目が、きょとんと瞬きをする。それから渚は、ちょっと寂しそうに眉を下げた。罪悪感が波のように押し寄せる。
「もしかして千花ちゃん、忘れちゃった? 小学生のとき、よくしたんだよ。なかよしのハグ」
初めて聞いた。渚に言われたからか、後出しのように存在するらしい記憶がぼんやりと浮かぶ。小学生の時の私と渚が、無邪気にハグし合う光景。言われてみれば、SCで会う度にしてたような……?
「ご、ごめん。忘れてた」
「千花ちゃんひどい〜。これからいっぱいするから、もう忘れないでね!」
「ソレハ勘弁シテクダサイ。心臓ガモタナイ」
「うーん、分かった!」
むぅ、と頬を膨らませて見せるけど、渚はぱっと私から離れてくれた。どっどっどっ、と速い私の鼓動に、さすがに気づいてくれたらしい。
***
「そういえば知ってる? 小学校のとき通ってた、あのスイミングクラブ。もうすぐ取り壊しになるって」
「だから、その前に……。みんなで行ってみない?」
渚の提案で、今は廃墟になった岩鳶スイミングクラブに行くことになった。中学1年生の冬辺りに潰れちゃったから、訪れるのは大体3年ぶりくらいかな。4人の大事なタイムカプセルと思い出が眠っている場所。個人的には聖域みたいなものだ。
「4人のトロフィーなのに、私も混ざっちゃってよかったの?」
「もちろん! 千花ちゃんも岩鳶スイミングクラブの仲間だからね!」
「確か千花も、大会で取ったメダルと、宝物を入れてたよね」
「えっ、そうなの?」
「そうだよ。俺たちのトロフィーと一緒に、缶に入れて埋めたでしょ」
うっかりさんを優しく見守るような視線をマコに向けられるけど、それどころじゃない。4人の絆に割り込んでると思われかねない、昔の私の無知ゆえの蛮行が恐ろしい。遠慮無しか。そして皆優しすぎか。天使かな。天使だな。
「うん。キレイなペンダントだったような〜……。僕もあんまり覚えてないなぁ」
「水の石」
記憶の糸をたぐっているような渚に対して、ハルが言葉を返す。ハルの呟きが、不思議とはっきり聞こえた。雫が落ちて反響するような声に、思わず息を呑むと、ハルが続ける。
「大事な宝物だから入れたいって、そう言ってた」
「……そうだっけ」
「……お前、何か忘れっぽくないか」
「ご、ごめんハル」
「……謝らなくていい。俺が覚えてる」
スコップや懐中電灯を持って、夜の道を歩く。たどり着いたスイミングクラブは、けっこう荒れていた。窓ガラスは割れているし、壁には赤い錆が浮いている。泳いでいる子のイラストが、笑顔で血涙を流し吐血しているみたいだった。暗い中で見るからよけいに不気味だ。
「はい、これ一応。お清めの塩」
「塩?」
「実はここ、出るらしいんだ」
「脅かすなよ……」
「ホントだよ?」
「ええっ!?」
「この間も、影が動くのを見たとか、すすり泣く声が聞こえたとか……」
怖がりなマコが、渚の話を聞いて顔をひきつらせる。今思えば、その幽霊の正体って凛ちゃんだったりしませんか。ファンブックにあった岩鳶高校の壁新聞でも、建物の中をさまようサメ男の記事があったような。
お清めの塩――もとい砂糖(渚がやっぱり間違えてた)――をかけてから、中に足を踏み入れる。
渚が空き缶を蹴っちゃって、大きな音を立てたとき、私はこっそりマコの後ろを振り返った。暗がりしか見えないけど、確か曲がり角のところに、凛らしき人影がいるはず。DVDで見た。彼との再会が近づいていることに、緊張でドキドキしてきた。
そして、しきりに辺りを見回しながら、私とハルの後ろにくっつくマコから、怯えと落ち着かない様子が伝わってくる。ハルと2人で守りたい、この大きないのち。愛しい気持ちが、滝のように勢いよく湧き出るものだから、抑えるのが大変だった。