不死鳥に贈るセレナーデ
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思い返せば生まれてこの方、誰かに対してちゃんと恋愛感情を抱いたことなんて、無かったような気がする。
昔は歳下の面倒を見ることが多くて、同じような年頃の男の子と関わることは無かったし。街に降りて、「ちょっとお茶しない?」なんて男の人に声をかけられれば、シャンクスやバギーが「誰よその男!」と言わんばかりにすっ飛んで来て追い払うし。一人旅をしていた間も、音楽活動ばっかりで、異性と長く付き合うことも無かったし。
一人旅中に会ったお兄さんに、恋のお悩み相談でもしてくるべきだったか。BGM代わりに『ありのままで』や『氷の心』を歌ってないでさ。凍った海の上を、自転車の後ろに乗せて渡らせてくれた、同じ歳くらいでハキハキした態度の彼。元気にしてるかな。
多分、初恋はレイリーさんだと思うけど、あれは子どもの頃特有の"大人に対する憧れ"が強いだろうしなぁ。
私は、愛されるより愛したい。
慈しまれるより、慈しみたい。
大切な人たちを大切にしたい。
でもそれは恋愛というよりも、家族愛とか友愛に近い感情だった。
だからだろうか。マルコのアプローチに、動揺や戸惑いばかり起こるのは。
3日経ってから、ようやく貰えた一人部屋のベッドの上で横向きに寝転がり、グランドピアノ型のオルゴールのネジを巻く。子どもの頃から大切にしている、私の宝物。聞き馴染んでいる、澄んだ綺麗な音色が、気持ちを落ち着かせる。
秘密の話をするように口ずさむのは、"真の英雄"を目指す神の子の物語に出てくる歌。恋人を救うために冥界の王と契約したけど、恋人に捨てられたせいで自由を奪われたヒロインが歌う曲。
悲しい思いをしたくない。傷つきたくない。恋に臆病になり、本当の気持ちを言えずに隠してしまう。切ないけど、素直になれない彼女がどこか可愛らしくて、個人的に好きな曲。
彼女ほど酷い恋愛をしたことは無いけど、彼女もこんな風に動揺したり、戸惑ったりしたのかな。相手のことを考えると胸が苦しくて、自分が変になってしまったみたいで、怖いと思うような感覚を知ったのかな。
「……ちゃんと答えを出さないと……」
仰向けになりながら、私は両手で顔を覆った。
***
「そこまであいつのことを意識しておいて、何をためらっているんだ」
「私が知りたい……。恋って何……?」
頭を抱えながらイゾウに相談すると、呆れたような、仕方ないなと見守るような目を向けられた。
マルコは、宴のときはさりげなく私の傍にいる。モビー・ディック号は大きい分、部屋数も多いから迷いそうになるけど、そうならないように案内してくれた。買い物に行ったら、自分から荷物持ちを担当してくれるし、とにかく優しい。手を重ねたり繋いだり、ちょっとしたスキンシップをして、私の反応を楽しんでいるような面もあるけど。
「正直、意外だ。キャロルは随分と
「もしかして面白がってる? 意地悪か??」
ふわりと
「先程、"恋とは何か"と言っていたが、マルコのことを嫌いなわけでは無いんだろう?」
「……うん」
「恋なんてものは、落ちてみなければ分からない。他人が言う恋が、お前が抱いている感情に当てはまるとは限らない。それなら、思い詰めずに、自分の気持ちに正直になるのが一番じゃないのか?」
「やっぱり大事なのはそこだよねえ……。人間関係は素直が一番だし……」
頭上を見上げると、自分の悩みすら風に乗せて舞いあげていくような、セレストブルーの空が広がっていた。
「……もう少し考えてみる。ありがとね、イゾウ」
「ああ。頑張れよ」
***
寂しくて人恋しいから、自分を好いてくれる人を欲しいと思ったわけじゃない。もしそうなら、一人旅してる間に何人か、自分から見つけてるはずだ。
