セイレーンは白鯨と共に
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楽しそうに笑って過ごしている、仲間たちを見ていると、心の奥底が冷たくなるような不安を抱くことがある。
ティーチによる、サッチの死亡。エースの公開処刑。マリンフォードでの頂上戦争。
オヤジさんの立ち往生。落とし前戦争。白ひげ海賊団の全員が、散り散りになる未来。
どうせ別れるなら、笑顔で悔いなくサヨナラをしたい。話したいことを全部言って、もう思い残すことは無いって言えるくらいの時間が欲しい。
でも、皆を守るために何ができる?
ただの音楽家で、戦闘員でもない私に、何ができる?
そう考えるようになったとき、"それ"は私の目の前に現れた。
「海の悪魔の化身」と言われる果実。悪魔の実。1口でも口にすれば、海に嫌われ、泳げなくなる。それと引き換えに、実の種類に応じて様々な力を得られる。売れば最低でも1億ベリーの値がつく。
白ひげ海賊団には、悪魔の実を「最初に見つけたものが口にしていい」というルールがあった。どんな力があるのか知るために、図鑑のページをめくっていく。
「あった……!」
"シュウシュウの実"。
なるほど。使い方次第では、「ねえ、これ欲しい? 20個もあるの」ができる力ってことか。
自分が得意なこととの相性を考えながら、頭の中でいくつかのパターンを組み立てる。自由な解釈と発想を踏まえて練り、自分ができることを模索する。
その結果、私は、唐草模様が入ったブドウのような形のそれを、1粒口に含んだ。歯を立てればぷつりと皮が破れ、柔らかな果肉にたどり着いた。じゅわりと果汁が口内に溢れる。
「〇╳△□〜〜っ!?」
その瞬間、舌が感じ取ったのは、舌を突き刺すような苦味。口の中を締め付けるような渋味。まとわりつくようなえぐみ。それからシロップ状の薬のような、奇妙な甘ったるさ。吐き出しそうになったものの、何とか顔を上に向けて飲み込む。何これ。想像してたよりもずっっっと不味い!
「んぐ……、うっ……く、ん」
房から実を摘み取り、1つずつ口に入れ、噛んで飲み下す。目に涙がにじみ、体の表面が汗で冷えているような感覚がしてきた。それでも意地で、皮の一欠片も果汁の1滴も零さないように、懸命に体内に取り込んでいく。
こんなの不味いだけだ。ナイフで刺されたり、体に何発も鉛玉を打ち込まれたり、内臓をマグマで焼かれたりするより、ずっとマシだ。
「……こ、これで最後か……」
悪魔の実をやっとの思いで完食し、水差しに入れていた水をあおる。口の中に残っていた雑味が、いくらか和らいだ。
***
船員たちがそれぞれの部屋に戻る時間。
手に入れたヤミヤミの実をどうするか、倉庫で悩んでいたおれの前に、ティーチが現れた。夜の暗がりに紛れるように、足音を忍ばせながら。
ティーチが背中に隠していた方の手を、おれに向けようとした瞬間。
シャンシャンシャンシャンゴシャーンッ!!
「!!?」
「うわぁ! なっ、何だ!?」
突如けたたましい爆音が鼓膜を突き刺す。両手で耳を塞いでも、しつこいくらいそれは鳴り続けていた。バタバタと扉が開く音や足音、「敵襲か!?」と慌てるような声が聞こえてくる。
細い人影が、おれを庇うように躍り出る。ティーチに対して威嚇でもするように、絶え間なくシンバルをガシャガシャ叩いていたのは、何とキャロルだった。
何で彼女がこんな騒音を!? 目の前にいるティーチも、顔をゆがめながら口をパクパクと動かしている。ただ、シンバルのせいで、何を言っているのか全く聞こえない。しかもよく見れば、キャロルの耳には耳栓が入っていた。
ずるいぞそれ。おれにもくれ。
そう思ったとき、おれの目に光るものが映る。耳を塞ぐティーチの片手に握られている、切れ味の良さそうなナイフだ。え、何でそんな物騒なもの持ってるんだ? 友達に向けるものじゃないよな?
背筋がぞっとする。彼女を連れてティーチから距離を取りたいが、できない。耳から手を少しでも離そうものなら、叩きつける金属音が脳を刺激する。
頼むキャロル、シンバル一旦止めてくれ。いやでもティーチの足止めになってるから、このまま鳴らしてる方がいいのか? どうしたらいいんだ早く誰か来てくれ!
「どうした!?……って、うるせェ!」
駆けつけたマルコたちも巻き添えを食らっていた。ポケットから取り出した耳栓をつけたマルコが、何とか彼女の腕を掴み、ようやく音が止まる。
「キャロル、何があった?」
「ティーチとサッチも、こんな時間に倉庫で何してたんだ?」
集まってきている仲間たちに、バツが悪そうな顔をするティーチ。こそりと隠そうとしていた方の手を、おれは咄嗟に掴んだ。
「……なあ、ティーチ」
思わず低い声が出る。ティーチの手に握られたナイフを見て、仲間たちの間に緊張と動揺が走った様に感じられた。
何かのドッキリか、ちょっとタチが悪い悪ふざけであってくれと願いながら、おれは口を開いた。
「……キャロルがいなかったら、お前はこれで、おれに何をするつもりだったんだ……?」
ティーチは答えない。おれの手を振り払い、おれが取り落とした悪魔の実を拾い上げる。そしてそれに、齧り付いた。
「!?」
誰も止められなかった。ヤミヤミの実を食べて闇人間となったティーチは、そのまま白ひげ海賊団の前から姿を消した。