エレジアの危機は回避したのに、別の戦争が起こりそうなんですが
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「お前、街にあまり降りたがらないよな。何故だ?」
甲板で、ベックマンは隣に座る彼女にそう問いかけた。
フーシャ村以外の島に到着しても、彼女は興味こそ示すものの、積極的に降りようとはしない。降りる時は、他の海賊がいないか念入りに確認したうえで、カツラを被ったり伊達メガネをかけたり、服装を変えたりしてからだ。徹底的な変装だが、ウタには「オシャレだ」と誤魔化しているのを見たことがある。
自分たちと違って、指名手配されているわけではない。海賊船に乗っているだけの、ただの無害な音楽家だ。それなのに、なぜ他の人間――特に海賊――から隠れようとするのか、ベックマンは気になっていた。
「仲良い知り合いに、一方的? な約束をされまして」
「ほう」
「"次に会ったら、何がなんでも攫う"っていう」
「男か」
「……その通りです」
図星をつかれたのか、キャロルがかくりと頭を垂れる。おおかた、相手は海賊だろう。どんな男に好かれたのやら。ベックマンはほんのり興味を抱いた。
「血が繋がってないとはいえ、大事な娘のウタがいる身で、他の男性に攫われるのはあってはならんのよ……。ウタの教育に悪い。昼ドラも真っ青の三角関係の構図ができてしまう……」
確かに、ウタにとってはシャンクスが父親で、キャロルが母親だ。厳密に言えば親子で血は繋がっていないし、シャンクスとキャロルが夫婦というわけでも無い。言うなれば、家族の役割を当てはめているような感じだ。
"ヒルドラ"が何かは知らないが、彼女はその辺りについて潔癖な考えを持っているようだった。
「お頭のことはどう思ってるんだ?」
「シャンクス? 大好きだよ。大事な家族だし。まあ異性として見られるかって聞かれたらNoかな。私にとっては、シャンクスって可愛い頃のイメージが強いから。10歳も離れてるしね」
その話は、彼女が船に乗ったときに聞いたことがある。我らのお頭が赤ん坊のときから、彼女が世話をし、率先して面倒を見てきたらしい。彼女が「シャンクスが赤ちゃんの頃の話を聞きたい人この指とーまれ」と言った瞬間、船員たちがわっと集まったのは笑い話だ。
真面目で潔癖。優しさと厳しさを併せ持ち、木々の間から降り注ぐ光のような慈愛を、周りにそっと投げかける。まるで聖女のようだ。
まっさらな雪原のような彼女を、誰にも渡したくない。他の色に染められないように、奪われないように、この手で守りたい。美しい歌を紡ぐ彼女が、自分の前でだけ響かせる声を聞いてみたい。彼女が、欲しい。
女好きの自覚はあるが、ここまで渇望するような感覚は初めてだった。
「そうか。それは、好都合だな」
ゆるく波打つ、淡い褐色の髪。ベックマンはそれを、恭しい手つきでひと房すくい、そっと口づけを落とした。呆気に取られたような彼女の目が、ハッとしたように見開かれ、頬がみるみるうちに薄紅色に染まる。
「ソーシャルディスタンスッッッ!!」
手のひらが擦れて赤くなるんじゃないかと思うくらい、彼女は座ったままで素早く、ベックマンから距離を取った。初めて聞く言葉だが、分かりやすく平静さを失っている態度が面白く、ベックマンは喉の奥で押し殺すように笑う。
「更なる泥沼化はやめい!!」
「お前はお頭の女でもないし、攫いに来る男も今はいない。何の問題も無いだろう」
「そうだけども! 傍から見たらとんだ毒婦では!? 私が!」
「気にするな」
「気にしますが!?」
そのとき、タイミングが良いのか悪いのか、「お母さーん」とウタがキャロルを呼ぶ声が聞こえた。林檎色の頬を押さえ、脱兎のごとく走り去る彼女を見送りながら、ベックマンはその後ろ姿に狙いを定める。
「いっそ毒婦だったら楽なんだがな」
もしそうであれば、身体から陥落させればいい。しかし彼女は、快楽に流されやすい人間でも、誰彼構わず身体を許す人間でもない。愛されることに飢えていない。
「覚悟しておけよ。品行方正な聖女様」
揶揄するように呟き、海賊はニヤリと口角を上げた。