【IF】ハートにあふれた未来を、あなたと


前略。ミニオンたちを調べるために、トラくんがフェロニアス号に来ました。

「こいつはロー。おれの旧友で家族みたいなもんだ。皆、仲良くしてくれ!」

にこにこしながら、ミニオンたちにトラくんを紹介するロシーさん。その横に並んで、仏頂面でミニオンたちを見下ろしているトラくん。対比がすごい。でもよく見たら、ふわふわの帽子の下にある耳が、ほんのり赤みを帯びていた。

「彼、君たちのこと知りたいんだって。協力してくれるかな?」
「Yeahーー!!」

めったに来ないお客さんに興味津々のようで、ミニオンたちがトラくんの足元に群がる。すらっとした強面お兄さんが、小さくて黄色い集団の真ん中にポツンと立ってるの、何か面白いな。そう思いながら眺めていると、私の足に誰かがひしっと抱きつく。視線を落とすと、そこにはケビンがいた。

「ケビン? どうかした?」
「○‪✕‬△□……」
「トラくんがトラウマになってるのか」

自分が生きたまま、バラバラに分解されたら、そりゃ怖いよな。抱き上げて背中をよしよしと撫でると、ケビンが私の首にぎゅっとしがみついてきた。

「"ROOM"、"スキャン"」

離れた場所に座ってトラくんを見守ると、薄い青色の膜がミニオンたちを包む。面白いことが始まったようにはしゃぐ子や、何が起きたか分からず慌てている子の中から、トラくんが近くにいたジェリーを持ち上げた。

「気を楽にしろ。すぐに終わる」
「?」

真面目な顔で、ジェリーの短い手足をみょんと伸ばした後、掴みかかるように腕を突き出す。

「"メス"」

コロン、とジェリーの体から、透明な四角い箱が落ちた。その中にあるものを見た瞬間、怖がりなジェリーが悲鳴をあげる。

「ワ゛ーーーッ!?」
「ア゛ーーーッ!?」
「ノォーーーッ!?」

つられたように大騒ぎする、ミニオンたちとロシーさん。小さな箱の中で、ドクドクと動くのは、ジェリーの心臓。ぽっかり空いた胸に、手をぺたぺた当てて、ジェリーがパニックになる。トラくんの手から抜け出したジェリーを、他のミニオンたちは、興味深そうに囲んでいた。

「ФСИБАЗ?」
「●△*♪◇○!」

ヒックヒックとしゃくりあげているジェリーを、慰める子。ジェリーの心臓を、いろんな角度から観察しているトラくんの足に、ぽかぽかとパンチをする子。様々な反応だ。ジェリーの胸の穴に手を出し入れしている子は、ジェリーがかわいそうだからやめて差し上げなさい。

観察を終えたトラくんが、ジェリーの心臓を彼の体に戻す。穴が塞がり、元通りになったジェリーを見て、ミニオンたちが歓声を上げた。また箱が転がり出ないかと、ジェリーの胸を押している子もいる。

「終わったぞ」

青いドーム状の膜が消えた途端、ジェリーが私の方にすっ飛んできた。ケビンと一緒に、私の体に顔を埋めて、しがみついてくる。新たにトラウマを植え付けられた子が増えてしまった。よしよし、自分の心臓をいきなり抜き出されて、怖かったね。

***

「……お前、1人でこの人数の世話をしてるのか?」
「そうだけど。どうかした?」

大太刀(確か名前は鬼哭)に、ぶら下がっているミニオンを振り落としながら、トラくんが問いかけてきた。彼に慣れてきたので敬語を外すと、彼は信じがたそうに、眉間にシワを寄せている。

「ガキ同然のこいつらと、ドジ踏みまくるコラさんの世話を1人で……?」
「ロシーさんの面倒なら、あの子たちも見てくれてるよ。ほら」

甲板の隅を指さす。そこにはタバコを吸っているロシーさんがいて、今日も彼の肩から、オレンジ色の火が上がっていた。ミニオンたちがバケツを持って、私とトラくんの横をとことこ駆けていく。もちろんサイレンの音真似つき。

「ビードゥービードゥー!」

しゃがみ込んだロシーさんに、バシャバシャと水がかかる。遊園地でやる、水かけ仕様のイベントみたいだ。消火が終わると、今度はタオルを持ったミニオンたちが駆け寄っていく。

「すまねェ、いつもありがとう」
「■ИС§А♪」

タオルで髪や顔を拭かれながら、ずぶ濡れになったロシーさんが照れたようにお礼を言う。でっかいお兄さんが、小さくて可愛い生き物たちに世話を焼かれている。何かほっこりする絵面だな。トラくんはと言うと、チョッパーを頭にくくり付けられた時みたいな顔をしていた。

「ボスー」

そのとき、ボブがちょこちょこと足元に寄ってきて、私のズボンの裾を軽く引く。しゃがみ込んで話を聞くと、ボブは驚くようなことを言った。

「えっ、ほんとに? 怖くないの?」
「どうした」
「ボブが、心臓抜き取るやつ、やってみたいって言ってる」

左右で色が違う目を、期待するように輝かせて、ボブが私とトラくんを交互に見る。

「あれは遊ぶための能力じゃねェ」
「ペッパポー……?」

両手を組み合わせ、大きな目をうるうるさせながら、ボブはトラくんを見上げた。ミニオンたちがいつの間にか覚えた、あざと可愛いおねだりだ。トラくんが少しの間黙り込み、ため息をつく。

