転生したら天国でした
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自分の人生を変える出会いをした。
それは、1冊の小説を原案としたアニメーション。泳ぐことが好きな主人公が、かつて一緒にメドレーリレーを泳いだ仲間と再会することで、物語は動き出す。
目が覚めるほど美麗な作画。躍動感あふれる水泳シーン。男子高校生たちの熱い友情。育まれ、再生していく強い絆。かっこいいシーンと、コミカルなシーンのバランスがちょうどよく、性格が悪い人は全然出てこない。
そんな1期の1話を、見た瞬間から惹き込まれた。疲れた時、辛い時、見ただけで心が全回復できた。
DVDで再生した映像が、色あせてきたことにショックを受けるほど、愛し続けて10年間。主人公の幼稚園時代から大学生までの成長過程を、この目で見届けたのは初めてである。貴重な経験だった。
まあその後に私は死んだんだけどね。
就職活動中に、慣れないパンプスでコケて、階段から転げ落ちた。その時に頭を打ったのが、原因だったのかもしれない。最終章を見た後だったから良かったけど、やっぱり10周年記念イベントは行きたかったな……。
***
そこで目が覚めた。
寝起きでぼんやりする頭で、きょろきょろと周りを見回す。
ミントグリーンのカーテン。小学生の頃から愛用しているかのような、しっかりした作りの学習机。
青いパッチワークのカーペットの上には、段ボール箱があちこちに積まれていて、雑然とした印象だ。
猫の模様が描かれた、とろけるような手触りの毛布と、花模様の掛け布団をどかして起き上がる。
背の高い本棚には、上から下まで隙間なく本が詰まっていた。よく見ると、机の下にある棚や、タンスの上にある棚にも、本や漫画が整頓して置いてある。
(ここだけ几帳面だな)
そう思いながらカーテンを開くと、カーテンレールに吊るされたサンキャッチャーが、きらりと太陽の光を弾いた。明るくなった部屋を振り返ると、壁にかかった制服に目が止まる。
黒いブレザーに白いシャツ。緑色のリボンと、茶色のプリーツスカート。制服なんて4年ぶりだ。ブレザーについている校章らしきワッペンに、妙に見覚えがある。
首を傾げながらも、私は部屋を出た。様子をうかがってみると、階段の下から微かに音が聞こえてくる。それから、魚が焼けているような、いい匂い。くぅ、とお腹が小さく音を立てた。
空腹を感じるなんて、夢の中ではありえない。足裏に伝わる床の滑らかさも、手で触れている壁の感触も、とてもリアルだ。これが、最近の小説でよく見る転生体験だろうか。
「お母さん……?」
音と匂いのもとになっている、台所らしきドアを開ける。確認するために名前を呼ぶと、透明感のある低い声が返ってきた。
「違う」
DVDやCDで、何度聞いたか分からないその声を、聞き間違えるはずもなく。一気に目が覚めた。
その人は、白いシャツと茶色いズボン――さっき見た制服と同じ色だ――を着ていて、イルカが胸元にプリントされた青いエプロンをつけている。さらりとした黒髪。気だるそうな青い目。親戚の顔より見たご尊顔が、そこに存在していた。
「……オジャマシマシタァ」
「ここはお前の家だろ。寝ぼけてるのか」
思わずドアを閉めた。でもすぐ開けられた。
夢としか思えない。まるで自分の家であるかのように、推しの1人が私の家の台所を使って、食事の支度をしている。こんなんもう同棲じゃん。どういうことなの。夢は夢でも夢小説の夢ですか。
「早く顔洗って、朝メシ食え。鯖が冷める」
洗面所と思わしきドアを指さされ、パタンと台所のドアが閉まる。
あの顔、あの声、あの体。ハルちゃんだ。紛うことなき皆大好き皆のヒーロー、七瀬 遙だ。ワ、ワア……。
混乱しながら、とりあえず大人しく洗面所に向かう。鏡を覗き込むと、そこにはけっこう可愛い女の子が映っていた。さすが京〇アニメーション。前世の自分の面影を残しつつ、顔のパーツの配置が整っている。
