夢の歌を紡ぎながら、未来の海賊たちを慈しむ音楽家見習いの話
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私とシャンクス、それから新しく増えた海賊見習いのバギーも入れて、3人で歌いながら甲板磨きをする。水垢で滑ると危ないから、甲板磨きは大切な仕事だ。でも退屈な仕事でもあるから、ブラシを投げ出して仰向けに寝転がるバギーのやる気スイッチを押すためにも、こうして楽しいこととセットにしている。
『ハクナ・マタタ』。何も問題ない、気楽にいこうという意味がこもったタイトル。悩まずに生きる合言葉を、ミーアキャットとイボイノシシが歌う陽気な曲だ。
シャンクスとバギーは12歳。私は22歳。すくすく成長していく2人を見守るのは楽しいし感慨深い。シャンクスなんて、ハイハイで移動したり、つかまり立ちができるようになったりした時のことが、昨日のように思い出せる。
「キャロル! おれ次は『ひと足お先に』歌いてえ!」
「えー、おれは『ジッパ・ディー・ドゥー・ダー』聞きたい!」
「じゃあジャンケンして勝った方のリクエストを、先に歌おうかな」
「「ジャンケン、ポンッ!」」
バギーが出したのはグー。
シャンクスが出したのはパー。
「やりぃ! おれの勝ち!」
「ちくしょー!」
拳を突き上げて飛び跳ねるシャンクスと、四つん這いになって甲板を拳で叩くバギー。全力で喜びや悔しさを表す2人が可愛らしい。
シャンクスがリクエストした『ジッパ・ディー・ドゥー・ダー』を歌う。この曲は、"元の映画が当時の時代背景と合っていない"、"人種差別が無さすぎる"という理由で、消されつつあるものだ。私としては明るいメロディが好きだから、もったいない気持ちが強い。
「青い鳥って、白ひげのとこの奴みてえだな」
「サイズ的に、白ひげさんの肩にしか、とまりに来なさそうだね」
歌詞を聞いていたバギーが、首を傾げて言うので、返事をする。思い浮かべるのは白ひげさんとこの、パイナップルみたいな髪型の彼。将来は船医になるあの子だ。今頃は18歳くらいかな。まだまだ若いね。
***
ロジャー海賊団と白ひげ海賊団は、結構仲良しだ。「殺し合い」という名目で、三日三晩の総力戦をした後、全員で宴をしながら宝物や物資の物々交換をする。レイリーさんいわく、「奪い合いがすっかりプレゼント交換」。
私は音楽家であって戦闘員ではないので、船という名の安全地帯に引っ込んでいることが多い。父さんは悪魔の実の能力者で一応戦えるらしいけど、こちらも船で留守番している。
前に船長に、「お前の能力は相手を寝かせちまうから、戦いがいが無ェ! つまらん!」と言われたらしい。父さんが前線に出るのは、戦う気が無い時に来た海軍から、逃げる時くらいだ。
今回、私は珍しく船から降りていた。留守番してることが多いけど、いつもしてるとは言ってない。気配を消して、見習い組同士でバトルしているところにたどり着き、茂みの影から様子をうかがう。
シャンクスと目が合い、親指を立てられる。バギーがマルコの注意を引いている隙に、私は耳栓をつけ、マルコの後ろから思い切りシンバルを鳴らした。
シャーーーンッ!
「うわあっ!?」
「今だーっ! 隙ありぃ!」
「いでっ、おい! 後ろからいきなり
「卑怯だってさバギー! 褒め言葉だな!」
「おれたちゃ海賊よ! これも作戦のうちだぜー! ギャハハハハハ!」
「マルコごめんねー! あとでリクエスト曲、何でも好きなだけ歌ってあげるからー!」
「キャロルお前ーっ! 絶対覚えとけよい!!」
しまった、今の音で他の人たちにも気づかれた。早く船に戻ろーっと。逃げ足の速さには自信がある。
3日後。父さんは宴の席で、ニッケルハルパを演奏していた。休む間もなく、弓を動かしながらボタンを操作する鮮やかな手つきに、どちらの海賊団も注目するのが誇らしい。
ジョン・ライアンズ・ポルカに似たそのメロディは、テンポが早くて踊り出したくなる。うちの船長が好きそうな、豊かで軽やかな音色だ。実際に踊っている人もいて、シャンクスやバギーも混ざっていた。よく見たら船長もいたわ。
父さんの演奏の後は、私の歌。白ひげさんがリクエストしたのは、『コンパス・オブ・ユア・ハート』。初めて彼と顔を合わせたとき、彼の前で披露した、思い出の歌でもある。
――その小せぇのは見習いか? ロジャー。
――ああ、うちの音楽家の娘だ。いい歌を歌うぞ!
――そうか! どれ、聞かせてみろ。
宝石や黄金じゃなく、友達を"宝物"だと言う内容が、家族を大切にする彼の琴線にふれたのか。それ以来、会う度に彼は、この歌をリクエストしている。
歌い終わり、お酒が飲めない10代組を探していると、むすっとした顔で座っているマルコを見つけた。
「この間はごめんね。びっくりさせたね」
「撫でんじゃねえよい」
「ご機嫌ななめ〜」
ふわふわした金髪を撫でると、ぺいっと軽く払われた。シャンクスたちの作戦とはいえ、不意打ちのシンバルはやっぱり心臓に悪かったか。
「聞きたい歌のリクエストある?」
「……『ストレンジャーズ・ライク・ミー』」
「オッケー」
隣に腰を下ろし、歌い出す。ゴリラに育てられた青年が、初めて人間と出会い、好奇心のままに接していく光景が広がる。"知りたい"、"教えて"と、純真無垢な子どものように求める歌。そして、淡い初恋の歌。
個人的にも好きな曲だ。体を揺らしながら歌っていると、後ろから小さい体がどんとぶつかってきた。
「マルコがキャロルのこと独り占めしてる! ずりぃ!」
「ずるくねえよい。こっちは"リクエスト曲、何でも好きなだけ"聞けるんだからな」
「う゛ーっ」
後ろからシャンクスの声がして、細い腕がぎゅっと抱きついてくる。マルコがちょっとだけイジワルそうな顔で、シャンクスの方を見たからか、威嚇する子犬みたいな唸り声が聞こえた。
「2人ともー、静かにしないと歌うのやめるよー」
柔らかく注意すると、ぴたりと喧嘩が止まる。素直な反応にくすりと笑い、私は続きを最後まで歌った。
「次は何にする?」
「おれ、象の墓場の歌が聞きてえ!」
「バギーのは船に帰ったらね。今はマルコ優先。約束なので」
シャンクスを追いかけてきたらしいバギーが、近くに座って片手をぴんと挙げる。指でバッテンを作ると、バギーは不満そうに頬を膨らませ、マルコの方をじとっと睨んだ。"象の墓場の歌にしろ"と訴えているような顔だ。
「『アンダー・ザ・シー』」
「お、いいね」
「海の上に生きてるおれたちにとっては、海の下の歌なんて新鮮だからな」
マルコはバギーの視線に気づいたうえで無視した。自分の意見をしっかり貫くとこ、嫌いじゃないよ。
水分補給をしたり、休憩したりしながら、歌声を宴の席に響かせる。この歌や、陸に憧れる人魚姫の歌は、いつか魚人さんや人魚さんにも聞いてもらいたいな。そう思いながら、私は皆に囲まれて笑っていた。