【IF】自作自演の悪党と囚われの歌姫〜ヒーローは海賊団〜
約束の日。とある無人島で、はっきりと通る低い声が響いた。
「あー、あー、マイクテスト、マイクテスト」
「すごい、ちゃんと男の人の声だ」
「
シャツの襟につけているのは、ブローチの形をした機械。名前は「ジザイニコエカエールくん7号」。つまりはボイスチェンジャーである。
作ったのは、アロハシャツを着て、頭にはサンバイザーをつけている、南の島にいそうな格好のおじいさん。良い人だったな。
厚底ブーツで少しでも身長を底上げし、男物の服で体型を隠す。手には革の手袋をはめて、華奢な手首は袖で隠す。銀髪ショートヘアのウィッグを被り、シャープな目元になるようにメイクをすれば……。
「どんなもんだい」
「ナナが男の人に見える! 変装上手いね!?」
「やるなら徹底的にやらないと」
少々小柄だけど、ミステリアスな雰囲気が漂う、少年のような青年がそこにいた。これで私が、"賞金稼ぎナナ"だとバレる可能性は下がった。
更に、『オペラ座の怪人』のファントムがつけているような仮面で、顔を右半分だけ隠せば、男装は完成だ。
「皆はここに隠れててね。私が合図を出すまでじっとしてて」
「……ほんとに大丈夫……?」
「怒られるのは
心配そうに見上げてくるミニオンたちやウタに、私は、にひっと笑ってみせる。フェロニアス号諸共、潰されるわけにはいかない。仲間に心配をかけさせないようにするのは、リーダーの意地だ。全く怖くないわけはもちろん無いけど。
「ただ、ほんとに危なくなったら、合図を出して助けを呼ぶから。ネタばらしはお願い」
「もちろん!」
「「「オーケイオーケイ!」」」
自分が死を覚悟すると、ウタもミニオンたちも悲しむ。それを自覚したから、私は皆を頼ることに決めた。もう軽率に、捨て身の策を取ろうとしない。気合を入れた皆が岩陰に隠れるのを見てから、岩を背にして背筋を伸ばす。
腰につけたピストルを撫でて、深呼吸を1つすれば、うるさい心臓の音が少し大人しくなる気がした。
さあさあお立ち会い。これより始まるは、歌姫をさらった1人の悪党の舞台。彼女を奪い返しに来るのは、赤髪なびかせた船長が率いる海賊団。掌中の珠は誰の手に?
***
赤髪海賊団が島に上陸すると、大岩を目印にするように、1人の人物が佇んでいた。
風が大きなマントを翻らせ、星のようにちらちらときらめく銀髪を揺らす。背丈は165cmくらいだろうか。シャンクスたちから見れば、まるで子どもだ。
「……ウタは、無事なんだろうな?」
感情を押し殺したような低い声で、問いかけるシャンクス。そんな彼に対し、相手は顔の右半分を覆う仮面の下で、笑みを浮かべる。気だるげで、イタズラ好きな、愉快犯のような笑い方だ。
「その様子を見ると、歌姫がお前の娘ということは真実らしいな。赤髪のシャンクス」
「……質問に答えろ」
「おお、怖い怖い。そんなに大切なら、なぜ手放した? 自分で守ればよかったじゃないか」
「……お前に答える義理はない」
ぶわり、と赤く焼けた鉄刀を突きつけるような殺気が飛ぶ。少し本気を出した覇王色の覇気を当てられ、細い身体がガクンと大きく傾いた。しかし、ダンッ! とすんでのところで、ブーツの底が強く地面を踏む。
「……一か八かだったが……どうやら想像以上に、歌姫には利用価値があるらしい。これは返すのが惜しくなった」
「……ウタは、おれの娘だ。それを奪おうってんなら、死ぬ覚悟はできてるんだろうな……!」
「そんなもの、あるわけないだろ」
片膝をつきながら、彼は口の端を吊り上げる。驚異にならない少年のような姿と声なのに、得体の知れない不気味さが漂うのはなぜか。彼がピストルを手にしたのを見て、シャンクスだけでなく大幹部たちも警戒したとき。
ポポポンッ!