冷たい水で顔を洗うと、頭の中までさっぱりするみたいだ。壁に取り付けられたラックからタオルを取って、顔の水分を拭う。それから深呼吸を1つ。
「……行くかぁ」
朝ごはん食べるのに、緊張する日が来るとは思わなかった。ふと自分の体を見下ろして、自分がまだパジャマ姿であることに気づく。待って、推しの前でだらしない格好を、これ以上さらしたくない。しかも髪もボサボサ。どうしよ。
ハルちゃんが焼いてくれた鯖を冷まさないためにも、急いで髪をとかし、自室に戻る。その辺にあったTシャツとジャージだけど、パジャマよりはマシ、だと思いたい。
小走りで台所に行くと、彼はもうテーブルについて、朝ごはんを食べていた。私を見て、少しだけ目を見開く。
「今日は着替えたのか」
「今日は??」
「いつもなら、パジャマのままでメシ食うだろ」
「マジですか???」
昨日までの私は一体何をしてたんだ。現実逃避がてら食卓を見ると、ほかほかのご飯と焼き鯖、そしてお味噌汁という、シンプルイズベストな和食メニューがある。
とりあえず「いただきます」をしてから、鯖を口に運ぶ。ちょうどいい塩加減と、ふっくらした鯖が美味しい。ご飯はちょい固めという、私好みの炊き加減だ。
「……そういえば、あの、なんでここに……?」
「……まだ寝ぼけてるのか?」
思い切って聞くと、彼は何でそんなことを聞くんだと言いたげに、眉をひそめる。
「おじさんとおばさんが旅行で1週間家を空けるから、俺が飯作りに行くって、昨日話したろ」
「……ソウダッケ?」
「お前ほっとくと、パン1個とか果物しか食わないからな」
面倒事が嫌いで、マコちゃんに面倒見られることが多いはずのハルちゃんが、自ら世話を買って出るなんて……。昨日までの私は、そんなに放っておけないタイプの子だったんだろうか……。
「食器くらいは自分で洗えるだろ。終わったら制服に着替えてこい。あと風呂借りる」
「ア、ゴユックリドウゾ〜……」
1人でさくさく食べ終えたハルちゃんは、食器を手早く洗って片付け、洗面所の方へ消えていった。あそこにお風呂もあると見た。
水風呂の許可と引き換えに、私がご飯の用意を頼んだ可能性も有り得るな。それだけでハルちゃんが動くとは思えないけど……、いや割と動きそう。
できれば推しの手料理をじっくり噛み締めていたい。でも、学校があるなら、あんまり悠長にはできないな。ちゃんと噛む分、1口で食べる量を多くしてバランスを取ろう。あ、お味噌汁に細切りされたじゃがいもや人参が入ってる。これ好き。
「ごちそうさまでした!」
言われた通り食器を洗い、スポンジもすすいで片付ける。それから私は2階に上がり、岩鳶高校の制服を身につけた。この緑のリボン、やっぱり可愛いな。テンション上がる。
まさかコスプレじゃない制服を着て、推しと同じ高校に通えるとは思わなかった。
ピンポーン。
「はーい」
そのとき玄関のチャイムが鳴った。ぱたぱたと階段を下りて、ドアを開ける。こんな朝にお客さんとは珍しい。そんな軽い気持ちだった。
まず目の前にあったのは、ブレザーと白いシャツに包まれた胸板。そして緑色のネクタイ。視線を上に向けていくと、何とそこには。
「おはよう、千花ちゃん」
八の字眉をふにゃりと下げた、癒しの微笑み。心をなごませるような甘い声。大きいのに、威圧感ではなく包容力を与える立派な体格。何の変哲もない玄関に後光が差し、彼の背中に大天使の翼の幻覚を見る。
「かヒュッ」
「どうしたの!? 聞いたことない音が喉の辺りから聞こえたよ!?」
「ダイジョウブ、オキニナサラズ」
「いや絶対大丈夫じゃないよね?!」
なんの前触れもなく、供給という名の爆弾をもろに受けたオタクの反応がこちらです。ご査収ください。
マ、マコちゃんこと橘 真琴ーーー!!
