この世で誰より綺麗なあなたに
「君たちが不死身なのは分かってる」
「でも、無茶はしないでね」
「君たちは、私の大事な仲間なんだから」
いつも目線を合わせて話をしてくれる。一緒にいれば、おいしいバナナがたくさん食べられるし、刺激的で楽しいことばかり起こる。いつも優しくて、それでいて戦う姿は容赦がなくて最高にワルだ。
***
海軍本部マリンフォード。
白ひげ大艦隊と、海軍及び王下七武海による頂上戦争の最中。
キュイイイイイン……ドン!
奇妙な音が聞こえた後。ルフィとエースに振り下ろされようとしていた拳ごと、海軍本部大将・サカズキの右半身が、文字通り凍りついた。
「エース! ルフィ連れて早く行って!」
黄色いパーカーに青いデニムのズボン。海賊や海兵が入り乱れて戦っている中で、1人だけ場違いにすら見える格好。頭につけているゴーグルが、光を反射してチカリと瞬く。
送風機が付いている、変わった形の銃をサカズキに向けていたのは、"賞金稼ぎナナ"だった。
***
冷凍光線銃で凍らせた腕を、赤犬さんに瞬時に溶かされ、思わず舌打ちをする。ちくしょうマグマ人間め。やっぱり頭を狙うか、一気に全身凍らせないとダメか。
「邪魔をするな、小娘……!」
「っ絶対! 嫌です!」
ギロリと燃えるような目で睨まれ、後退しそうになった足を踏ん張る。
ここに来た時点で、海軍に楯突いたことは確定してる。一応海軍と持ちつ持たれつだった、賞金稼ぎにはもう戻れない。後には引けない。それなら何だってやってやる。
「エースは殺させない!」
「そいつはゴールド・ロジャーの血を引いちょる……。正義のために、殺さねばならん! それが世界の平和のためじゃけェ……!」
マグマの熱に焼かれないように距離を取りながら、狙って引き金を引くのが難しい。マグマは火山岩か深成岩にでもなってろと呪いつつ、少しでも溶かされる前に凍らせようと銃を乱射する。
「親の罪を子どもに引き継がせないでください! 確かにエースは食い逃げ常習犯だし人の服で顔拭くし、真っ当な正義にふさわしい人とは言えないかもしれませんけど……!」
「何の話をしちょるんじゃおどれはぁ!」
「それでも! 白ひげ海賊団の皆さんやルフィたちにとっては、かけがえの無い宝物なんです!」
勝負は1回きり。落とさないように、きつく銃を握りしめる。
「私にとっても大事な人です! 世界中に否定されようが、どうでもいい! 私はエースに生きてほしい! だから全力で邪魔します!」
赤犬さんからボコボコと赤黒いマグマが勢いよく吹き出し、肌を焦がしそうな凄まじい熱が辺りに満ちた。
拳が迫るのが、スローモーションで見える。
腕を掲げて彼の頭を狙い、私は引き金を引いた。
***
サカズキの頭部が氷に覆われるのと、サカズキの拳がナナの腹を貫くのは、ほぼ同時だった。肉が焦げる匂いと、血の匂いが周囲に漂う。
「ナナああああっ!」
戦場にエースの叫びが響いた。
チーズ銃を使って海兵の妨害をしていたケビンたちも、ナナの体がずるりとサカズキの腕から抜け、倒れていくのを見た。彼らは走る。自分たちのボスを治せる存在のもとへ。
白ひげ海賊団1番隊隊長・不死鳥マルコ。
彼にかけられた海楼石の手錠に、オットーが飛びつく。オーバーオールから取り出した針金を、鍵穴に差し込み、ガチャガチャと動かしていく。海兵たちが止めようと、オットーに剣を振りかざしたとき。
「「「ヤーーーーッ!!」」」
ケビン、スチュアート、ボブの3人が、マルコとオットーを守るように立ちはだかり、衝撃波に似た気迫を放った。かつてカンフーマスターに教わった、「内なる野性を呼び起こせ」という言葉が、彼らの中に息づいていたのだ。
海兵が軒並み吹き飛ばされ、マルコの手首から手錠が落ちる。
「☆§□〇╳╳Щ!!」
「カミン! カミン!」
普段の能天気さからは想像できないほど、切羽詰まった様子で、マルコを押したり引っ張ったりしてくるケビンたち。彼らを抱え、マルコは青い炎をまとう不死鳥の姿に変化した。
「助かったよい、お前ら!」
上空から、ナナを抱きかかえて、ルフィと共に船に向かって走るエースを見つける。彼の元に舞い降りると、エースが焦りとショックを隠しきれない表情で口を開いた。
「マルコ! ナナが……!」
「分かってる」
いくら致命傷を負っていたとしても、弟分を助けてくれたナナをこのまま見殺しにする選択肢は、マルコに無かった。穴がぽっかりと空いている彼女の腹に、再生の炎を当てる。ヒューヒューと不規則でか細かった息が、少しだけ穏やかになっていった。
