【IF】ハートにあふれた未来を、あなたと
「「おお……」」
「ワーオ……」
目の前に、どーんと現れたそれを見て、私たちは感嘆の声を上げた。
それは、巨大な潜水艦だった。熱帯魚を連想するような明るい黄色で塗られ、ウイルスを模したデザインのドクロが笑顔を浮かべている。これが、ハートの海賊団の船――ポーラータング号か。
「すっっ……ごい船だな……」
「何かアレですね。
「"花マル無敵号"だっけ。懐かしいなぁ」
「♡●□◆△§!」
「ギブアンドテイク」が口癖のおじいさんを思い出しながら、隣に並ぶロシーさんと話をする。そんな中で、私の腕の中にいるボブや、ロシーさんの両肩にいるケビンとスチュアートは、キャッキャとはしゃいでいた。この世界では初めて見る、立派な潜水艦に、テンションが上がっているらしい。
この前ロシーさんとトラくん(トラファルガー・ローのこと)が、無事に再会を果たした。その際にトラくんの方から船に招かれ、私たちはここに来ている。賞金稼ぎがのこのこ海賊船を訪れて大丈夫かと思われそうだが、ロシーさんがいるから問題ないだろう。私に対しても、すごく丁寧にお礼を言ってくれたし。
「来たか」
潜水艦から降りてきたトラくんが、案内をするように先を歩いてくれる。パーカーとジーンズというラフな格好は、私と似てるのに、手足が長いだけでここまでカッコよく見えるとは。ちょっと羨ましい。
「お邪魔します」と言いながら足を踏み入れると、廊下にも室内にも塵1つ見当たらない。海賊船にしては珍しいほど、生活環境を清潔にしているのは、船長がお医者さんだからだろうか。
「わぁ! キャプテンのお客さん?」
「ああ。昨日話した人たちだ」
「おわ」
ひょこっと現れた大きな影に、思わず固まる。2mくらいありそうなモフモフの白クマが、人懐こそうな笑顔で話しかけてきた。白い毛並みに、オレンジ色のツナギがよく映えている。
テディベアのティムを抱えたボブが、左右で違う色の目をキラーンと輝かせた。
「! ビッグティム!?」
「違うよ!? おれはベポ。よろしくね。ガルチュー!」
「わぷ」
「ワー!」
肉球がついた5本指の手が、私の両脇に入れられる。そしてひょいっと抱きかかえられ、頬をすりすりされた。確かミンク族の挨拶だっけ。ふわふわした感触がくすぐったくて、日向の匂いがする。私にだっこされたままのボブも、巻き込まれるようにガルチューを受けながら、楽しそうな声を上げていた。
「ガルチュー!」
「あはは、くすぐってェ」
私を降ろしたあと、べポはロシーさんの頬にも、自分の頬をすりつけていた。この空間、身長が2m近くかそれ以上ある人が多くて、自分が小人に思えてきた。ずっと見上げてると首が痛い。私だって成人女性の平均身長より上のはずなのに。解せぬ。
***
「ガルチュ!」
「ガルチュー!」
ベポがしていたのを覚えたのか、ボブとスチュアートが両脇からほっぺたをくっつけてくる。もちん、もちんとした感触に挟まれながら、私はハーブティーとクッキーをいただいていた。ここの船員は気さくな人が多いらしく、この食堂らしき場所に誰かしら来ては雑談をしていく。
「キャプテンの恩人と、その恩人かあ。最初は"賞金稼ぎがおれたちを探し回ってる"って噂しか知らなかったから、全力で逃げ回っちまった。ごめんな」
「いえいえ、敵に目をつけられてるって思ったら、そうなりますよ。気にしないでください」
「それにしても、本当に君があの"黄色の悪魔"? イメージと違うなー。女の子じゃん」
「29歳なんで、女の子って歳じゃないですよ」
「えっ歳上!? ハタチにしか見えないんだけど?!」
「そういえば、おれを助けてくれたときから、あんまり見た目が変わってないよな」
「私そんなに童顔ですか?」
よっぽど驚いたのか、ペンギンさんとシャチさんが、ちょっと大げさなリアクションを見せる。穏やかに微笑むロシーさんと少し見つめ合いながら、私はクッキーをつまんだ。バニラの香りがするそれは、ザクザクした少し固めの食感で、口の中でホロホロ溶ける。食べてる途中、ロシーさんが飲みかけのカップを落としそうになったので、とっさにキャッチした。
「こいつらが、ミニオンだっけ?」
「フェロニアス号に襲われたら、船員の1人も、財宝どころか燃料の1つも残らないって聞くけどさ。まさかこんな小さくてカワイイヤツらとはなぁ」
ペンギンさんが、ボブを目線の高さまで持ち上げる。ボブはまん丸の大きな目で彼を見つめ、ティムの手をぴこぴこ動かして挨拶した。
「……ミニオンって何体もいるんだっけ?」
「はい。数百人はいますよ」
「1人もらえない?」
「だめです」
「だめかー。生態とか気になるんだよな」
「キャプテンが今調べてるけどな」
よっぽど気になっていたのか、今はトラくんがケビンを連れて、一旦別室に行っている。ミニオンたちは謎が多いし、せっかくだからいろいろ調べてもらいたい。ハーブティーの残りを飲み干しながら、のんびりそう考えていたときだ。
「ア゛ーーーッ!!」
向こうから、ケビンの悲鳴が聞こえた。
何ごとだ。その場にいた全員がそう思ったようで、目線が食堂の入口に集中する。やがてトラくんがケビンを小脇に抱えて戻ってくると、ケビンは私にひしっと抱きついて離れなくなった。顔が私の胸あたりに埋まっている。
「おいバナナ屋」
「いやその呼び方やめてくださいよ。フーテンのトラさんって呼びますよ」
「そいつは一体何なんだ」
「何があったんですか。というかここまで怖がらせるって、うちの子に何したんですか!?」
「
「バラした!?!?」
眉間にしわを寄せたトラくんは、まさしく未知のものと遭遇してしまったような、形容しがたい顔をしていた。
「脳みそはピーナッツの殻くらいのサイズしかねェ。心臓や三半規管、消化器官は一応あるが、何故か血液は採取できない。体は柔らかくよく伸びる。謎だらけの生物すぎる」
「いや、私も詳しいことはよく知らなくて……」
人類が生まれる前に、海から生まれた単細胞生物。酸素が無くても火だるまになっても、生きていけるほど不死身。更に増殖する。映画で見ただけで、私が実験したわけじゃないから、断言はできないけど。
確実に言えるのは、ミニオンは、ミニオンという生物だということ。それだけだ。
「他にもいるなら
「身体の特徴は全員同じだと思うけど……。観察するなら、うちの船に見に来た方が早いと思います。習性とか分かりやすいだろうし」
「それいい考えだな! ローもうちの船に遊びに来いよ! ……うわっ!?」
ぱあっと無邪気な笑顔になったロシーさんが、勢いをつけて椅子から立ち上がる。ところが、彼の足がもつれたせいで身体が傾き、ズテーンとひっくり返ってしまった。
「大丈夫ですか、ロシーさん」
「打ち身はねェか、コラさん」
助け起こすために私が手を差し出したのと、トラくんが手を差し出したのは同時だった。思わず顔を見合わせる私たちの間に、ちょっとした沈黙が流れる。見聞色の覇気で読み取れたのは、「何だよ……気が合うな……」みたいな感情だった。