シャンクスたちと同じように、弟みたいに接していた彼を、異性として意識するようになっていた。他愛のない話をしたり、優しくされたりすると、嬉しくてドキドキする。側にいると、最初は緊張するけど、不思議と安心する。自然体になれる。
口調も、声も、手のひらの温かさも、全部
彼が時間をかけてくれたから、気づけた。
「マルコ、ちょっと歌の練習に付き合ってほしいんだけど、いいかな?」
無数のダイヤモンドの欠片を、ばらまいたような空が広がる夜。他の船員たちはそれぞれの部屋に戻っている時間。私は彼を甲板に呼び出した。
足を組んで楽に座っているマルコと向かい合うように、私は立つ。今回は歌に集中したい気分だったから、相棒のニッケルハルパは部屋に置いてきた。白い満月の光に照らされ、私は深呼吸を1つする。
お腹の辺りで両手を組み、歌い出したのは、『ラブ』。中世イングランドの伝説を基にした物語に出てくる歌。主人公は、悪い王子や貴族からお金を取り返し、貧しい人たちに分け与える義賊の狐さん。そんな彼と相思相愛のお姫様が、彼への想いを歌う曲だ。
初めてマルコと会った子どもの頃や、マルコが1番隊隊長を務め、白ひげ海賊団の右腕と見なされる程に成長する未来を思い浮かべながら、ゆったりしたメロディを紡ぐ。
そういえば、一緒に『ハイ・ホー』を歌ったあの日。マルコがシロツメクサの指輪をくれたっけ。映画でも、狐さんがお姫様に、お花の指輪をプレゼントするシーンがあったな。
「私も、マルコが好きだよ。私のこと、好きになってくれて、ありがとう」
月明かりの下で、頬を赤くしている彼が愛おしく、ふわりと微笑む。
「……ほんとか?」
「ホントだよ」
「……っしゃあ!」
破顔してガッツポーズを取るなんて、"絶対落とす"って言ってた人とは思えない反応だなあ。可愛い。
にこにこしながら、座っている彼と目線を合わせるように屈むと、彼の腕が背中にぎゅっと回された。前はびっくりして動けなくなったけど、今はちゃんと抱きしめ返せる。
そのとき、お姫様みたいに抱えられ、視界が高くなった。思わずぱちぱちと瞬きをすると、マルコが甘えるような、それでいて射抜くような目で見つめてくる。
「あの、マルコ? マルコさん? どこへ行こうとしてるのかな?」
「おれの部屋だよい」
「お待ちなさい。移動する意味ある? 理由は?」
「今すぐにでもおれのものにしたい」
「早い早い早い待って待って待っって」
「やだよい」
「やだよいじゃない可愛く言っても許しませんよ」
じたばたと足を動かし、抱っこを嫌がる猫のように腕を突っ張る。"私がマルコを受け入れるまで、何もしない"とは言ってくれたけど、受け入れた瞬間これは、ちょっと信用度が下がりかねんぞ。
「も、もしかして体目当て!?」
「それは違うよい!!」
「それならよかった! いやよくないわ。せめて心の準備をさせてほしいし何ならこういうことは順を追ってした方が良いと思います」
「……キスもだめか?」
「……そ、……それくらいなら、まあ」
腕から下ろされ、甲板に足をつける。マルコの顔が近づき、私は目を閉じた。ふに、と柔らかいものが重なる感触がした後、小鳥がついばむように何度も繰り返される。くすぐったさに、体の力が程よく抜けてきた。
顔が離れ、マルコが私の肩に顔を埋める。ぎゅう、と強く、でも苦しくない程度に抱きしめられて、大切にしようとしてくれてるんだなと感じた。
「これから長い付き合いになるんだから、焦らずゆっくりでお願いします」
「……善処するよい」
「あと経験無いから優しくしてね」
「大事にするよい」
静かな夢のように、星が降る。
それは、人生で一番美しい夜のことだった。