エレジアの危機は回避したのに、別の戦争が起こりそうなんですが
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「やぁ……っと見つけたよい!」
「ウワーーーッマルコーーー!?」
ウタの右側の髪とお揃いの、ヒナゲシ色をしたショートヘアのウィッグ。それに追加して、朝焼けみたいな淡いラベンダー色のサングラスをかけていたのに、とうとう見つかってしまった。こんなことで見聞色の覇気を使わないでほしい。
「待って! ごめん待って! 私、君とは行けない! 見逃して!」
「もう待たねェよい。こちとら12年も探したんだぞ。それに言ったろい。"何がなんでも攫う"って」
「イヤーーーーッ見つかった私が悪いのかこれ!?」
マルコには悪いけど、大人しく攫われるわけにはいかなかった。掴まれた腕の方の手を開き、マルコに向かって大きく踏み込む。そこから弧を描くように肘を上げた。手が振り解けたところで、私は即座にスタートダッシュを決める。
一緒に街に出ていたシャンクスたちと合流して、そこから冷静な話し合いに持っていこう。頭の中で逃走ルートを叩き出し、非戦闘員故に培った逃げ足の早さと気配の殺し方を活かして、道を駆け抜ける。
そのとき、ふっと陽光が遮られる。見上げると、不死鳥の姿に変身したマルコがいた。ひええ、本気で連れ去る気満々じゃん……。護身用に何か持ってくればよかった……。シンバルとか……。
――お母さん!
頭の中に、満開の花のような笑顔で、私を呼ぶウタの姿が浮かぶ。
再会するのがもっと早かったら、ここまで本気で抗おうとはしなかったかもしれない。別の船に乗っていたけど、彼も私にとって、大切にしたい相手だったから。でも離れていた12年の中で、私は譲れないものができてしまった。
あの子が独り立ちするその日まで、側にいて見守りたい。
"君が大切で愛おしい"って気持ちを、たくさん伝えたい。"母親"として、私があの子にできることを、ありったけしてあげたい。
血が繋がってなくても、関係ない。大切で可愛い、愛しい娘。私たちの宝物。
猛禽類みたいな青い足が近づく。尖った鉤爪で痛くされることは無いだろうけど、とっさに目をつぶる。
そのとき、銃声が聞こえた。
「っ!?」
力強い腕で抱き寄せられ、一瞬身体が強ばる。嗅ぎなれたタバコと硝煙の匂い。それから、落ち着いた樹木のような、ほのかに鼻をかすめる香水の匂い。恐る恐る目を開けると、ウェーブがかった黒髪が見えた。
「……うちの船員に何の用だ? "不死鳥"」
低い声が示すのは、警戒と威圧。ほんの少し怒りも混じっているように感じられたのは、気のせいだろうか。
「……べ、ベック……!」
片腕で私を庇うように抱きしめ、もう片方の手で銃を構えていたのは、ベックだった。再生の炎で、銃弾をものともしないマルコが、鋭い目でベックを睨む。
「邪魔すんじゃねェよい」
「目の前で仲間に手を出されているのに、引き下がる副船長がどこにいる」
2人とも覇王色の覇気は持ってないはずなのに、ビリビリと空気が震えるような緊迫感が生まれる。ベックが来て安心したのは認めるけど、とても落ち着いて話ができる空気じゃない。どうしよう……!
「お前ら何やってんだ?」
タイミングが良いのか悪いのか、シャンクスがウタと手を繋いで現れる。ただならぬ気配を感じ取ったのか、ウタはシャンクスの腕にしがみつきながら、不安そうな顔でマルコとベックを交互に見ていた。
「白ひげのとこの、1番隊のマルコじゃねェか。久しぶりだな!」
「赤髪……」
屈託の無い笑顔で、シャンクスは声をかける。足と腕を鳥の姿に変えているマルコと、銃を持つベックが見えているのに、全く動じていない。そこは、さすが海賊のお頭と言うべきか。
「何かトラブルか? ベック」
「うちの音楽家が攫われかけていたから、応戦した」
「えっ!?」
ベックの返事に、ウタがびっくりしたように声を上げる。そしてシャンクスから手を離し、私のお腹にぎゅっと抱きついてきた。
「やだ! ウタのお母さんなの! 取っちゃダメーーッ!」
絶対離さないと言わんばかりに、細い腕が力いっぱいしがみつく。イヤイヤと首を振りながら、ウタは泣きそうな大声で叫んだ。
「……お母さん?」
「ああ、おれの娘だ!」
「…………は?」
「まあ血は繋がってないんだけどな! それでも大事な、おれたちの娘だ!」
だっはっは! と豪快に笑うシャンクスに、マルコから一瞬湧き上がった殺気のようなオーラが収まる。私とシャンクスがそういう関係じゃないことを、察してくれたらしい。
「とりあえず、うちの船で話をしようぜ。船長のおれに黙って、船員の引き抜きをされるわけにはいかないからな」
