【番外編】フェロニアス号の航海日誌


串に刺したマシュマロを炎にかざすと、じんわりと焼き色がついていく。角度を変えながら、表面がキツネ色になるくらいあぶったところで、そっと串から外した。それから、1口サイズに割った板チョコと一緒に、2枚のビスケットできゅっと挟む。

「でーきたっと」

アウトドアのお供と言うべき存在。アメリカやカナダでは、キャンプファイヤーでよく作られるという人気のデザート。それがスモア。

「ヤムヤム!」

次の島を目指す途中。現在の時刻は午前10時。
私たちはフェロニアス号の甲板で、エースの炎を借りておやつタイムを楽しんでいた。ミニオンたちもエースを囲んで、串に刺したバナナを焼いて楽しそうに食べている。

「はい、エース。口開けて」
「あー」

雛鳥みたいにぱかりと開いた口に、焼きたてのスモアを入れる。もぐもぐと動く頬を見守ってから、私もさっき作って冷ましていたものを、ぽんと自分の口に放り込んだ。さく、むにゅ、とろり。それぞれ違う食感と、甘い味が舌を喜ばせる。

「美味いけど小せぇな」
「1口サイズだからいいんじゃないか」

返事をしてから、チョコと輪切りにしたバナナを、ビスケットで挟んだものを食べる。勧めてみると、エースもつまんでいた。

「おれの炎をおやつ作りに使うなんて、お前らぐらいだろうな」

3個目のマシュマロをじっくり焼いていると、エースが吹き出す。肩が小刻みに震え、背中から出ている炎がゆらゆら揺れた。火が動いたことで、ミニオンたちがバナナを持って右へ左へうろうろする。

「じっとしててー」
「へいへい」

新たなスモアができたところで、帽子をかぶった白いカモメが飛んできた。甲板に降り立ち、てくてくと近くによってくる。新聞配達をしてくれるニュース・クーだ。今日もお疲れ様。

「新聞ありがとう。ちょっと待ってね。今お金……、痛っ」
「悪ぃ。指噛んじまった」
「ひとこと言ってくれたら渡したのに」

よそ見してる間に食べるな。

ニュース・クーの首に下がっている、赤くて小さなカバンに、新聞の代金を入れる。飛び去る姿を手を振って見送ってから、私は新聞を開いてエースの隣に座った。

「あ、すごい。一面ルフィだ」
「いろいろやってんなー、あいつ」

印刷された内容に目を通していると、ミニオンたちがはしゃぐ声がする。顔を上げれば、島の影が見えてきた。

「着いた! ドレスローザ!」

***

この国の円形闘技場で行われる、バトルロイヤル形式の試合。その優勝景品が悪魔の実であるという情報を、手に入れたのがきっかけだった。

どうやらその実は、かつて白ひげさんが持っていた"グラグラの実"であるらしい。エースを無事に助けた影響がここで来たか。

「オヤジの形見とも言える実だ。そんじょそこらの奴らに渡すわけにはいかねェ!」

白ひげ海賊団のメンバーも、それぞれの伝手でグラグラの実を探しているそうだ。確かに黒ひげさんとこに渡ったら、大変なことになるからな。

「まず変装ね。私たちお尋ね者だから」

まず服装はいつもと違うものを選ぶ。エースのテンガロンハットや赤いネックレス、私のゴーグル等、特徴的な小物は外す。あとエースは、上に1枚羽織るだけでもいいから服を着なさい。白ひげさん印の刺青を見せびらかすな。

「何かベタベタして気持ち悪ぃ……」
「こら、じっとしてて。特徴は隠すに越したことはないでしょ」

乾燥しているエースの顔に、化粧水を押し込むようにつける。それから下地クリームを塗り、パウダーパフを使って、ファンデーションを軽く乗せていった。エースは体温が高いし代謝もいいから、汗で崩れにくいタイプのものを使う。

