不死鳥に贈るセレナーデ
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「よう、久しぶり」
「サヨナラ自由な一人旅ーッ!」
「暴漢に会ったみてえな反応やめろよい」
28歳を迎える年。食料を買いに立ち寄った島で、マルコと再会してしまった。八百屋の店先に並んでいたパイナップルを、立ち止まって眺めながら、買うかどうか迷っていたのがまずかった。
キュウリを見た猫のように飛び上がり、反射的にUターンして駆け出す。そのまま走り去ろうとしたけど、5秒くらいで捕まった。足が長いから振り切れなかった。
「何で逃げんだよい」
「いや、その、あんな目であんなこと言われたらどんな顔して会えばいいか分からないというか何というか」
熱のこもった瞳で、ささやかれた言葉が、頭の中に蘇る。
"おれは、海賊だよい"
"欲しいものがあれば、力ずくでも奪う。次に会ったら、何がなんでも攫うからな"
「……それは、おれのことを男として意識してるって、思ってもいいのか?」
「〜〜〜っ」
喉から言葉にならない声が出る。恥ずかしさのせいか、顔がのぼせたように熱い。答えられないでいると、小さく笑う声が聞こえ、しっかりした腕に軽々と抱えられた。攫う側の海賊らしく、肩に担ぐ感じで。
「それじゃあ行くとするか」
「待って待って待ってどうせ連れてくなら私の箱舟もセットにして」
宝物とか愛用してる道具とか、いろいろ置いたままなんです。ほとんど身一つな状態で別の船に住むのは勘弁してほしい。
私を担いだマルコが、意気揚々とモビー・ディック号に戻ると、当然視線が集まった。ビスタやジョズ、イゾウ等の古株メンバーが、笑顔で片手を上げて挨拶したり、何やら温かい目を向けてきたりする。船員の1人が、疑問を隠しきれない様子で、マルコに問いかけた。
「どうしたんだ、その女」
「今日からうちの音楽家だよい」
「決定事項!? 白ひげさんの許可は!?」
「3年前にとっくに貰ったよい」
「私にあの宣言かました後じゃん用意周到過ぎぃ……。外堀埋めんの早ぁ……」
観念してうなだれると、甲板のドアが開く。ずんと響くような歩みで現れたのは、この海賊船のトップである白ひげさんだった。長い金髪が白金色になってきている。相変わらず山みたいに大きな人だ。
「グララララ……! 久しぶりだなぁ、小娘。とうとうマルコに捕まったか」
「お久しぶりです。白ひげさん」
マルコに降ろしてもらい、ぺこりと頭を下げると、小さなどよめきがあちこちで起こる。いきなり連れてこられたはずの女が、船長と顔見知りなんて、何者だと驚く方が普通だろう。
「シャンソンは息災か?」
「はい。母と出会った島で隠居してます」
少なくとも年に1回は、旅の合間に里帰りしていた。幸いにも、私と母さんが暮らしていた家が残っていたようだ。村の人の手を借りて家を修理し、皆に演奏を披露しながら、ゆったり暮らしているらしい。お祭りの時は、村長さんと協奏しているとか。
「お前ら! 今日は宴だ! 新しい仲間ができたぞ!」
こうして私は、再び海賊団の音楽家をすることになった。宴の席で、初対面の船員たちにお手並み拝見といわんばかりに頼まれ、披露したのはもちろんあの曲。
トーンダイアルではない、実際に発声した歌を聞くのは久しぶりだからか、白ひげさんは目を閉じて静かに聞き入っていた。
「何度聞いても、いい歌だ」
「ありがとうございます!」
讃えるような拍手や指笛、新たな歌を求める声が甲板に沸き立つ。ロジャー海賊団での思い出が重なり、懐かしさに目の奥がじんわりと熱くなった。
宴に似合う陽気な歌を歌い、水やジュースで喉を潤し、台所係の4番隊が作ってくれたご馳走を食べる。やがて酔いつぶれたのか、甲板に転がって寝ている人数が増えてきた。
まだ動ける人たちと一緒に、食器や残った料理を下げる。あちこちに倒れている船員たちを、踏まないように気をつけながら。何人かは慣れているのか、わざと転がっている人をつま先でつついたり蹴ったりしていた。
そういえば、いきなり連れてこられたけど、私が寝る部屋ってどこだろう。物置でもいいから、どこか空いてる場所があればいいんだけど。
「そろそろ休むか?」
「うん。ありがとう、マルコ」
マルコが案内してくれるらしい。後ろをついていくと、廊下を通り、たくさん並んだドアのうちの1つの前に止まった。ドアノブが回され、扉が開く。
入ってみると、ベッドや机、クローゼット等、一通りの家具が揃っていた。ただ、ベッドのサイズが大きいし、本棚には医学や薬学に関する本ばかりが並んでいる。明らかに、新しく用意した部屋じゃなくて、誰かが長く生活している部屋だ。
「……ここって誰の部屋?」
「? おれの部屋だよい」
「ナンデ??」
「部屋の用意がまだだったからな。しばらくは、おれの部屋で寝泊まりしてくれよい」
「空いてる物置とか無いの??」
「女を物置に寝かせる奴がどこにいんだよい」
そろり、そろり、足が後ろに下がっていく。ドアに背中をつけ、後ろ手でドアノブを探ろうとしたとき、マルコに手を絡め取られた。
手のひらが重なり、彼の指が私の指をなぞる。輪郭を確かめるような、ゆっくりとした動きに、背中がぞくっとした。でも、嫌悪感は全然無い。恋人同士がするように、5本の指を絡めて繋がれる。
「何もしねえよい」
「……ほ、んとに?」
「ああ。お前がおれのことを、受け入れてくれるまでは、な」
にぎにぎと軽く強弱をつけながら、手が握られる。背中にはドア、正面にはマルコがいて、逃げ場が無い。
「お前のことが好きだ。隣にいてほしいと、ずっと思ってた」
私の手から彼の指が離れ、私の腕に移動する。そっと掴まれたと思ったら、マルコが私の手首に顔を寄せた。柔らかいものが手首にふれ、小さな音が聞こえる。流し目が、私をとらえて離さない。
「絶対に落とす。覚悟しとけよい」
真剣な表情で、はっきり告げられた恋情と宣言に、胸が苦しくなる。心臓の音が向こうに聞こえるんじゃないかと思うくらい、バクバクと慌ただしく動いていた。
「もう遅いし、寝るか」
さらりとしたシーツの上で、背中合わせで寝転がる。マルコが身動ぎするだけでベッドが揺れ、その度に心臓が跳ねた。
誰でもいいから部屋を交換してほしい。私の心が持たない。昔の可愛いマルコはどこへ行ったの。教えておじいさん。教えてアルプスのもみの木よ。
ちなみにその夜は、2時間くらいしか眠れなかった。