***
「ナナ! ナナ! おいしっかりしろ!」
近くで聞こえる大きな声に、薄く目を開く。ぼんやりとエースの顔が見えた。体が上手く動かないし、視界も何だか霞んでいる。
「えー、す」
「ナナ!」
「ボス!」
エースの他にも、ルフィやマルコさんであろう姿や、ケビンたちの姿が見えた。よかった。私、エースとルフィのこと、ちゃんと守れたんだ。
自分の体に目を落とすと、貫かれたお腹の辺りで青い炎が揺れている。不思議と熱くなくて、むしろ寒いくらい。エースに抱かれている肩や背中は、あたたかい。
「えーす。前に、"さびしいなら、おれがいっしょにいてやる"って、言って、くれたよね」
突然そんな話を切り出したからか、エースが戸惑ったような表情を浮かべる。
「あれ、うれしかった。……ありがとう」
私はこの世界にいるはずが無い存在。いなくても良い存在。いないことが当然の存在だった。ミニオンたちは大事な仲間だけど、私と似た境遇の人間はいない。そのことが、寂しかった。
でも、エースが一緒にいると言ってくれた。この世界にとってのバグだと思っていた私に、そんな言葉を贈ってくれた。それが、とても嬉しかった。
「……何、昔のことみたいに言ってんだよ。これからずっと、好きなだけ一緒にいられるだろ!?」
私を抱きしめる腕に力がこもる。信じたくない。認めたくない。震える声からも、そんな気持ちが伝わってくるみたいだった。
マルコさんの炎が、私の命をギリギリまで繋いでくれているのが分かる。もう少しだけ、もう少しだけ時間が欲しい。
鉄錆の味がして、口元が生温かい液体で汚れる感覚がする。もう目の前がぼやけて、よく分からない。でもなぜか、エースが今にも泣きそうなくらい、顔をゆがめている気がした。
笑っていてほしいな。
元気に生きてほしいな。
仲間や兄弟と幸せに暮らしてほしいな。
「えーす」
紙に焼き付いていたインク越しに眺めていた感情が、胸の中に湧き上がってくる。
彼を一番、守りたいと思うこと。
自分よりも誰かのことを、大切に思うこと。
ああ、こんな感情なんだな。
「あいしてる」
***
柔らかな笑みだった。
満ち足りた笑みだった。
血を流しながらも、幸福そうに微笑んで目を閉じた彼女を、エースは呆然としたように見下ろしていた。再生の炎が消え、彼女の体が少しずつ透けていく。それに気づいたエースが、彼女の体をきつく抱きしめたとき、彼女の体がパチンと白い光の欠片に変わった。
腕の中にいた存在が消え去り、エースの体が前のめりにくずおれる。
「……ぅ、あ……」
光の欠片が、はらはらとエースに寄り添うようにふれて、溶けていく。
エースの肩が、背中が震え、くぐもった声が嗚咽に変わる。
「うあ゛あ゛あああああああ……っ!!」
片割れを失った獣のような
***
ミニオンたちが、チーズ銃で多くの海兵たちをチーズまみれにし、無力化させる。更にトンカチやモルゲンステルン等の鈍器を振り回して、すばしっこく戦場を駆け回った。そのことが、海賊たちに少しでも余裕を持たせた。
ナナがかつて、ニューゲートに贈ったオイノー島の酒。それはニューゲートの病を回復させ、彼の戦いを支えていた。
大渦蜘蛛スクアードが、ニューゲートを刺そうと刀を抜いた時。戦いの中で偶然にもニューゲートの側に吹っ飛ばされたボブが、スクアードの
ナナがサカズキの頭部を凍らせ、行動不能にしたことで、海賊たちが撤退する際の負担が軽くなった。
そんな積み重ねが、変化をもたらした。
「"ひとつなぎの大秘宝"は実在する」という言葉を遺し、エドワード・ニューゲートは、怪我ではなく寿命により亡くなる。船の上で愛する息子たちに看取られながら、安らかに息を引き取った。
マーシャル・D・ティーチは、グラグラの実の能力を手に入れることができず、撤退した。
海軍は、ポートガス・D・エースの公開処刑を行うことができないまま、彼を取り逃がした。
そして"賞金稼ぎナナ"は、骨の1本も残さず消滅した。
生きているのか、死んでいるのか。どこへ行ったのかも、はっきりとは分からない。ボスを失ったミニオンたちは、泣きながらフェロニアス号に乗って、海の彼方へと去っていった。
「バイバイ」
寂しそうに手を振り、仲間を追いかけていくボブの後ろ姿を、エースは引き止められなかった。ボスがいなくなったことで、彼らがここにいる理由が無くなったのだと分かったからだ。
ミニオンたちにとってのボスは、彼女しかいない。
自分たちにとっての"親父"が、ニューゲートしかいないように。