気の抜けるような音と共に、天に向けられた銃口から花が開く。それを皮切りに、岩陰からたくさんの何かが飛び出してきた。
「ストッパ! ストッパ!」
「☆★●Х§▲$!」
「&Щ〇ЪМЙ*!」
耳慣れない言葉を口々に喋りながら、少年を取り囲む黄色い生き物たち。彼を庇うように前に出る者、シャドーボクシングのような動きをこちらに向けてくる者等、様々だ。
その中で、少年に寄り添うようにしゃがみ込み、彼を抱き寄せる人物がいた。
「ウタ……!?」
「……シャンクス……」
ウタの顔がくしゃりと歪む。懐かしさ、戸惑い、寂しさ。恨みと愛しさ。申し訳なさ。それら全てをぐちゃぐちゃに混ぜたような感情が浮かんでいた。
「ごめんなさい……っ!」
目をぎゅっと閉じて、ずっと言いたくても言えなかった一言を言うように、切実な声でウタが謝る。どうしてウタが謝るのか。この黄色くて小さい奴らは何なのか。ウタと少年はどういう関係なのか。聞きたいことが重なって、どれから聞けばいいのか、シャンクスは分からない。
すると、襟元に手を当てた少年が口を開いた。
「ごめん、ウタ」
先程までの、低い男の声では無い。
正真正銘、女にしか出せない声だった。
「そろそろ限界」
糸を切られた操り人形のように、ウタの腕の中で、その人物は気絶した。
***
目を開けると、オールバックにした髪をひとまとめにし、おでこに縫ったような傷がある男の人が、私を見下ろしていた。
「お。起きたか。気分はどうだ?」
「えーと……?」
「おれはホンゴウ。赤髪海賊団の船医をしてる。よろしくな」
「あ、初めまして。ナナです。フェロニアス号の船長をしてます」
「ナナ。うちのお頭の覇気を浴びて、気絶したのは覚えてるか?」
「あ、はい」
おでこに乗っていたタオルは、ひんやりと濡れていて気持ちがいい。目眩も、胃がせり上がるような感覚も、今は綺麗さっぱり消えている。
ホンゴウさんに体の状態を話してから、聞いた話によると。私が寝てる間に、ウタによる説明会やらデイブとジョージによる謝罪やらがあったらしい。事情を知ったシャンクスさんは、しょんぼりした様子で「ビード……」と謝る彼らを、許してくれたそうだ。
「それで今は、仲直りの宴の最中だ」
「関係の修復が早すぎる」
通りで向こうが賑やかなわけだよ。ギスギスしてるよりはずっといいけど。すっかり打ち解けている皆を眺めていると、ウタがこちらに向かって走ってきた。
「ナナ、体は大丈夫?」
「うん。心配してくれてありがとう、ウタ。シャンクスさんとは話せた?」
「……うん。言いたかったこと、全部言えた。ナナ、私をここまで連れてきてくれて、ありがとう」
私をそっと抱きしめるウタの後ろから、シャンクスさんも歩いてくる。さっきまでの威圧感や殺気は無く、面白がるような無邪気さを感じる目で、私を見ていた。
「まさかこんなに華奢なお嬢さんが、
「本音を引き出すために、挑発したのは否定しないです」
そう言うと、シャンクスさんは豪快にだっはっは! と笑って、謝らなかった。事故とはいえ、それに乗っかって仕掛けた私と、やり返した自分はお互い様という認識らしい。
「……あのね、ナナ。私、シャンクスたちに会えたら、あの曲を歌いたいって思ってたんだ」
そう言うウタは不安そうだ。ちゃんとできるかな。失敗したらどうしよう。そんな緊張が見え隠れしているようだ。
冷たくなってしまったウタの両手を、包むように握り、私は笑って見せた。
「大丈夫。私たちがついてるよ」
ゲリラライブの旅をしながら、たくさん一緒に練習してきたんだから、大丈夫。そんな想いを込めて伝えると、ウタは決心したように頷く。
彼女の歌を待っている皆の前に、ウタがしっかりした足取りで進んでいく。ミニオンたちが、待ってましたと言うように、顔を見合わせて気合を入れた。
「この歌は、私の友達のナナが教えてくれた歌。そして……今の私の気持ちをたくさん込めた歌。聞いてください。『本当のわたし』」
メロディが流れ、ウタの服装が白いミニワンピースから、バラの花弁を縫い合わせたようなドレスに変わる。淡いローズピンクで、美脚を隠さないフィッシュテールスカートが素敵だ。
この歌は、千葉にテーマパークがある会社が作った、アニメーション映画に出てくる歌。魔法の力に包まれた家が舞台の物語。『本当のわたし』は、主人公の長姉が歌う曲だ。
歌い出しに合わせて、オレンジ色の花を咲かせるサボテンに扮装したケビンが出てくる。すらりとした手足を伸ばして、踊りながら歌うウタの周りで、ミニオンたちがバラの花びらを撒いていく。出だしは上々だ。
***
メロディに乗せて声を響かせるうちに、歌詞と私の心が重なっていく。
皆が望む"救世主"を演じて、海賊が好きだったという本音を隠してきた。咲き誇るバラの花みたいに、清く正しく美しい笑顔で。
でも、完璧じゃなくてもいいなら。あるがままの私でいいなら、どうしよう?
歌に合わせて、ウタワールドに広がる花が変わる。バラから、青紫色のジャカランダ。イチジクの木に、蔦ブドウ。空高く伸びるヤシの木や、虫を食べるモウセンゴケ。個性的な良さを持つ植物が増えていく。
私が"世界一の歌姫"として、あり続けられなくても。シャンクスたちは、私のことを好きでいてくれるのかな?