「"ROOM"、"メス"」

青色の膜に包まれた後、ボブの体からころんと箱が落ちる。透明な箱に入った自分の心臓を、ボブは楽しそうな声を上げて持った。

その手つきは少し危なっかしい。顔の横(人間だったら耳がある場所)に押し当てて、音を聞くように目を閉じたり。お気に入りのおもちゃを扱うように、両手で持って上下に振ったりしている。

「ボブ? それ君の大事なものだからね? しっかり持ってるんだよ?」

"自分の体の中に入っていたもの"という物珍しさが、"自分にとって大事な臓器"という認識を上回っているのだろうか。ハラハラしながら声をかけたとき、ボブの手から心臓がポロッと落ちた。言わんこっちゃない。

両手で受け止めて、安堵の息を吐き出す。するとトラくんが心臓を取り上げ、ボブの胸にはめ込んだ。死を表す言葉が刻まれた指で、ボブの心臓がある部分にトンとふれる。

「これはお前の命だ。大事に扱え」
「タンキュー」

意味はちゃんと伝わっただろうか。ボブはニコッと笑って答え、トラくんと私に1回ずつハグをする。そしてポケットからバナナを1本取り出し、トラくんに差し出した。

「パラトゥ!」
「……何だこれは」
「バナナー!」
「それは見りゃ分かる」
「ボブからトラくんに、お礼だって」

ボブの曇りなき眼に、さすがの彼も抗えなかったか。思わずといった様子で、トラくんがゆっくりバナナを受け取る。ボブは嬉しそうにぴょこんと飛び跳ねてから、仲間たちの方へとことこ走っていった。小さな背中が、黄色い集団に混ざり、見えなくなる。

「ちなみにそれ、ミニオンたちの大好物。早く食べないと、他のミニオンたちが群がるよ」

そう言うと、トラくんは無言で甲板から出ていった。ボブからのお礼の気持ち、大事に食べてくれてたら嬉しいな。

***

フェロニアス号に1泊してから、トラくんはポーラータング号に帰っていった。

「またな。コラさん。……ナナさん」
「またね。ロー」
「またな!」
「バイバーイ!」
「プーパイエ!」

帰り際にちゃんと名前を呼ばれ、私も彼の名前を呼び返す。手は振り返されなかったけど、代わりに軽く片手を挙げてくれた。手すりにもたれ、細い背中を見送りながら、私は隣に立つロシーさんに話しかける。

「ローと一緒に行かなくて、よかったんですか?」

昨夜、積もる話をしているような雰囲気だった2人を思い出す。ロシーさんはぱちりと瞬きをしてから、優しい目でローの方を見た。

「ああ。ローはもう大丈夫だ。おれだけじゃなく、あいつを慕ってくれる仲間がいるからな」
「そうですか」
「……ナナ。ローと再会できたら、言おうと思ってたことがある」

静かで真剣な声と、眼差しが向けられ、私はこくりと息を呑む。彼の目を見つめ返すと、ロシーさんは真面目な表情で口を開いた。

「……おれには、止めたい人がいる。昨夜ローとも話して決めた。時期が来たら、おれはローと一緒に、その人の"暴走"を止めに行く」

初めて聞く事情だった。止めたい人とは誰なのか。その人とは何があったのか。何年も一緒に過ごしているのに、私はロシーさんのことを、よく知らないままでいる。私も異世界から来たこととか、本名とか教えてないから、お互い様だけど。

ありのままでいられない私たち。それでも、彼が殻をむくように、真実の欠片を見せてくれたことが、何だか嬉しかった。

「私にできることは、ありますか?」
「……それはできねェ。おれの問題に、お前たちまで巻き込めねェ」
「ロシーさん。あなたと出会ったとき、私が言ったこと覚えてます?」
「え? ええと〜……」
「"拾った責任は取ります"って言いました」

手すりから体を離し、正面からロシーさんの方を向く。あの日のように胸を拳でとんと叩き、私は首が痛いのをこらえて、彼の顔を見上げた。

「上等です。巻き込んでください。あなたは私の仲間で、私はあなたの船長ですから」

にひっと笑ってみせると、ロシーさんが少し目を見開く。そして、赤っぽい三白眼に涙が溜まり、ガバッと私を抱き上げた。いきなり視界が高くなって、心臓がどくんと跳ね上がる。

「……ありがとう……、ありがとうな……!」

胸の辺りが、温かく湿っていく。小さな子をいたわるような、ひよこを持っているような、柔らかくて不思議な気持ちが胸に満ちた。ロシーさんのふわふわした金髪を撫でると、彼の腕の力が強くなる。

そのとき、ガクンと体が傾いた。「うわっ!?」とロシーさんの慌てたような声が聞こえて、景色がスローモーションのように斜めになっていく。

あ、まずい、と思った瞬間。私たちはドタンと音を立てて、甲板の上に転がっていた。

「イテテ……。だ、大丈夫か? ナナ?」
「ロシーさんが抱え込んでくれたので、へいきです……」

ロシーさんの体がクッション代わりになったおかげで、私は無傷だ。でも彼の転倒に巻き込まれた恐怖で、心臓がたかたか暴れている。死ぬかと思った。

「……ロシーさん。私のこと、もう抱えないでください」
「えっ!? そんな! いつもより顔が近くて嬉しかったから、またやりたいんだが!?」

視線を上に上げると、慌てている彼の顔が近くにある。さっきまで、真面目な話をしてたのにな。気が抜けたせいか、どちらからともなくクスッと笑いがこぼれる。甲板に仰向けに転がって、私たちは笑った。

この先に何が待っていても、彼と笑い合う未来をつかみたい。優しく凪いだ海の上で、私は密かに心に決めたのだった。
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