顔は笑っているけど、有無を言わせない態度だった。マルコが渋々といった様子で、能力を解く。ベックとウタに挟まれて、サンドイッチの具の気分を味わっていた私は、ほっと息をついた。
***
「マルコがウチに入れば万事解決じゃねえか?」
「何その気まず過ぎる提案」
「行かねェよい!!」
「却下だ」
私の説明とマルコの説明。それらを聞いたうえで、シャンクスが出した答えに、私は言葉を返す。マルコとベックも、まっぴらごめんだという表情を隠さず、即座に彼の提案を拒否していた。
ウタは私にひしっと抱きつき、子猫が毛を逆立てるみたいに、頬をふくらませてマルコを見ている。落ち着かせるように背中を撫でると、ウタは私の胸に顔を埋めた。
「ごめん、マルコ。さっきも言ったけど、私は君と一緒に行けない」
揺るがない決意を込めて、あの日の宣言に応えられないことを、真摯な眼差しで伝える。
「赤髪海賊団でしかできない、やりたいことがあるの。だからごめん。ここで君に攫われても、絶対脱走すると思う」
とん、とん、と一定のテンポでウタの背中を軽く叩きながら、マルコの目を真っ直ぐに見つめた。唇を噛み、やるせなさそうな感情を瞳に浮かべる彼に、胸がちくりと痛む。
「ウタごと私を連れて行くのも無しだよ。マルコだって、白ひげさんから引き離されたら嫌でしょ?」
「ウタ! こっち来いウタ! マルコの近くにいたら誘拐されるぞ!」
「あのねシャンクス。例え話だから、そんな過敏に反応しないでね」
「…………分かったよい」
「……あれ? もしかして本当にしようとしてた?」
マルコは答えなかった。ウタはますます、コアラのように私から離れなくなり、シャンクスは私たちを自分の後ろに下がらせた。
「キャロル、最後にいいか」
「? うん。何?」
両腕を青く燃える翼に変えたマルコが、船の端で振り返る。彼が分かってくれたことで、安心していた私は、呼び寄せられるままに近づいた。手を伸ばして、ぎりぎり届かないような所へ。
マルコが一足歩み寄り、片方の翼を私の腰に回す。え、と思ったときには既に遅かった。マルコの黒い瞳に、私が映っているのが見えたと思ったら、唇をふさがれていた。
「ん……っ!?」
「あ゛ああああぁぁぁーっ!?」
「何!? 何! シャンクス! 見えない!」
離れた場所から、慌てたようなシャンクスと、じれったそうなウタの大声が聞こえてくる。感触を確かめるように押し当てられ、吐息を飲み込むようなキスをされた。初めてのことで、頭の中が真っ白になり、体が動かなくなる。
顔を離し、呆然としている私を置いて、マルコは大空に羽ばたく。
「じゃあな」
したり顔でマルコが、笑ったような気がした。空気を裂くような音を立てて、飛んできた銃弾を回避し、青い鳥は空の向こうへ消えていった。
「キャロル!」
ベックに名前を呼ばれ、ハッとする。目の前にいるベックや、ウタの両目を後ろからふさいでいるシャンクスが視界に入ってきた。
「……ベッ、ク……、んむ」
清潔そうな白いハンカチを、ベックが私の口元に当ててくる。布に移ったのか、かすかに彼の香水の匂いがした。自分でできると言いたいけど、無言のベックの顔が怖い。
「べ、ベック。……何か怒ってる?」
「……そうだな。いい気分ではねェ」
こわごわと問いかけてみると、眉間に皺を寄せながら、彼は答えた。彼が何を考えているか分からず、戸惑っていると、親指で唇をするりと撫でられる。
「目の前で堂々と、狙ってる女に手を出されたんだからな」
「……へ?」
ネラッテルオンナ? 誰が? 私が?
「……からかってるとかじゃなくて?」
前に思わせぶりな態度で、髪にキスされたことを思い出す。浮名を流すプレイボーイである、赤髪海賊団の副船長が。色気のいの字も無い、音楽中心の生き方をしていた私に、ほの字? 何かの間違いでは? と思わずにはいられなかった。
「おれとしては、あからさまな態度を取ってたつもりだったんだが」
武器を握ることが多い、筋張った手が、私の手を取る。手のひらにキスを落とされ、頬に熱が集まった。
た、確かに、街で買い物をするとき付き添ってくれたり、肌寒い日に上着をかけてくれたり、困ったことがあれば相談に乗ってくれたりした。仲間に対する心配りだと思ってたけど、今私を見つめている彼の瞳は、優しさや穏やかさとはかけ離れている。
大切にしていたものに、無断で触られたときのような。守っていた聖域に踏み込まれたような。少なくとも、火遊びの相手に向ける目つきじゃない。視線が、逸らせない。
「好きだ。
いつもの彼らしくない、どこか懇願するような響きを持つ声。それなのに、上書きするように重なる唇は、海賊らしく選択肢を奪うものだった。