顔に何かを塗られる感覚が慣れないのか、エースはしかめっ面をしていた。でもこれで、そばかすが見えなくなったから良し。

エースは二の腕のマークも隠せるように、7分袖でオレンジ色のパーカーを羽織り、フードを深く被った。下はネイビーブルーのハーフパンツ。目には薄い青色のサングラスを装着。癖のある髪は、ストレートアイロンで真っ直ぐにした。

私は緑色の地に白い花柄のワンピースを着る。頭には栗色セミロングのウィッグをつけて、フレームが大きい伊達メガネをかけた。

「これでどこから見ても観光客でしょ」
「すげェ! 別人じゃねェか! お前変装の天才か!?」
「やるなら徹底的にやらないとね」

漫画やアニメを見てれば、変装のコツは大体学べると思う。いつ何が役に立つかは、分からないものだ。

***

留守番をミニオンたちに頼み、ローマのコロッセオみたいな会場にたどり着く。エースが本名でエントリーしようとしていたので、急いで止めた。変装の意味が無くなるでしょうがこのおバカ。

「いい? 今から君は、この試合の間だけ"トレイ"です。あなたはトレイ。エースじゃない。OK?」
「おう。ところで何で"トレイ"にしたんだ? よくパッと浮かんだな」
「エースとデュースはもういるからね」
「? よく分かんねーけど……まあいいか!」

ちなみに他の候補は、ケイト、シンク、サイス、セブン。トランプのそれぞれの数字の読み方を参考にした。他にも理由はあるけど、分かる人には分かるネタということで割愛。

***

何回か試合を終えた後。よく見たら参加者の中に、ひまわり柄の黒いシャツを羽織った人物を見つけた。金色のカブトに、おじいちゃんみたいな白いヒゲをつけているけど、あのバツ印の傷跡は間違いない。エースも気づいたようで、「お」と口元を緩めた。

2人で近寄り、エースが彼の肩を叩く。

「よう、元気そうだな」
「んあ? 誰だおま……えっ!?」
「向こうでちょっと話そうぜ」

変装しても、兄弟の顔は分かるのか。サングラスをずらしたエースを見て、ルフィがすっとんきょうな声を上げる。話し声が聞こえないように、人がいない場所に移動した。

「もしかしてエースか!?」
「おう。おれもこの試合に参加してんだ。偽名使ってるから、向こうに戻ったら本名呼ぶなよ?」
「おれと同じだな! おれも"ルーシー"って名前で登録したんだ! そっちのやつは仲間か?」

ひょこっと顔をのぞきこんでくるルフィに、くすりと笑う。友達とはいえ、こっちは分からなかったか。

「久しぶり、ルフィ。頂上戦争のとき以来だね」

ウィッグと伊達メガネを外して笑う。するとルフィは、丸い目をこぼれ落ちそうなくらい開いて、泡を食ったような反応を見せた。

「……ナナーー!?」

次の瞬間、体当たりされたかと思うくらい勢いよく抱きつかれた。ゴム状の柔らかい手足がぐるぐると体に巻き付けられる。ルフィが私の胸に耳を押し当てて叫んだ。

「生きてる!! お前今までどこ行ってたんだよォ〜〜〜〜〜!!」
「あーー!? テメェ、ルフィ! 何こいつに抱きついてんだっ! 離れろ!」
「イタタタタタタ痛い痛い痛い」

エースが無理やり引き剥がそうとすると、ルフィも体を伸ばされながら負けじとしがみつくものだから、当然巻き込まれる。痛い。手加減してください。

「おっ、おれっ、お前がいぎなりぎえで、びっぐりじでっ。あ、あんなひでぇケガなのに゛っ、どこいっだがわがんなぐでぇ〜〜」

そうだった。私この世界で、赤犬さんに腹パン(貫通)されてそのまんまだった。エースと再会したときも、幽霊じゃないか確認されたし、故人と思われててもおかしくないな。

冷静に考えれば、あの怪我で生きてる方がおかしいもんな……。

「びっくりさせてごめんね。いろいろあったんだけど、戻ってきたよ」
「う゛う〜〜〜っ」

カブト越しに頭を撫でると、ルフィがぐすぐすと鼻を鳴らす。ワンピースの胸元がしっとり濡れてきた。エースがルフィの首根っこを掴んで、べりっと剥がしたとき、足音が聞こえてきた。

