夢の歌を紡ぎながら、未来の海賊たちを慈しむ音楽家見習いの話
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ゆうらり、ゆうらり。メロディにあわせて揺れながら、私が知っている船乗りの歌を歌う。心のコンパスを信じて、宝物を探す歌。腕の中にある、やわらかくて重たいぬくもりを見下ろすと、赤い髪のちびちゃんがごきげんそうに笑っていた。
「君にとっては、黄金と友達、どっちが宝物になるのかな」
「うー?」
「大きくなったら、一緒に歌おうね。シャンクス」
「あー、う!」
元気なお返事をする赤ちゃんの名前は、シャンクス。歳は1歳くらい。船長が取ってきた宝物の中に、まぎれ込んでいたのがきっかけで、この船に乗っている。将来は海賊見習いになる予定だ。
申し遅れた。私はロジャー海賊団の音楽家見習い。名前はバルカローラ・キャロル。歳は11歳。ゆくゆくは父さんみたいに、この船の立派な音楽家になる予定。そして、冒頭の歌で察している人もいるであろうが、転生者である。
オーロ・ジャクソン号に乗るまでは、平和な田舎の村で母さんと2人暮らしをしていた。母さんが病気で寝たきりになった時、やって来たのが父さんだった。
離れていた時間を埋めるように母さんと語り合い、落ち着いた低い声で優しい歌を歌い、ニッケルハルパという楽器を鳴らす。突然家に来た知らない男の人を、警戒していた私の心すら解きほぐすような音楽を、その人は奏でた。母さんが何の遠慮もなく楽しそうに笑う顔も、小さいけれど綺麗な声で歌う姿も、久しぶりに見た。
母さんは数日後、父さんの音色に包まれながら、眠るように安らかに天国へと旅立った。お葬式を終わらせ、最後にお墓の前で母さんが好きだった曲を演奏してから、父さんは言った。
「音楽は好きか?」
「うん、すき」
「それは何故だ?」
「父さんのおんがく、母さんをえがおにしてた。母さん、しあわせそうだった。私も、あんなふうに、だれかをしあわせにしてみたい」
父さんの目を見て、真剣な気持ちで答える。父さんはふっと優しく微笑んで、私の手を握った。大きくてしっかりした、温かい手だ。
「父さんと一緒に行くか」
「うん!」
当時の私は7歳。荷物をまとめて、住んでいた家にさよならをする。父さんと手を繋いで港に行くと、大きなドクロマークが描かれた、ワインレッドの帆を持つ大きな船があった。
「やっと帰ったか! シャンソン!」
父さんの名前を呼びながら、絵本に出てくる、海賊の船長そのものみたいな人が現れる。ドクロマークがついた帽子。立派な口ヒゲ。白い歯がのぞく笑顔。見上げなきゃいけないほど大きい体。
「……あ、」
「ああ。今帰ったぞ、ロジャー」
「そっちにいるのがお前の娘か?」
「そうだ。全員に紹介したい。うちの音楽家見習いとしてここに置かせてくれ」
――おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやるぜ……。
――探してみろ。この世の全てをそこに置いてきた。
頭に流れるのは、手枷を嵌められ、交差された剣の中央に頭を垂れる男の人。死が目前に迫っているのに、不敵に笑って宣言するその姿。
「……ごーるど・ろじゃー……?」
「ん? おれを知ってるのか! だがなァ、違うぜ。お嬢ちゃん。おれの名は"ゴール・D・ロジャー"だ!」
その時初めて、私は自分があの少年漫画の世界にいることを自覚した。しかも"海賊王"が存命という、原作が始まるよりずっと前の時代。幼女の脳では情報の処理が追いつかなかったらしく、ひっくり返ったのは言うまでもない。
シャンクスの短い深紅色の髪をなでる。このちいちゃくて天使みたいにかわゆい子が、将来筋肉がついてヒゲも生えて、あんなに雄々しくたくましく成長するのか……。楽しみなような、少しだけ残念なような……。
今のうちに、このもちもちすべすべなほっぺたとかを堪能しておこう。ミンク族の挨拶であるガルチューのように、シャンクスにそっと頬擦りをすると、シャンクスはくすぐったいのかきゃらきゃら笑っていた。
「きゃあーーー!」
シャンクスを大空に掲げるように、腕を伸ばして高く抱き上げて、生命の輪の歌を歌う。こうするとシャンクスは、めちゃくちゃ楽しそうにするので、あやすときによくやっている。あと私が楽しい。気分はラ〇ィキ。
「すっかりシャンクスの面倒を見るのに慣れたな。キャロル」
「レイリーさん!」
かけられた声に振り向くと、くつくつとおかしそうに笑っているレイリーさんがいた。はしゃぎ過ぎたところを見られた気分で、ちょっと恥ずかしい。シャンクスを抱え直すと、レイリーさんは私とシャンクスの頭を一緒になでた。
「最初の頃が懐かしい。なかなかシャンクスが泣き止まなくて、全員がオロオロしていた」
「"泣く子も黙る海賊"なのに、ぜんぜん通用しませんでしたねー」
「あの時は、キャロルがシャンクスにオルゴールの音色を聞かせてくれたおかげで、泣き止んだな」
「オルゴールの音色は、病気の治癒や子どもの夜泣きに効果があるって(前世で)読んだことがありまして」
「私がプレゼントしたオルゴール、大切に使ってくれて嬉しいぞ」
それは、この船に乗って初めての誕生日に、レイリーさんがプレゼントしてくれた宝物。スワロフスキーのクリスタルガラスや、バラの花の彫刻がある、グランドピアノ型のアンチモニーオルゴール。8歳の子どもにあげるには、ちょっと豪華すぎじゃないかと思ったけど、せっかくもらったので大事にしている。今では小さな宝石を入れたりと、宝箱としても使っている。
「そうだ。私にも歌を聞かせてくれないか? 小さな音楽家さん」
「いいですよ! 何にしますか?」
「そうだな……。本当のヒーローを目指す、神の子の歌を」
「分かりました!」
シャンクスをレイリーさんに抱っこしてもらい、息を深く吸う。光り輝く場所を目指し、希望を胸に長い道を歩き続ける。その歌は、宝物を求めて冒険をする私たちにも、どこか似ているように思えた。
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