黄色い子分が間違って連れて行かれたので、手土産片手に追いかけます。
「誰かその兄ちゃん捕まえてくれー! 食い逃げだー!」
遠くから、聞き覚えのある大きな声が聞こえた。すごい勢いで走ってくる男の人が見えて、思わず足を出す。彼はそれに引っかかったけれど、すぐに体勢を立て直して行ってしまった。
「フォーメーションB! スチュアートとボブは港に先回りして! ケビンは私と行動! 挟み撃ちにするよ!」
「「「オーケイ!」」」
無銭飲食、ダメ絶対。背中に刻まれている、三日月みたいな白いヒゲをつけたドクロマークを、私とケビンは見失わないように追いかけた。
「そこのテンガロンハットの人! 止まれー!」
いや逃げ足速すぎるだろあのお兄さん。さてはその道のプロか? ローラースケートでも履いてくるんだった。
走って、走って、走り続けて、目の前に海が見えてくる。その時、物陰から飛び出てきたスチュアートがお兄さんの足元に滑り込む。だけどジャンプで回避され、スチュアートはそのまま壁にぶつかった。
「スチュアート!」
ケビンが、目を回しているスチュアートの方にすっ飛んでいく。すると別の場所に隠れていたらしいボブが、お兄さんの背中にひっついた。
「よし、ボブ! そのまま……」
捕まえてて、と言う前に、お兄さんがグッと足に力を込め、思い切り飛んだ。見上げるほど大きな船の縄ばしごに捕まり、そのまま登っていく。背中にボブをぶら下げたまま。
「え、ちょっと待……」
後はお兄さんを待っていただけだったのか、船がゆっくりと動き出す。
「ボッ、ボブーーーーーーーッ!?」
息を切らしながら桟橋まで走るけど、もう遅い。後から来たケビンやスチュアートも、慌てたように飛び跳ねたり、私の周りを走ったりしている。
「ケビン、スチュアート! 先に船戻ってて! あの船を追いかけるよ!」
指示を出すと、2人はフェロニアス号へと急いで走っていく。痛む脇腹を押さえながら来た道を戻ろうとすると、コックコートを来た見覚えのあるおじさんが汗をかきながら駆けてきた。
「ひ、一足遅かったか……」
「おじさんのお店で食い逃げされちゃったんですか?」
「そうなんだよ……。トホホ。あんなに元気よく"ご馳走様でした"とお辞儀をして、代金を払わない人がいるなんて……」
何だそりゃ。余計にタチが悪くないか。
「あのお兄さんの食事代、何円……じゃなかった。何ベリーですか?」
「え? 9000ベリーだけど……」
「私が代わりに払います。手書きでもいいので、領収書いただけたらありがたいです」
お財布からお金を取りだして、おじさんに渡す。おじさんは驚きながらも受け取って、ポケットから取り出したメモ帳とペンで領収書を用意してくれた。
「あ、ありがとうお嬢ちゃん。だが、どうしてここまでしてくれるんだい?」
「前におじさんのお店でいただいたミートソースパスタ、すごく美味しかったので。損してほしくないんです」
「お嬢ちゃん……! 本当にありがとう! また来てくれよな!」
「はい! 急ぐので失礼します!」
***
モニターがたくさん並んだ部屋で、キーボードを使って情報を打ち込む。なぜかこの部屋は私がいた世界とほとんど変わらず、検索すればどんな情報でも出てくるようになっていた。元の世界のパソコンを持ち込んだような便利さだ。
クジラみたいな船の特徴で検索すると、モビー・ディック号という名前と共に、船員たちの名前や顔写真が出てくる。1番上の人物を見て、私は目を見開いた。
「白ひげさんじゃん!!?」
相手がまさかの、エドワード・ニューゲート率いる白ひげ海賊団。追いかけていたお兄さんの後ろ姿を、よくよく思い返しながら写真を確認していくと、2番隊隊長ポートガス・D・エースを見つけた。何で気づかなかったんだろう。
まずい。このまま追いついたら、賞金稼ぎのフェロニアス号が白ひげ海賊団にカチコミに来たと誤解されかねない。それは面倒すぎる。何か対策考えなきゃ……!