しまった。けっこう大声で本名呼びあってたから、身バレした?! 体を固くして、足音が近づいてくる方向を見守る。エースとルフィもとっさに身構えた。

現れたのは、シルクハットを被った背の高い人物だった。白いジャボがついた青いシャツに、ブルーグレーのズボンを合わせ、黒いロングコートを羽織っている。服装も含めて、どこか貴族のような気品を感じる立ち振る舞いだ。

……あれ? この人もしかしなくても……。

「エース。ルフィ。それから……ナナ」

宝物のように名前を呼ばれ、困惑する。エースとルフィは分かるけど、なぜ私まで。

「誰だお前」
「おれはルフィじゃねえぞ! この顔を見ろ! おれはルーシーだ!」

エースが警戒心を隠さずに、私を背後に庇う。さっきまでのやり取りが無かったかのように、堂々と誤魔化そうとするルフィに対して、彼は笑った。

「変装したくらいで、兄弟の顔が分からねえわけねえだろ」

シルクハットを取ったことで、柔らかそうな金髪や、丸い目、左目の辺りに残る火傷の跡があらわになる。

「兄弟って、そう呼ぶのは……」
「昔に死んだ……」

エースとルフィの声が途切れる。
青天の霹靂に耐えられなかったのか、目をむき、鼻水が出るほど驚きを隠せない表情になり、あんぐりと口を開いて同時に叫んだ。さすが兄弟。そっくり同じリアクションだった。

「「サボォ〜〜〜〜!!?」」

昔にダダンさんのお酒を盗んで、3人で盃を交わした話をしたのが決定打になった。ルフィが彼の名前を呼びながら、腕を伸ばして、肩車の逆バージョンのように抱きつく。エースも2人をまとめて抱きしめた。お互いに、"生きててくれて嬉しい"と想っているのが、ひしひしと伝わってくる。

オタクなら誰もが夢に見るであろう奇跡の光景が、今この瞬間目の前に広がっているのに、視界がぼやける。目にゴミでも入ったかな。

わんわんと響く2人の泣き声を聞きながら、私は指先で目元を擦った。

やがて少し落ち着いたのか、ルフィがサボから降りる。サボが私の方に歩いてきて、深々と頭を下げた。

「エースとルフィを助けてくれて、本当にありがとう! おれは何もできず、2人の兄弟を失う所だった……!」
「いやそんな。頭を上げてよ。私がやりたくてやったことだから」

慌てながら声をかけると、茶色い手袋に包まれたサボの両手が、そっと私の両手を包んだ。

「生死不明って言われてたけど、生きててくれてよかった。ずっと礼を言いたかったんだ」
「ど、どういたしまして……」

ありったけの感謝を込めたような瞳で見つめられ、こそばゆい気持ちになりながら返事をする。そのとき、エースが私とサボの間に体を割り込ませた。何だかデジャブだ。ちょっと拗ねたような顔をしている。

「サボ、近ェぞ」
「おっと、ごめんな」

何かを察したような笑顔で、サボがパッと手を離す。エースが私の肩をぐっと抱き寄せ、サボとルフィに見せるようにして宣言した。

「せっかく再会できたから、ここで言っとく。こいつは……ナナは、おれの嫁だ!」

よめ。夜目。ヨメ? ……嫁?!

「つまりナナは、おれの姉ちゃんになるのか!?」
「おれに妹ができるってことか。嬉しいな!」
「あ、同い年だけど義妹判定なんだ……って、え? ヨメ?? え?」
「何だよ。……嫌なのかよ?」
「嫌じゃない! びっくりしただけ! 全然そんな素振り見せなかったじゃん!」

顔が熱い。22歳で結婚する日が来るなんて思わなかったから、むすっとしつつどこか不安そうな顔のエースに、素直な気持ちを話した。

「落ち着いたら、改めて聞かせてね。エースのプロポーズ」
「おう」

まだやることが残ってる。拳をこつんと合わせて、私たちは約束をした。
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