夢の歌を紡ぎながら、未来の海賊たちを慈しむ音楽家見習いの話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私が24歳のとき、ロジャー海賊団は解散した。皆に贈る最後の歌は、『リメンバー・ミー』にすると決めた。
お別れだけど忘れないで。
離れていても、心は一つだ。
曲に込めた想いは届いただろうか。
「おれが海賊団を立ち上げたら、一緒に来てくれないか?」
シャンクスがそう言ってくれたけど、断った。彼にはこの先、たくさんの出会いが待ってるだろうから、私が側にいなくても大丈夫だろう。それに、せっかくだから一人旅をしてみたい。
「一人前の海賊になったら、また会おうね」
翌年、船長が故郷であるローグタウンで処刑された。
シャンクスやバギーとは違い、私は現場で見届けることはしなかった。親しい人のグロシーンをリアルタイムで見るのは、さすがにトラウマになりそうだったから。新聞を見ながら感じたのは、原作の始まり。これから起こる激動の時代を、眺めていくことになる予感。
25歳。父さんに教わったニッケルハルパと一緒に、旅を始めたとき。行き着いた島で、偶然マルコと再会した。白ひげ海賊団の音楽家にならないかと誘われたけど、こちらも断った。
「そうだ。これ、白ひげさんに渡してくれる?」
「トーンダイアル?」
「これからは、いつ会えるか分からないからさ。白ひげさんの好きな『コンパス・オブ・ユア・ハート』を録音しといた」
光にかざすと虹色の光沢が出る、白い巻貝をマルコに手渡す。初めて会ったときに手を繋いだけど、あの頃より随分大きくなった。力仕事をしっかりしてる手だ。
「またね、マルコ」
笑顔で
マルコの腕が背中に回る。少年じゃない、大人の男の人の力だ。そう意識せざるを得なくて、心臓がドクドクと忙しなく脈打つ。
「……おれは、海賊だよい」
「う、うん。知ってる」
「欲しいものがあれば、力ずくでも奪う。次に会ったら、何がなんでも攫うからな」
耳元で低い声でささやかれ、びくりと肩が跳ねた。腕をほどかれ、体が離れる。見上げると、ニッと笑うマルコがいた。イタズラを成功させたときみたいな表情なのに、見下ろす瞳は熱を帯びている。獲物に狙いを定めたような、盗るべき財宝を見つけたような、そんな目。
「またな」
トーンダイアルを大事に持って、片手をひらりと振りながら立ち去る後ろ姿を、呆然と見送る。何だ今の。私は歳上だから耐えられたけど、歳下だったら耐えられなかった。え、21歳でもうあんな色気出せんの? こわい。
次会ったらどうしよう。大人しく攫われるべきか、逃げるべきか、それが問題だ。
「顔あつい……」
手でぱたぱたと顔をあおぎながら、彼とは反対方向に早足で歩き出す。
可愛い歳下の男の子が、初めて男性に見えた。
***
知り合いの発明家に、丈夫な1人用の箱舟を作ってもらって、大海原に漕ぎ出した。風の向くまま気の向くまま、波に乗ってゆらゆらり。
あちこちの島でニッケルハルパを奏で、夢の国産の歌を布教する。そんなある日、霧が深く立ち込める海域に迷い込んでしまった。こいつぁまいった。
そんなとき、影が差す。見上げると大きな船がある。誰か人がいるだろうかと目を凝らすと、こちらを向いている白い影があった。
「わお」
白い影の正体は、服を着た骨格標本みたいな人だった。
「ヨホホホホホ! 生きてる人に会えるなんて29年ぶりです! 私、"死んで骨だけ"ブルックと申します! どうぞよろしく!」
「初めまして。バルカローラ・キャロルです。よろしく、ブルックさん」
白くて硬い手と握手をする。見れば見るほど、映画の『リメンバー・ミー』を思い出す容姿だ。
危険は無いと分かっていたので、降りてきた縄ばしごに遠慮なく捕まり、甲板まで登ってきた。私の船は流されないように、この船に引っ張ってもらう感じで、くくりつけている。
「ところで可愛らしいお嬢さん、パンツ見せて貰ってもよろしいですか?」
「あはは、だめですよー。えっち」
「ヨホホホホ!」
セクハラ発言に取られかねない質問をするりとかわす。そのとき、ブルックさんの眼窩が、私の楽器ケースの方を向いた。
「おや、珍しい! それはニッケルハルパですね?」
「ご存知ですか?」
「もちろん! 昔、演奏している人を見たことがあります! 懐かしいですねえ。よろしければ、1曲聞かせていただけませんか?」
「いいですよ」
せっかくだから、あの映画に出てくる歌を中心にしたいな。そう思いつつ、私は出してもらった椅子に腰かけ、楽器を持って弓を構える。