***
一方その頃、モビー・ディック号では。
「ベロー!」
「何だお前、どこから来たんだ?」
末っ子エースが連れてきた、謎のちいちゃい生き物を皆で囲んでいた。黄色いそいつは、筋肉ムキムキの大男たちに囲まれても、全く怖がらずにクリクリした目で見つめ返してくる。
「エース、どこで拾ってきたんだよい」
「分かんねえ。気づいたら背中にくっついてた」
つるんとした頭を撫でてみると、生き物は嬉しそうにニコニコ笑っている。昔のルフィを思い出しながら、エースはわしゃわしゃと生き物の頭を撫でくりまわした。
「おやつに作ってたバナナケーキ食うか?」
「バナナー!」
「大興奮じゃねえか」
「好物っぽいな」
「お前、名前はあんのか?」
エースの質問に、サッチからもらったバナナケーキを頬張っていた生き物が、顔を上げる。
「ボブ!」
***
「船が近づいてくるぞー!」
見張り台にいた船員の声に、白ひげ海賊団の全員が反応する。遠目からでも分かる色彩豊かな帆と、黄色い旗。最近名を聞くようになった賞金稼ぎの船と、特徴が一致する。
「うちに手ぇ出そうとするなんざ、いい度胸してんじゃねえか……、?」
戦闘態勢に入ろうとしていた彼らは、思わず動きを止めた。帆の下で、白いものがパタパタとひらめいている。1枚だけじゃなく、何枚も何枚も。白いハンカチやシーツと思わしき布を、何人かが思い切り振っていた。
「……何であいつら、まだ戦ってねえのに降伏の印を掲げてんだ?」
自分たちの首を取りに来たのではないのか? 何か別の理由があるのか? 様子を見ることにした彼らの目に、チカッと光るものが映る。モールス信号だ。
"本日は晴天なり。本日は晴天なり"
"初めまして。フェロニアス号の船長です"
"そちらに私の仲間が間違って乗ってしまったため、お迎えに来ました"
"そのため、乗船の許可をいただきたいです"
"何とぞ、よろしくお願いいたします"
「……だそうです!」
「えらく丁寧な賞金稼ぎだな」
「間違って乗った仲間って……ボブのことか?」
「オヤジ、どうするよい?」
マルコが、椅子にどっしりと腰かけた船長――エドワード・ニューゲートの方を振り返る。
ナースたちに可愛がられていたボブを、指先に乗せ、膝の上に座らせながらニューゲートは口を開いた。
「いい酒は持ってきてんのか、聞いとけ」
その顔は、どこか愉快そうに笑っていた。
***
「よいしょっ、と」
船がモビー・ディック号の隣につき、布袋を背負った1人の人物が、軽い身のこなしで乗り込んでくる。
噂通りの若い女性だったが、海賊たちが抱いていたイメージと、彼女は大分違っていた。海賊に容赦が無いと聞くから、てっきりガタイが良くてさぞ凶悪な面をしているに違いないと、まことしやかに囁かれていたのだ。
実際の彼女は、エースより25cmくらい背が低く、殴られればすぐに吹き飛びそうな体つきをしていた。黄色い半袖のパーカーに、青いデニムのズボン、白いスリッポンと動きやすさを重視したような格好をしている。頭につけたゴーグルも含めて、ボブと親子のような服装だ。
「白ひげ海賊団の皆さん、初めまして。フェロニアス号の船長です」
貫禄は無いが、リーダーを務めている者らしい凛とした態度。背筋を伸ばしてきっちり礼をする姿からは、味方ではない船に1人という不利な状況にいることを感じさせなかった。
「こちら、お土産の品です。お納めください」
背負っていた布袋を下ろし、中身を彼女が並べていく。ルビーのようにツヤツヤ光る林檎が1袋と、酒瓶が3本。瓶のラベルをじっくりと眺めたニューゲートは、彼女に問いかける。
「娘、この酒をどこで手に入れた?」
「? 前にお邪魔した島でいただきました」
