セイレーンは白鯨と共に
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「あ〜……うん、はい。なるほど」
「あ?」
「ヒゲ剃って幼くしたらこんな感じか」
「何の話だ」
「こっちの話」
白ひげさん――オヤジさんに、戦いを挑むルーキーが現れた。名前はポートガス・D・エース。"若く無鉄砲"と話に聞いていた彼の顔を見て、私は思わず感想を口に出していた。これは確かにロジャー船長のお子さんだわ。面影が似てる。
甲板の端っこで体育座りをしたまま、何だこいつと言わんばかりの、警戒と疑問を混ぜたような目を向けられる。拾われたばかりの、懐いてない野良猫みたいな目つきだ。
「怪我の具合、どう?」
「うるせェ、あっち行け」
「はーい」
ハリネズミみたいにツンケンしてるなあ。そう思いながら、近すぎず遠すぎない絶妙な位置に腰を下ろし、持っていたニッケルハルパを構えた。あくまで練習だという態度を貫くけど、ほんの少しでも、彼の心が和らいでくれたら御の字だ。
ゆるやかな旋律が、船の上に流れ出す。奏でるのは、コウノトリが運んできた、耳が大きな子象の物語に出てくる歌。檻に入れられてしまったお母さんが、可愛い我が子のために歌う曲。長い鼻を使って、子どもをあやすシーンが胸に来るんだよなあ。
いじめから子どもを守ろうとした結果、"凶暴な象"のレッテルを貼られたお母さん。耳が大きいだけで、他の象や人間から馬鹿にされたり笑いものにされたりする主人公。ハッピーエンドが待っているとはいえ、悲しい。それ故に、彼女の愛情がじんわりと染みる。
実写版で翻訳された歌詞を思い返しながら、ハミングをする。独りきりで寂しい夜に、静かに寄り添って、そっと温めてくれるようなメロディ。
エースの様子を窺うと、腕に顔を突っ伏していた。寝てるのかな? それくらいリラックスしてくれたなら嬉しいけど。
楽器に視線を移す前に、エースの肩が、少しだけ震えたような気がした。
「おれはぜっってェ懐かねェからな!!」
「?? いきなりどうしたの?」
演奏が終わった直後に、大声で謎の宣言をされて首を傾げる。彼は頬を赤くしながら、不本意だと言わんばかりに眉間にシワを寄せていた。顔を背けて船内へと走り去る背中を、私はぽかんとしながら見送った。
***
「……お前、何でこの船に乗ってんだ?」
「マルコに攫われたからだよ」
「はぁ!? マルコって、1番隊隊長のあいつか!?」
「うん。まあ、マルコともオヤジさんとも昔馴染みだったから、そのまま乗ってる感じ」
甲板に座り、レモンオイルを染み込ませた布でニッケルハルパの鍵盤を拭いていると、エースが声をかけてきた。彼から話しかけてくるなんて珍しい。サッチたちに話しかけられて、やっと返事をするくらいなのに。
「それに、マルコとは恋人だからね」
「へー」
「自分で聞いといて興味無さそう」
楽器の手入れを済ませ、音を確認してみる。うん、いい感じになった。
「何か聞いていく?」
「おれを懐柔しようったってそうはいかねェぞ」
「まさか。自分の音楽を聞いてもらいたいのが、私の性質ってだけだよ」
「…………好きにしろよ」
「好きにしまーす」
弓を引き、キーを押して、前奏を始める。
劇中で流れる方の歌詞が、特にエースに合いそうだなと思った歌。自分の出生を知るために。人間離れした力を持つ自分を、受け入れてくれる場所を見つけるために。育ての親の元を離れ、旅を始めた神の子の歌。
皆が自分を迎えてくれて、暖かく微笑んでくれる。夢に見るその場所が、きっとどこかにある。
自分を待ち続ける場所に、たどり着くことができたなら。きっとその瞬間に、生まれてきた意味を知ることができるだろう。そんな想いを歌詞に乗せて歌う。
灯火のように明るく、心を励ましてくれるような、希望を感じるメロディ。気がつけば、エースはまた座った状態で、両腕に顔を埋めていた。
「どうだった?」
「……………………」
返ってくるのは沈黙のみ。しつこく声をかけるのもよくないなと感じて、私は演奏の練習を黙々と行う。小さく鼻をすするような音がしたけど、聞こえなかった振りをした。
「やっぱりお前、おれを手なずけようとしてんだろ」
「してないって。目赤いけど寝不足? 顔洗っておいで」
「べっ、別に赤くねーよ!」
そう言いながらも、洗面所がある方へ走っていくんだよなあ。素直じゃないんだから。
***
何やかんやあって、エースが白ひげ海賊団の仲間になった。「絶対懐かない」という宣言はどこに行ったのか、宴の席で『ゴー・ザ・ディスタンス』をリクエストするくらいには、心を開いてくれていると思う。
最近では、私が街で買ってきたトロンボーンを吹くのに合わせて、エースが頭を上下に振りながら、オーブンの蓋をバタンバタンと開け閉めするアレをやった。おそろいのサングラスをかけた私たちを見て、サッチが大ウケしていた。