セイレーンは白鯨と共に
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「ご機嫌よろしゅう、海軍及び王下七武海の皆々様!」
白ひげ率いる、新世界47隻の海賊艦隊。
政府の二大勢力、海軍本部と王下七武海。
その2つが向かい合ったとき、ショーの案内でも始めるような声が、空気を震わせた。
「ここからは耳を貸して、目を逸らさず、口は開かず、そこから動かずにお楽しみください! ルールを守って楽しく鑑賞!」
右手に海軍、左手に海賊を見渡せる高い位置に、声の主は立っていた。
長いマントについたフードをすっぽりと被り、顔の上半分を白い仮面で覆っている。長方形に近いような、ずんぐりとしたバイオリンのような、不思議な形状の楽器を構えていた。
細い首から下げたペンダントについている、黄色い渦巻き状の貝殻が、ゆらゆらと妖しげな光を放つ。
訝しげな顔で口を開いた海軍本部元帥――センゴクが、喉を押さえて目をむいた。
「お代は安い! その声!」
天から降り注ぐような豊かな音色に続く、最初のワンフレーズ。それだけで元帥も大将も中将も関係なく、"観客"として指定された全員の心は惹き込まれた。彼らの視線が、意識が、彼女のみに集中する。視覚と聴覚が、彼女から得られる情報以外を拒否するようだ。
屋外であるにも関わらず、その場全てを飲み込むように、歌声が隅々まで押し寄せる。まるで10万人の合唱を聞いているかのように、遠く離れていてもはっきりと耳に届く。
限界なんて知らないように、翼を広げて力強く羽ばたいていくような、高らかな歌声。それは明るく晴れやかでありながら、まるで船乗りを誘惑するセイレーンのような魔性も併せ持っていた。
ポートガス・D・エースの公開処刑が、瞬く間に彼女のための演奏会に変わった。
「何で、ここに……!?」
信じられないものを見たように、マルコが目を見開く。
聞き覚えのある声。
聞き覚えのある歌詞。
聞き覚えのあるメロディ。
間違えるはずがない。この戦争に巻き込まないために、オヤジの指示で船から降ろしたはずだ。彼女も納得して、船から降りたはずだ。
――皆は私にとって、大切な仲間だよ。
――私だって、皆を守りたい、助けたいって思ってること、忘れないでね。
……本当に、納得して降りたのか?
「あのバカ娘……」
ニューゲートも想定外のことにため息をついた。しかし、彼女が作ったチャンスを逃すつもりは無い。薙刀を頭上に振りかざし、息子たちに指示を出す。彼女への説教は、エースの奪還が終わってからだ。
「野郎共ォ! 今のうちにエースを救い出せ!」
***
映像電伝虫の配信を見ていた大衆も、目を奪われていた。
「海軍はどうしたんだ!?」
「海賊たちが処刑台を目指してるのに、誰もぴくりとも動かないなんて!」
「誰だ! "海賊王の息子"の処刑を邪魔しやがったのは!」
「初めて聞く歌だわ……」
「……何て、綺麗な声なんだ……」
「こんなに心を揺さぶられる歌、初めて!」
「誰が歌っているの?」
「バイオリンかしら? 素敵な音色……」
「豊かな残響だ。こんな楽器があるのか」
「あれ? この明るい歌、どこかで聞いたような……」
***
"観客"の人たちから集めた声量のおかげで、いつもより持続性が上がっている。休憩を入れてないけど、これなら何曲でも歌えそうだ。
好きなことでもない限り、人間が1つのことに長く集中し続けるのは難しい。シュウシュウの実で注目を集めたいと思ったら、注目されるだけの何かが必要になる。
そこで私の歌と演奏の出番だ。
父さんと母さんの教えを活かしながら、これまで培ってきた技術と表現力。この世界で私しか広められない歌。夢と希望を伝えるような、心を揺さぶる音楽。
大将や元帥くらいの強さになると、少しでも歌を止めたらすぐ我に返ってしまう可能性がある。幸い、引き出しはたくさんある。せめて皆が、エースを連れてマリンフォードから脱出するまで、"観客"を飽きさせないようにしないとね。
歌え。紡げ。響け。届け。
願いを込めて、弓を動かし、キーを押し、声を操る。何があっても歌を止めない一心で。ページをめくるように、様々な物語が、音楽に乗って展開されていく。
処刑台に、白ひげ海賊団のメンバーがたどり着くのが見える。エースの動きと力を封じていた手錠が外れた。よかった。一滴の血も流さずに、エースを助けられた。