キョトンとした顔をしてから、彼女は酒を手に入れた経緯を話した。立ち寄った島で、乱暴しようとしていた海賊がいたため、倒して海軍に引き渡したという。その際に島民から、お礼だと言われて、酒やジュースや果物を贈られたらしい。
ヴィンテージワイン2本の他に、赤いラベルが貼られた瓶を手に取り、ニューゲートは語る。
「こいつは、オイノー島の滝からしか汲めないと言われる酒だ。飲めば自然治癒の力を上げ、病も傷も癒すと聞く」
そんな貴重なもんを寄越していいのか? と言うように、ニューゲートはニヤリと笑ってみせる。伝説に聞く酒が目の前にあることに、白ひげ海賊団のメンバーがざわついた。
「私たち、お酒飲めないので。皆さんで美味しく召し上がってください」
宝に無頓着なのか、彼女は動じずに微笑む。
「グララララ! それならありがたく貰うとするか!」
船が揺れるほど豪快に笑い、ニューゲートは彼女の手土産を受け取った。そして、膝の上でぴょんぴょん飛び跳ねていたボブを指先ですくい、彼女の前に下ろす。
「ボスー」
「ボブ、迎えに来たよ」
ひし、と抱きしめ合う2人を、穏やかな目で見下ろしながら、ニューゲートは聞いた。
「娘、名前は?」
「えーと……」
「?」
「ナナです」
「何ださっきの間は。偽名か?」
「中途半端に記憶喪失なのか、自分の名前を思い出せなくて。今つけました」
首を傾げるボブを見つめてから、そう答えた彼女に、ニューゲートはまた笑った。
「そういえば、この船でお金の管理をしてる方はどなたですか?」
「明確には決めてねえが、そういうのを大体まとめてるのはマルコだな」
「おれだよい」
「そちらのエースさんのお食事代、こちらで立て替えたので、お支払いお願いします。これ請求書です」
「またエースが食い逃げしたのか。それにしても、他人の飯代をわざわざ払うなんて、随分とお人好しだよい。何で賞金稼ぎやってるんだ?」
「たくさんお金もらえるので、バナナのまとめ買いがしやすいからですね」
話していると、真面目さとどこかマイペースさが共存しているような空気を感じる。それから、海賊に支払いを請求する、抜け目の無さと謎の度胸も。
(噂は当てにならねえな)
小さく笑いながら、マルコは9000ベリーを彼女に払う。ついでにエースを呼んで頭を下げさせた。礼はしっかりするのがうちの流儀である。
***
ボブを迎えに行ったら、すぐサヨナラの予定だった。ところが、「せっかくいい酒を貰ったから宴をしよう」と白ひげさんが言い出し、なぜか私とボブも参加することになった。どうしてこうなった。
仲間はずれは可哀想なので、ミニオンたちもフェロニアス号の甲板で、バナナを食べながら盛り上がっている。彼らの綺麗なフォーメーションダンスと陽気な歌を肴に、お酒を飲んだりご飯を食べたりする白ひげ海賊団の皆さんは楽しそうだ。
「ランランラー、ランランラー」
ボブはバナナや林檎をお腹いっぱい食べてから、白ひげさんの膝の上にちょこんと座って、ティムと無邪気に遊んでいる。白ひげさんと比べると、ボブの小ささと白ひげさんの大きさが余計に目立つ。白ひげさんの片手で、ボブをすっぽり覆ってしまえそうだ。
「ナナ、おれの娘にならねえか?」
「あいつ将来大物になるぞ」という話し声を聞きながら、気さくなサッチさんがよそってくれたシーフードグラタンやサラダ、ぶ厚く切って焼かれたベーコンをもぐもぐ食べていたとき。白ひげさんにそんなことを言われた。
「海賊の船長さんが、賞金稼ぎにそんなこと言っていいんですか?」
「グララララ、肩書きなんざ関係ねぇ。おれァ、お前の心が気に入った」
ボブの頭を人差し指で撫でながら、白ひげさんは口角を上げる。