『リメンバー・ミー』は切ない気持ちになっちゃうから、ここは憂鬱な気分も吹き飛ばせそうな、晴れやかなやつを。
「それでは聞いてください。『音楽はいつまでも』」
豊かな音色が船の上に満ちる。最初は優しくそっと、そこから盛り上げるように明るい声で、私は歌う。魂が奏でるような、素敵なメロディ。骨も揺さぶるような、軽快なリズム。大切な存在は、思い出の中で生き続けるというメッセージが、込められたような歌。
鮮やかに締めくくり、ブルックさんの方を見る。彼は無言で立ち尽くしていた。骨だから表情が分からなくて、少しハラハラしながら反応を見守る。すると、彼の眼窩から雫が一筋こぼれ落ちていった。
「えっ、ブルックさん!? 大丈夫ですか!?」
「……と、」
「と?」
「と……っっても感動しました!! こんなに心に響く歌が聞けるなんて!」
透明な涙がぼたぼたとあふれる。どこから水分出てるんだろうと思いながらハンカチを渡すと、彼はゴシゴシ顔を拭いていた。そんなに強くしたら顔が赤く……赤くなる皮膚無かったわこの人。
***
ブルックさんとはいろいろ話をした。お互いの身の上話や、私が知っている歌のこと。特に歌の話をブルックさんは聞きたがった。
自分が作ったわけではないことと、この世界の誰かが作ったわけでもないことを説明する。夢で聞いたといっても無理があるので、正直に前世の記憶について話すことにした。
結論から言うと、ブルックさんは信じてくれた。悪魔の実の能力で、白骨化しても動いている人間がいるのだから、前世の記憶を持ったままの人間がいても何もおかしくないだろう、と。
それから、ブルックさんに歌を聞かせ、その歌にまつわる物語を伝える日々を過ごした。
「今日の『ひとりぼっちの晩餐会』と『美女と野獣』も素晴らしかったです!」
「今日のは、野獣に変えられてしまった傲慢な王子と、読書好きな美女の恋物語に出てくる歌です。2人がお互いを知って、少しずつ心を通わせていくのが素敵なんですよ! 作中のダンスシーンもロマンチックなんです!」
「ダンスですか。ワルツなら私も覚えがありますよ! 一緒に踊ってみませんか?」
「え。私踊ったことないですけど、大丈夫ですか?」
「私がリードしますからご安心を! 2人だけなので音楽は奏でられませんが、やってみましょう。さあキャロルさん、お手をどうぞ」
細くて冷たい彼の手を取って立ち上がる。彼の方がずっと背が高いから、掴まる場所を探しつつダンスの準備をした。
「ワルツって三拍子でしたっけ」
「そうですよ! よくご存知ですねぇ」
「ブルックさん、折れちゃいそうに細いですね」
「ヨホホホホ! 私よりも、美しいお嬢さんに言ってほしい言葉ですね!」
ワン・ツー・スリー。ワン・ツー・スリー。
甲板の上で、トントンと足音が鳴る。最初は恐る恐る、ブルックさんに体を預けていた。でも動くうちに慣れてきて、足運びが軽やかになっていく。
「ヨホホ! お上手ですよ〜!」
「ありがとうございます!」
陽の光が届かない霧の中なのに、私も彼もすっかり楽しんでいた。くるくると回る景色に、豪華なダンスホールを想像してみる。私たちは足が疲れるまで、2人きりのダンスパーティーを続けていた。
***
「ブルックさん、残念なお知らせがあります」
「何でしょうか?」
「私の船に積んでる食料が、そろそろ底を尽きそうになりました。この海域をどうにか脱出しないと危ない状況です」
ひと月くらい経った頃。神妙な顔で正直に話すと、ブルックさんは心なしか、しょんぼりしたように背中を丸めた。
「お別れですか……。寂しいですね」
「はい……。私の箱舟がもうちょっと広かったら、ブルックさんも乗せられたんですが」
「私は、そのお気持ちだけで嬉しいです。キャロルさんが教えてくださった歌や物語は、絶対に忘れません。歌いながら、あなたのことを思い出すでしょう」
きっちり90度、ブルックさんが深く頭を下げる。
「最後に、『音楽はいつまでも』を聞かせていただけませんか?」
「喜んで」
初めて会ったときのように、椅子に腰かけてニッケルハルパを弾く。ブルックさんの膝に置かれた巻貝は見ないふりをして、私は心を込めて歌った。この先の彼にとって、少しでも心を慰める歌になればいいと祈りながら。
「本当にありがとうございました。どうか、お元気で」
「ありがとうございます。ブルックさん、またどこかでお会いしましょうね」
彼と別れて自分の箱舟に戻り、海原を進む。胸に空いた穴を、冷たい風が通り抜けていくような寂しさがあった。けれど、陽気な彼とのやり取りやワルツを思い出すと、少し和らぐ気がした。