転生したら天国でした.2
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幼稚園の頃。おじいちゃんとおばあちゃんの家に泊まりに来ていた時の話。
お気に入りの絵本とぬいぐるみを布カバンに入れて、私は近くの公園に来ていた。家の中で1人きりで遊ぶのに飽きていたから、おばあちゃんが連れてきてくれたのだ。
いつもハルやマコと遊ぶ公園とは、違う公園。知らない子たちに、見慣れない色や形の遊具。目に映る全部が物珍しくて、きょろきょろ観察していると、砂場にいる1人の男の子を見つけた。
もくもくと、砂で山を作っている。遊んでいるというより、ただ時間を潰しているような。何かの作業をしているような、そんな印象を抱いた。だって、全然楽しそうに見えなかったから。
マコもよく、砂で山を作ってたな。ハルは砂でお城を作るのが上手で、私もマコもそれを見るのが好きだ。ちなみに私は、砂でケーキを作るのが好き。
1人きりでいるその子が気になって、私は公園に咲いていた野花をぷちぷち摘んでから、砂場にとことこ近づいていった。
「こんにちはっ」
「……!」
はじめましての人には挨拶。お母さんに言われたことを実践すると、その子はビックリしたように私を見る。そして、様子をうかがうような上目遣いで、おどおどと口を開いた。
「……こ、こんにちは……」
「おすなで山つくるの、すきなの?」
「……べつに……」
うつむいて、ぺたぺた両手で山の形を整えながら、その子は言う。やっぱりこの子、山作りはやりたくてやってるんじゃないみたいだ。その子が作ってる山に、私はぷすぷすと黄色や青色の花をさした。
「……な、なんでお花かざるの……」
「こっちの方がカワイイから!」
山のふもとを囲むように、シロツメクサを並べながら断言すると、その子は戸惑うような顔をした。
「ねえねえ、えほんはすき?」
「……! ……うん」
「ほんと!? 千花ね、今おきにいりのえほん、もってきてるんだ! いっしょにみよ!」
両手で、その子の砂だらけの手を取って、軽く揺らす。好きじゃないことをしてるより、好きなことをした方が、きっと楽しい。そう思って声を弾ませると、その子はつられたように立ち上がる。
「……あ、あの。手、あらってからでもいい……?」
「いいよー!」
公園の水道で、手についた砂を洗い流す。冷たい感触が気持ちよくて、遊びたくなるけれど、今は絵本が先だ。
おばあちゃんが持ってきてくれたハンカチで手を拭いて、ベンチに並んで腰かける。絵本を膝に広げながら、男の子と肩がふれるくらい近づくと、ぴくりと彼の肩が跳ねた。
「『アレクサンダとぜんまいねずみ』……?」
「これねえ、千花のだーいすきなえほんなんだ。おなまえもかいてるんだよ」
表紙の裏に、油性ペンで書いた名前を見せてから、ぱらりとページをめくる。
それは、ひとりぼっちだったねずみのアレクサンダが、友達を見つける話。人間に見つかれば、悲鳴をあげられたりホウキで追いかけられたりするアレクサンダ。そんな彼がある日出会ったのは、足の代わりに2つの車、そして背中にネジを持つ、おもちゃのウィリー。
きれいな色合いの紙を貼り合わせたような世界で、紡がれていく物語に、2人そろって夢中になっていく。そっと隣を見ると、その子はキラキラした目で文字を追っていた。
「……あ……!」
「? どうしたの?」
「……あ、えと……なんでもない」
「? あ、まだぜんぶよんでなかった? きみがめくっていいよ」
「……いいの?」
「うん」
正直何回も読んだ絵本だから、その子の好きなペースで読まれても構わなかった。自分のペースで読むよりも、その子が楽しそうなのが嬉しかったから。
「とかげさんのいろ、きれいだね」
「うん」
「むらさきのこいしって、みたことある?」
「……ない」
「むらさきいろのいしって、ほんとにあるんだよ。おじいちゃんが、みせてくれた」
「そうなんだ……」
時々おしゃべりもした。さっきよりも少しだけ明るい声で、その子が返事をしてくれるのが嬉しくて、私はぱたぱた足を揺らす。
ハラハラする展開はあるけれど、物語はハッピーエンドで締めくくられる。ほうっと息をつきながら、その子がぱたんと絵本を閉じた。頬がピンク色に染まっている。
「どうだった? どうだった?」
「……おもしろかった」
「だよねー!」
私の好きなものを、その子も好きになってくれて、胸の辺りがぽかぽかした。
「あしたもえほんもってくるから、いっしょにみようよ!」
「……うん!」
温かい気持ちのまま、にこーっと思い切り笑顔になって言うと、その子もほんわり笑ってくれた。すごく素敵な笑顔だったから、私は今すぐ家に帰って、絵本を取りに行きたくなった。
「わたし、千花。きみのおなまえは?」
「……ひより」
「じゃあヒヨって呼ぶね!」
明日がとても楽しみになる、そんな出会いだった。
***
「おひっこし?」
「……うん」
持ち寄った絵本を、公園で一緒に読むようになってから、数日経った日。もうすぐ帰る日が近づいていたから、それをヒヨに話した。それから、冬休みになったらまた来れるから、そのときにまた一緒に遊ぼうという話もした。
そしたら、上記の返事が返ってきた。
おひっこし。前に絵本で読んだことがある。おうちが変わって、遠くに行っちゃうことだ。
「もう、ここにきても、あえないの?」
「……うん……」
しょんぼりしたような顔で、ヒヨがうつむく。初めて会った頃に戻ってしまったようで、何かしたいという強い気持ちが、胸の奥から湧き上がった。それに、せっかく仲良くなれたのに、これでお別れなんて寂しい。
ゴソゴソと布カバンを漁り、1冊の絵本を取り出す。それは、名前を書くほどお気に入りの、『アレクサンダとぜんまいねずみ』。初めて会った日に一緒に読んだ、思い出の絵本。
じいっと見つめて、胸にぎゅっと抱きしめてから、私はそれを彼に差し出した。
「これ、あげる!」
「……え。も、もらえないよ! 千花ちゃんのだいじなえほんでしょ……!?」
「だいじだからあげたいの!」
気持ちが揺らぐ前に、渡したかった。楽しかった時間の象徴のような絵本だったから。
「いっぱいよんでね。それで、ほかのえほんもたくさんよんでね。また、あえたら、えほんのおはなし、いーっぱいしようね」
真剣な気持ちを込めて、ヒヨの目を見る。ヒヨはためらう様子を見せながらも、おずおずと手を伸ばして、絵本を受け取った。大切なものが、手から離れていく感覚に、胸がきゅっと切なくなる。
ヒヨはぎゅっと両腕で絵本を抱きしめて、くしゃりと顔をゆがめた。
「……うん。ありがとう。だいじにする」
それを見て、安心した。ヒヨなら絶対に大事にしてくれると思った。絵本を大切そうにカバンに入れてから、ヒヨが草原にしゃがみ込む。どうしたのかな、と様子を見ていると、彼はシロツメクサを1輪摘み取った。
茎のところを輪っかにしてから、私の手を取る。迷うように首を傾げてから、それを左手の薬指にはめた。お花の指輪だ。
「お母さんがここにつけてた」
「わぁ、かわいいね」
「えほんのおれいだよ」
可愛らしい白い花が、薬指に咲いたみたいで、私は手を空にかざす。
家に帰った時、せっかくの指輪がしおれて泣いた私を見て、おばあちゃんが指輪を押し花にしてくれたのだった。