【番外編】心に残る歌を教えて.3
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「ぅうん……」
「気がついたか? キャロル」
目を開けると、心配そうに私を見下ろす父さんがいた。私の頭をさらりと撫でていた手が、離れていく。温もりを追いかけるように体を起こすと、大きなベッドで寝ていたことに気づいた。
「ここは?」
「父さんが使っている部屋だ。ロジャーの名前を聞いた途端に倒れたから、驚いたぞ。頭は痛くないか?」
「いたくない」
ふるふると首を横に振る。そうだ。私、ひとつなぎの大秘宝を探す海賊漫画に転生してたんだった。しかもあのゴール・D・ロジャーが、まだ海賊王と呼ばれる前の時代に。
「父さん、船長さんって何さい?」
「? 確か35くらいだな」
「この船に、私の他に小さい子っている?」
「いや、いない。……寂しいか?」
「さびしいけど、父さんがいるからへいき」
確かロジャーさんは、53歳のときにローグタウンで処刑される。つまり今は、大海賊時代が始まる18年前ということになる。不思議な時期に生まれたなあ。私が知ってる原作キャラは何人いるのかな。まだシャンクスたちはいないみたいだけど。
「気分が悪くないなら、少し船の中を回ろう」
「うん」
優しく気遣うような父さんに声をかけられ、ハッとする。船の中はたまに揺れるため、転ばないように父さんと手を繋いだ。どんな部屋があるか、軽い説明を聞きながらたどり着いた場所は、甲板だった。
手すりに手を乗せ、爽やかな陽光を浴びながら、私は歓声をあげる。
「わぁ……!」
どこにも島が見えない、見渡す限りの大海原。その上を、船はどんどん進んでいく。
本当に、私は海に出たんだ。決まった道が無い世界に来たんだ。この海の向こうには、どんなことが起こるんだろう。どんな冒険が待っているんだろう。
心がときめくままに、私は歌っていた。
『川の向こうで』。新大陸で暮らす先住民のヒロインが、イギリス人の男性と恋に落ちる物語に出てくる歌。
速くなったりゆるやかになったりするメロディは、するりと流れる川のよう。遥かな流れの先で、すばらしい未来が、両手を広げて微笑んでいる。そう信じて、行く手を阻むような滝や岩が現れても、恐れるものは何も無いように。チャンスを掴みに行くように、勢いよく小舟を漕いで進んでいくような歌。
「おっ! いい歌だなァ!」
「きゃっ!?」
歌い終わったとき、両脇に手が入り込む。突然ひょいっと抱き上げられ、私は小さく悲鳴をあげた。目の前には白い歯を見せる無邪気な笑顔。うわぁ、あのロジャーさんに高い高いをされて……いや待ってホントに高い。見晴らしがよくて風が気持ちいいけど、軽くユラユラとゆらされるものだから、ちょっと怖い!
「お前の歌の通りだ! 決まった道を歩いたってつまらねェよな!」
「お、おろしてくださいぃ」
「ロジャー、おれの娘を怯えさせるな」
眉間に皺を寄せた父さんが、私をロジャーさんから取り返す。一度優しく抱きしめてから、甲板に下ろしてくれた父さんの後ろに、私は避難した。はあ、びっくりした。ため息をついた時、目の前にうやうやしく片膝をつく人がいた。
「うちの船長がすまなかったな。小さなお嬢さん」
「ワッ」
柔らかそうな金髪をオールバックにしたその人は、穏やかな眼差しで私と目線を合わせる。この丸いメガネと、私から見て左の目の傷。そして4本のアゴヒゲ……。まさか若い頃のシルバーズ・レイリーさん!?
「悪気は無いんだ。許してやってくれないか?」
「は、はい……」
「ありがとう。君は優しい子だな」
柔和な物腰と笑顔に、胸の辺りがきゅんとする。大人だから当たり前だろうけど、落ち着いててかっこいいな。私みたいな子どもにも、丁寧に接してくれるのは嬉しい。
何だか彼の顔を見るのが恥ずかしくて、父さんの服の裾をきゅっと掴み、もじもじと隠れる。
「他にはどんなの歌うんだ? 聞かせてくれ!」
「ぴゃっ」
「「ロジャー!!」」
レイリーさんと同じようにしゃがみ込んで、ずいと顔を近づけてくるロジャーさんに、ビクッと肩が跳ね上がる。レイリーさんと父さんに拳骨を落とされても、黒ダイヤみたいな目をキラキラさせる彼は、まるで少年みたいだった。
***
涼しい風を顔に受けて、『カラー・オブ・ザ・ウィンド』を歌う。
岩や木にも、心や名前があること。オオカミの遠吠えや、山猫が牙を剥く理由。自然に育まれた、ワイルドベリーの甘さ。そして、風はどんな色をしているか。それらを知らなければ、大地を支配したと思っても、手にできるのは土だけ。自然と共存することの大切さを、教えてくれるような歌だ。
不思議な声を聞くことができるロジャー船長は、よくこの歌をリクエストしてきた。
「お前の歌は、どれもワクワクするな。お前の故郷の歌か?」
「え、えーと……。村でおそわったわけじゃない、です」
「じゃあどこで知ったんだ? おれは色んな海を渡ってきたが、お前に聞かせてもらうまで、一度も聞いたことがねェ」
私を片腕に抱えて、ロジャー船長は好奇心いっぱいの目で見下ろしてくる。自分の知らないことがあるのを、面白がるような表情だ。何て答えるのが正解なんだろう。名作曲家のアラン・メンケンさんはこの世界にいないし……。
「……ゆ、夢のなかで、ききました!」
「夢か! それなら誰も知らなくて当たり前だな!」
ぐるぐる考えた末に、まだ7歳の私が苦し紛れに出したのは、そんな答えだった。わっはっは! と豪快な船長の笑い声に、体を揺らされながら、小さく息をつく。納得してもらえてよかった……。追及されたら危なかった。
いつか、この世界の誰かに、真実を話す日は来るのかな。小さな体に大きな秘密を抱えて、私は水平線の向こうに、そっと手を伸ばした。