【番外編】心に残る歌を教えて
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ヴィント・グランマ号の上で、絶え間なく生まれるさざ波を眺めながら、口を閉じてメロディだけを歌う。歌詞は覚えていない。ただ、頭の中に残る音を少しずつたぐり寄せるように、サボは歌っていた。
***
これは、未だ彼の中で眠り続けている記憶の1つ。
彼が9歳の頃。珍しく山を越えて、小さな村を訪れたことがある。そのとき、ベンチに座って、不思議な形の楽器を鳴らしている女性と出会った。
バイオリンを縦に引き伸ばして、鍵盤みたいなボタンをつけたような、使い込まれた飴色の楽器。よく響く音色に、思わず立ち止まって耳を澄ませていたところ、ふと目が合った。
「こんにちは」
「! こんにちはっ」
ふわりと微笑んで挨拶をしてくる彼女からは、害意も敵意も全く感じない。もし何かあっても、手に持つ鉄パイプで応戦できる。そう思って、サボは挨拶を返しながら近づいた。
「それ、何の楽器なんだ?」
「ニッケルハルパって言うんだよ。聞いたことあるかな?」
「無い。初めて見た!」
「そっか。せっかくだし、何か聞いていく?」
さっきの音色が耳に心地よかったため、サボは素直にうなずく。女性は口元を緩め、弓を構えた。
「それでは聞いてください。『どこまでも〜How Far I'll Go〜』」
その音楽と歌は、サボがこれまで聞いてきたものと違っていた。
サボが知る音楽は、上品で、堅苦しくて、退屈なものだった。でも、彼女が奏でる音楽は違う。真っ直ぐで、伸びやかで、どこまでも自由。まるで、きらきらした希望に溢れているようだった。
空と海が出会うところは、どれくらい遠いのか。光り輝く海には何が待っているのか。それは、まだ海に出たことがないサボにも分からない。いつか海賊として漕ぎ出せば、分かるのだろうか。
「もう1回聞かせてくれ!」
何度でも聞いていたかったし、忘れたくないと強く思った。アンコールを頼むと、彼女は目を丸くしつつも嫌な顔はせず、サボが満足するまで何度でも歌を聞かせてくれた。
【ヤマト Meets ……】
ごとん、と音を立てて、それは空から降ってきた。中に入っているものを取るために、鳥が落としたらしい。枷についた鎖を鳴らしながら、慎重に口が広いビンを拾い上げると、中には貝殻が2つ入っていた。
「何だろう?」
気になって蓋を開け、1つ取り出してみる。すると、女の人の声が聞こえた。
《――録音できてるかな。こんにちは。もしくはこんばんは。初めまして。私はキャロルと言います》
「わっ」
貝が喋ったことに驚き、取り落としそうになる。両手で包むように持つと、貝は滑らかに言葉を紡ぎ続けていた。
もしかしてこれが、音を残しておけるって聞くトーンダイアルなのか?
《この歌は、海に愛された少女の物語に出てくる歌。海は危険だと父に言われるけれど、それでも大海原に出て、何があるのか見てみたいと願う少女の歌》
《この歌を聞いてくれたあなたに、たくさんの感謝を。好きになってくれたら嬉しいです》
穏やかで優しくて、小鳥みたいに綺麗な声だ。語られた内容が気になって、もう1つの貝殻を手に取ってみる。波の音と、よく響く弦楽器の音色が流れ、澄んだ歌声が聞こえてきた。
浜辺から、打ち寄せる波を見つめる少女の後ろ姿が、頭の中に浮かぶ。
それはまるで、少女の想いを通して、ぼくだけに歌ってくれているような歌だった。歌の中に自分を見つけたようで、どんどん惹き込まれていく。少女の気持ちと、ぼくの気持ちが重なっていく。
海に出て冒険してみたい!
自由に生きてみたい!
「キャロル、か……。どんな人なんだろう」
名前と声しか知らない彼女。胸がドキドキするほど、ぼくにとって特別で素敵な歌を教えてくれた彼女。どんな生活をしているの? 家族はどんな人? 顔や髪はどんな感じ? 背の高さはどれくらい?
じっとしていられないくらい、知りたくてたまらない。いつか絶対にこの鎖を断ち切って、彼女に会いに行きたい。ぼくにとって、この歌がどれだけ大切なものになったか、伝えたい!
崖の下に広がる海を前に、ぼくは貝殻から流れる音に合わせて、歌を繰り返し口ずさんでいた。