そのとき、優しい歌声が寄り添う。振り向くと、ナナが立っていた。白いブラウスと緑がかった青色のスカートは、カラフルな蝶や花の刺繍で飾られている。
彼女が伸ばしてくれた両手を取る。完璧じゃない生き方を選んでも、私は私なんだってこと。ナナがいてくれたから、気づけたんだ。
ローズピンクのドレスが、フェロニアス号の帆みたいに、カラフルな色に染まっていく。ありがとうの気持ちを込めて、ナナをぎゅっと抱きしめると、ナナも抱きしめ返してくれた。
***
自分が、何をどこまでやれるのか。しがらみを振り切って飛び出していくような、自由な歌。花にときめく感性は無いと思っていた。しかし、2人の歌と共に、咲き乱れていく色とりどりの花の何と美しいことか。
ウタがまだ幼い頃、彼女が1人で歌う姿をずっと見てきた。あの時も楽しそうだったが、今この瞬間、ナナと歌うウタの表情はそれの比じゃない。
大輪のバラの花よりも、最上のカットを施したダイヤモンドよりも、眩しく魅力的な笑顔。
ナナに背中を押されるように、ウタの声が強く羽ばたく。天まで響かせるように伸びる声が、全身をゾクゾクと心地よく包む。
――大きくなったな。
頭の中に浮かんだのは、シンプルな感想。
ウタの成長を、近くで見ていたかった。自分から手を離しておいて、今更何だと言われるかもしれないが。
――彼女が……ナナが、ウタの隣にいてくれてよかった。
目の奥がじわりと熱くなる。最後まで何一つ見逃したくなくて、おれはぼやけそうな視界を手の甲で拭った。
***
ぱちりと瞼が開く。肩に柔らかい重みがかかり、ウタの寝息がふれそうなほど近くで聞こえた。どうやらウタが、私の肩にもたれて眠っているらしい。
赤髪海賊団の皆さんも、座ったままだったり大の字で寝転がったりしながら、気持ちよさそうに寝ていた。
「起きたか」
ひそりと囁くような、優しい声が聞こえた。目の前にしゃがみ込むシャンクスさんが、目を細めて私を見ている。この人、こんな穏やかな目もできるのか。深い感謝と敬意を表すような、良識ある大人みたいな目。
「ウタの隣にいてくれて、ありがとう。ナナ」
ぱちりと瞬きをしてから、私は口を開く。
「友達の隣にいるのは、当たり前ですよ」
それを聞いたシャンクスさんは、少し目を見張ってから、淡く微笑んだ。その顔には、嬉しさと寂しさ、少しの後悔が滲んでいるように見えた。
「……そうだな。だが、おれには、それができなかった。……理由があったとはいえ、その事実は――ウタの手を離した事実は、変わらない」
「だから、ありがとう」
シャンクスさんが深く頭を下げ、さらりと赤い髪が揺れた。あの四皇の1人が、自分に頭を下げている事実が上手く飲み込めず、3秒くらい思考が停止する。
「いえ、そんな。その……どういたしまして……?」
お礼を言われるようなことはしていないけど、彼の感謝の気持ちを無下にするのもよくない。その気持ちがぶつかり合った結果、私は曖昧な口調で言葉を返した。
「……この後、ウタをエレジアに送り届ける予定なんです。その時に、ウタがどうしたいのかを確認したい。だから、一緒にエレジアに来てくれませんか」
でも、ありがたいと思ってくれているなら、この頼みは聞いてほしい。そう考えながら伝えると、シャンクスさんは「分かった」と頷いてくれた。
エレジアに残るのか。シャンクスさんたちと一緒に行くのか。それとも別の道を選ぶのか……。決めるのは、ウタ自身だ。
***
あれから、1年が経った。
ゲリラライブで集めたお金と、シャンクスさんたちからの資金。それらを合わせて、荒れたエレジアの景観や道を何とか整えてから、ライブを開催した。
結果は大成功。たくさんのお客さんたちと、一緒に楽しめる大きなイベント。ゲリラライブとはまた違う、華やかなパフォーマンスやしっかりした音響。企画やら実行やらは、大変すぎて思い出すのも辛いけど、やれて良かったと思う。
おかげでエレジアには、だんだんと人が集まり始めた。最近では、ゴードンさんが子どもたちのために、青空の下で音楽教室を開いている。
シャンクスさんたちは、"エレジアを壊滅させた海賊団"として広まっているから、表立って関わることはできないけど。匿名で支援をしてくれている。
そして、私たちはというと……。
「ラ〜ララ〜♪ ララ〜ララ〜ラ〜♪」
フェロニアス号の甲板で、ミニオンたちの楽しそうな歌声が響く。ウタが選んだのは、エレジアを拠点として、私たちと音楽活動を続けることだった。
指揮を取りながら、ミニオンたちに歌い方を教えているウタは、とても楽しそうだ。誰かに何かを教えることを始めてから、子どもみたいにあどけなかったウタの表情に、どことなく大人びた雰囲気が差し込んできたように思う。
「ナナもこっちで歌おうよー!」
光が弾けるような笑顔で、手招きをするウタ。
「今行くねー!」
大きな声で返事をして、椅子代わりにしていた木箱から立ち上がる。待っている仲間たちの輪に向けて、私は足を踏み出した。