向こうから、ルフィたちが乗っているであろう船が近づいてくるのが確認できる。このまま合流して、無事に逃げ切ってね。
仲間と一緒に船に向かっていたエースが、私の方を向いて立ち止まる。首の動きだけで「船に行って」と示すと、皆に背中を押されてようやく動き出した。
エースを乗せ、モビー・ディック号が動き出す。それを見てから、私は船に背中を向けた。路上ライブじゃない、最初で最後のコンサートが終わるまで、あと少し。
そう思ったとき、大きな鳥の羽ばたきのような、強い風が吹いた。歌を続けながらふと見上げると、そこには燃えるパライバトルマリンとイエロークォーツのような、美しい鳥がいた。
大きな爪と足が、絶対に離さないと言うかのように、しっかり私の肩と腕を掴む。それはさながら、密猟者の罠から解放してくれた少年を連れて大空を飛ぶ、金色ワシのように。
気づけば足がふわりと浮き、そのままかっさらわれた。びっくりしたせいで音程を外したのは言うまでもない。
***
「随分と大胆な策を立ててくれたな」
「ごめんなさい。でも後悔はしてません」
マリンフォードまで駆けつけたルフィを小突いたものの、弟と無事に再会できたことがやっぱり嬉しいのか、ルフィと抱き合うエース。
そんな彼らの横で、私は正座させられたまま、オヤジさんとマルコに見下ろされていた。足が痛いし首も痛い。オヤジさんの威圧感がいつもより増してる気がする。
ちなみにマントと仮面はマルコに没収されました。
「戦争なんてしないのが一番だと思いますので、頑張りました」
「……キャロル。お前、おれがかっさらってなかったら、どうするつもりだったんだよい」
マルコの声が、いつもより緊張をはらんでいる気がする。正直に言ったら怒られそうだけど、嘘をつくのは許さない響きだ。
「……皆が逃げ切ったら、私も逃げるつもりだったよ」
「……敵地の真ん中で。敵の注目を一身に浴びてる状態で、か」
一応頭の中に入れていたことを言うと、オヤジさんの目が、咎めるようなものに変わる。それを見つめ返し、私は覚悟を決めた。
「皆と同じですよ。皆だって、死ぬ気で仲間を助けに行ったでしょう」
残される側の気持ちなんて考えずに。それだけは何とか飲み込んだ。
「私は、私にできることがあるから、それをした。それだけです。弁解をする気はありません」
顔を上げ、凛とした態度を貫きながら、2人を真っ直ぐに見つめる。そもそも白ひげ海賊団から降ろされてる身なのだから、そっちがとやかく言うことは無いと思う。
マルコがしゃがみ込み、私を強く抱きしめる。肩が微かに震えていることに気づき、私は息を呑んだ。
***
傷つけたくなくて、荒事に巻き込みたくなくて、船から降ろしたつもりだった。
守りたかった。守っていたつもりだった。なのに、気づけば守られているのはこちら側だった。
あの時、捕まえて、攫って、本当に良かった。
判断を間違えれば、もうこの温もりに触れられなくなっていたと思うと、どうしても腕を解けなかった。
「……心配かけてごめん。マルコ。攫ってくれてありがとう」
「……もうあんな捨て身の策を取るなよい。肝が冷えた」
「……うん。もうしない」
自分の不安を感じ取ったのか、キャロルがそっと背中に手を回してくる。とんとんと落ち着かせるように、背中を軽く叩かれ、おれは彼女の肩に顔を埋めた。
***
その後。不死鳥に連れ去られる、マントの人物の写真と共に、1枚の手配書が出回った。
"セイレーン"
ONLY ALIVE
1億ベリー
「セイレーンだって。海軍って意外とロマンチシストなのかな」
「流石に素性はバレてねェみたいだな」
「まさか白ひげ海賊団の船に乗ってるとは思わねえよなー」
「1億ってけっこう高いスタートじゃねえか?」
「"生け捕りのみ"だってよ。歌を気に入った奴による飼い殺しが待ってたりするかもな」
「えー、籠の鳥とか性に合わないんだけど」
「心配しなくてもさせねェよい」
手配書を囲んでわいわい話す。とりあえず賞金首の仲間入りをしたけど、本名も顔も知られてないから、案外見つからないかもしれない。でも念のために、人前でニッケルハルパを出すのは止めておこう。
知らない誰かに閉じ込められて、その人のために歌わせられるなんてごめんだ。
白ひげ海賊団の皆と、私はこれからも生きていく。そう決めたから。
白鯨の背中で、今日も音楽は鳴り響く。
海を渡る中で巡り会った家族たちを、自由な風のように優しく包み、笑顔にする。幸せな時間がそこにあった。