「ここって戦闘員の採用枠あります?」
「おれの船には、女の戦闘員は乗せない主義だ」
「それは残念です」
料理は十人並みだし、医療は応急手当しかできない。賞金稼ぎの経験から、自信があるのは戦うことだけど、この船では無理そうだ。
「正直、その提案は嬉しいし光栄です。私には私の船と仲間があるので、この船には乗れません。でも、何かあったらお手伝いしますので、必要なときは呼んでください」
差し出した手に、白ひげさんが手を重ねる。握手するときは、彼の人差し指を握った方がいいんじゃないかと思うくらい大きくて、力強くて、温かい手だった。
***
フェロニアス号の船長と、白ひげ海賊団の船長が盃を交わす。それを見守っていた船員たちは、彼女の体がぱたりと甲板に倒れたのを見て、度肝を抜かれた。
「おい、大丈夫か?!」
いち早く動いたのは、船医のマルコだった。駆け寄って抱き起こすと、ぐらりと揺れる頭。そして、すぴすぴと聞こえてくる、規則正しい呼吸音。どうやら寝てるだけらしい。
「酒飲めないってこういうことか……」
「海賊船で寝落ちるって、無防備過ぎるだろ。このお嬢ちゃん本当に賞金稼ぎか?」
「猪口で1杯分の量しか入れてないはずなんだが……」
白ひげ海賊団のメンバーは、食事中に電池が切れたように寝落ちること自体は、エースで慣れていた。しかし味方になったとはいえ、男が多い船で寝落ちる彼女の無防備さには、ついハラハラしてしまう。
「寝ちまったんなら、こいつの船に寝かせてくるか?」
飯代を出してもらった恩があるエースは、ひょいと彼女を肩に担いだ。そのとき、自分とは違う、細くて柔らかい感触にぎょっとする。
モビー・ディック号には、船医チームのナースたちも乗っている。だが、こんな風にふれる機会はあまり無かったため、エースは思わず固まった。
「エース、変な気起こすなよい」
「起こさねーよ!!」
頬を赤くして吠えかかるように言いながら、エースは彼女を落とさないように腕に力を込め、隣の船に飛び移る。彼女がミニオンと呼んでいた生き物たちに、案内を頼む姿を眺めてから、マルコはボブに向き直った。
「伝言……は無理そうか。お前のボスが起きたら、この手紙と薬を渡してくれよい」
「オーケイ」
ボブは、手紙と薬を大事そうに、オーバーオールのポケットに仕舞う。船に乗り込もうにも、小さな体では難しそうだったため、マルコはボブを抱えてフェロニアス号に入れてあげた。
「タンキュー。バイバーイ」
「おう、またな」
小さな手をぱたぱた振っているボブに、船員たちはほっこりしながら手を振り返した。
***
翌朝。いつの間に戻ってきたのか、自室のベッドの上で目が覚めた。お酒を飲んだ以降の記憶が無いけど、何かぐっすり眠れた気がする。
「ボスー」
「どうしたの、ボブ。……手紙?」
ソファに座っていたボブがぴょこんと飛び降り、手紙と包みを渡してくれた。何だろうと思いながら包みを開くと、ころりと錠剤が何粒か出てくる。手紙に目を通してみると、丁寧な字が書かれていた。
"酒を飲んだ後すぐに寝ちまったから、エースがそっちの船に送り届けたよい"
"一応ボブに二日酔いの薬を預けたから、頭痛や吐き気があったときは飲んでくれ"
"P.S.男の前で酒は飲むなよい。マルコより"
「優しいなー2人とも」
少しなら大丈夫と思ったんだけど、私って本当にお酒弱いんだな。次から気をつけよう。白ひげ海賊団の皆さんが優しい人でよかった。
トラブル起こして迷惑かけないように、傘下の海賊団もちゃんと調べておかないと。
「さて、今日も一日頑張りますか!」
次に上陸した島で、また食い逃げしてるエースを見つけて。捕まえた後お店の人に対して、ごめんなさいさせるのは、また別の話。