【番外編】フェロニアス号の航海日誌
昨日は夜遅くまで小説を読んでたからか、何だか眠い。船長室でとろとろとお昼寝をしていたところ、コツコツ、トントンと軽い音が聞こえた。甲板や壁を叩いているような音だ。
「……? なにごと?」
ベッドから起き上がり、甲板の方に向かうと。
「ナナが目ェ離してるからってサボったらアカン! 仕事に戻れ!」
木槌を振り回して、ミニオンたちを追いかけている小さな子がいた。黄色いレインコートをすっぽり被り、首には黒と灰色のしま模様のマフラーを巻いている。この世界ではあまり聞かない、関西弁を話していた。
「大体、ナナはミニオンたちにちょっと甘いんや。俺が見とらんと」
ぷんすこ、という効果音が聞こえてきそうな態度で、小さな子は腕組みをする。子どもを船に乗せた記憶は無いし、これはまさか……。
「あなたはだあれ? 座敷わらし?」
「誰が座敷わらしやねん! 俺はクラバウターマンや!!」
後ろから声をかけると、バッと振り向いたその子は、心外そうに盛大なツッコミを入れた。腕を上下にぶんぶんと振るものだから、右手に握られた木槌も上下に動く。
「クラバウターマンって、100年くらい長く大事に乗らないと宿らないんじゃ……?」
「それは付喪神や! "クラバウターマンや"って言うとるやろ!」
「ご、ごめんごめん。拳でお腹ポコポコ叩くのやめて」
クラバウターマン。
本当に大切に乗られた船にのみ宿る妖精。
まさかうちの船にもいるとは思わなかった。
「それにしても何というか……。既視感がある喋り方とマフラーだね。"フェロニアス"って名付けたからかな」
流石に声は鶴〇師匠では無かったけど。許可を貰ってから、レインコートのフードをめくってみると、黒髪と青い目の可愛い顔立ちをしていた。
「俺はこの船がでけたときから、ここに宿っとる。ナナが名前をつけたときに、この姿になったんや」
「怪盗の名前にしたから、彼の要素が引っ張られてる可能性が高いなぁ」
あくまで本人じゃなくて、名前の元になった怪盗の彼に似た、別人ってことみたいだ。うちの船がこんなに愛嬌のある姿になるとは驚きだ。
「昨日おやつに焼いたパウンドケーキでも食べる? ドライフルーツたっぷりのやつ」
「食う!」
時間もちょうど良かったから、皆で休憩することにした。ミニオンたちには後で、休んだ分頑張ってもらおう。食堂に移動し、大きなケーキを切り分けて、皆に平等に配る。飲み物は好きなのを用意してね。
「いただきまーす」
しっとりした生地には、オレンジ、レーズン、チェリー、リンゴにパインがぎっしり混ざっている。洋酒とシナモンのいい香りが鼻をくすぐり、口に入れれば小麦粉と玉子とフルーツの優しい味が広がった。
「めっちゃデリシャス。止まらんわぁ」
「それはよかった。おかわりあるよ」
ミニオンたちも使う幼児用のフォークを使って、もきゅもきゅと頬張るフェロニアス。ほっぺたがふくらんでてハムスターみたい。私はほっこりしながら、口に付いていた食べかすを取ってあげた。
「クラバウターマンってものを食べられるんだね」
「ほんまは食べんでも平気なんやけどな。楽しむために食べる感じや」
「嗜好品みたいな感じか」
人間とは違う存在なんだなぁと改めて思いながら、ケーキを食べつつ彼を見守る。コップを両手で持って、オレンジジュースをこくこく飲む姿も、子どもらしくてキュートだ。ボブにちょっと仕草が似てるかも。
「フェロニアスだと長いな。フェロって読んでいい?」
「ええで!」
関西弁の小さな仲間を見つけたので、今日はクラバウターマン記念日。