立てば彼氏、座れば旦那、歩く姿はスーパーダーリン(個人の感想です)! 温厚な性格とは正反対の、ダイナミックな泳ぎというギャップがたまらないシャチ系男子! オロオロしてる顔も可愛い!
「あ」
何とか呼吸を整えようとしたとき、マコちゃんが何かに気づいたように瞬きを1つする。それから、ふわりと口元を緩め、手を伸ばした。
なでなで、と大きな手に、頭を撫でられる感覚がする。温かくて、心地よくて、夢のよう。
「寝癖ついてる」
慈しまれていると勘違いしそうになるくらい、とても優しい緑色の垂れ目。これが、妹弟の蘭ちゃんや蓮くんが見ている景色……?
「千花?」
「………………」
「ちょっ、千花! 息してる!?」
返事がない。ただのしかばねのようだ。
この後10秒くらい経ってから息ができた。
***
一旦、今の状況を整理しよう。
ハルちゃんとマコちゃんに挟まれ、様子がおかしいことを心配されながら到着した教室。数学の授業中、私はノートを開いてシャーペンを走らせていた。
まず私は蒼真 千花(奇しくも、前世と同じ名前だった)。
岩鳶高校1年2組。幼なじみの七瀬 遙と橘 真琴(家が近所)とは同じクラス。
部屋の散らかり具合と、パジャマのまま朝ご飯を食べるらしいことから考えて、けっこうズボラな可能性が高い。
この世界での、蒼真 千花としての記憶が無いのは、ちょっとマズイな。正解の役が分からないから、どう演じればいいかも分からない。
下手に取り繕ってもボロしか出せないし、ここは素直に開き直るか。今の私のままで行こう。
そういえば、時間軸は1期が始まる1年前なのか。できることなら、映画版の『ハイ☆スピード!』時空も見たかったな〜〜〜! あぁ、ピュアピュアで繊細で瑞々しい、伸びしろしかない中学生……。あの未成熟で華奢な感じが、高校の時とはまた違う刹那のキラメキを放っててたまらないんだよな〜〜〜!!
リアルタイムで可愛い盛りを見られなかったことに、ノートの上に突っ伏して悶える。
でもアニメとかが始まる前でよかったのかもしれない。だってハルちゃんとマコちゃんに会っただけで、あんなに動揺したんだから。メインキャラたち勢ぞろいの中に放り込まれたら、絶対に心臓がもたない。しんじゃう。
今のうちにハルちゃんたちが存在していることに慣れて、来年からの渚、凛ちゃん、怜ちゃんたちの供給に備えよう。
それにしても、ハルちゃんとマコちゃんの幼なじみって、夢女子としてはかなり美味しいポジションだな。身も蓋もないけど、2人とも物語の中心にいるから、色んなキャラと仲良くなるには都合がいいという利点がある。ちなみに私は大体箱推し。叶うなら全員愛でたい。
まあカレカノになるなんて恐れ多いので、身内の立場から、皆の夢を全力で応援します。
は〜それにしても幼なじみたちの存在が尊い。真面目な顔で授業受けてる姿も、ぼんやり窓の外を眺めてる横顔も、かっこいいなんて。マジで推せる。推したちが健やかに生きている、この世界に幸いあれ。
***
このとき、私はすっかり忘れていた。
以心伝心、もはやテレパシーに近いくらい、お互いの考えが読めるハルちゃんとマコちゃん。そんな彼らの幼なじみである私の思いも、彼らにはすぐに分かってしまうわけで。
「お前が推すのは、俺だけでいいだろ」
「千花からの"好き"を貰えるのは、俺だけがいいな。……だめ、かな?」
だからって、推しがアタックしてくるなんて聞いてませんけど!!??
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