【IF】泡沫の夢で会いましょう
歌姫と賞金稼ぎ、2人が夢見た"もしも"の話。
その島にたどり着いたのは、偶然だった。
突然の嵐に巻き込まれ、船は沈まずに済んだものの、あれよあれよと流されて今に至る。錨を下ろして砂浜に足をつけると、ぼんやりした霧の向こうに人影が見えた。
「こんにちはー! 誰かいますかー?」
自分の存在をアピールしながら、とことこ近づいていく。そこには、大きな石の上に体育座りをして、海をぼーっと眺めていた女の子がいた。縁起が良さそうな紅白の髪が、潮風に揺れて天女の羽衣のようになびいている。
「だ、誰……?」
「驚かせてすみません。たまたまこの島に流れ着いた者です」
女の子は私と同じ歳くらいに見える。驚きと緊張と、少しの好奇心が混ざり合ったような表情で、おっかなびっくり地面に降りてきた。
「私、ナナっていいます。初めまして」
「ナナ……。ナナって、"賞金稼ぎナナ"?」
「あ、私のこと知ってるんですか?」
「う、うん。悪い海賊をやっつけてくれる、ヒーローみたいな人だって聞いたことがあって」
「大げさだなあ」
女の子はウタと名乗った。エレジアというこの島に、保護者のような人と住んでいるらしい。雨でびしょ濡れになり、髪や服から雫を滴らせている私を見て、「うちで休んでいきなよ」と提案してくれた。
「そのままだと風邪ひいちゃう」
「ありがとう。仲間たちも一緒にいいかな?」
「大丈夫だと思う。うち広いから」
「よかった。皆、おいでー」
船に向かって声をかけると、ミニオンたちが降りてくる。それを見て、ウタちゃんの表情から緊張が消え、頬がほんのりピンクに染まり、スミレ色の瞳がきらきらと瞬いた。
「カワイイ……!」
「可愛いよね。分かる」
案内されてついて行く。押しつぶされた家の跡やガレキがあちこちにあり、かつて人がたくさん暮らしていたことと、今は人がほとんどいないであろうことが読み取れた。
「ここ、災害でもあったの?」
そう聞いてみると、ウタちゃんは暗い顔で口をつぐんでしまう。これは触れない方がいい話題だなと察して、私はミニオンたちがちゃんと付いて来ているか目を配った。
***
ゴードンさんという人に挨拶をし、温かいシャワーを使わせてもらう。着ていた服はウタちゃんが洗ってくれて、代わりに彼女のTシャツとズボンが置いてあった。着てみたらちょっと大きい。そういえば、身長は彼女の方が数センチ高そうだったな。
「シャワーありがとうございました」
「ねぇナナ。外の話、いろいろ聞かせて」
ミニオンたちに囲まれていたウタちゃんが、ぱたぱたと駆けてくる。私が出てくるまで、ミニオンたちの相手をしてくれていたらしい。
「いいよ。それにしてもミニオンたち、楽しそうだね。歌ってる子もいる」
「さっき私の歌を聞いてもらったから、そのせいかな」
聞こえてくるメロディは、ミニオンたちがよく船で歌っていたものと同じだ。なるほど、この子が作った歌だったのか。
柔らかいクッションを抱えて、長椅子に並んで座り、いろんな話をする。私が見てきた街の話。悪い海賊を倒した話。これまで読んできた本の話や、船での過ごし方。ウタちゃんは相槌を打ちながら、興味津々といった様子で聞いてくれた。
「……ナナは、海賊が嫌いなの?」
「うーん、嫌いではないよ。人を傷つける人だったら嫌いだけど、海賊が全員そういう乱暴な人じゃないし。海軍の手が届かない島を、無償の善意で守る人もいる。それに、迷子の面倒を見て、保護者を探してくれる人もいる」
まあ、そういう人が少ないのも事実なんだけどね。そう付け加えると、ウタちゃんはどこか遠くを見ているような眼差しで軽くうなずいた。少しだけ、ほっとしているようにも見える。
「ウタちゃんは? 海賊のこと、どう思う?」
「私、は……」
ウタちゃんがうつむく。この島に災害があったのかと聞いた時のような、暗い表情だった。パクパクと口を動かすけど、言葉にならない。何かを怖がっているような反応だった。
「見ず知らずの他人に話して、楽になることってあると思う。でも、無理強いはしないよ」
「……うん」
膝の上で拳をぎゅっと握り、ウタちゃんが息を吸い込む。
「海賊は、きらい。……でも、本当は、すきなの」
私は何も見てませんし聞いてませんよ、と言うように、クッションを抱え直す。肩がふれあい、彼女の言葉がぽたぽたと落ちていく。
小さい頃、赤髪海賊団の音楽家として、船に乗っていたこと。
船長のお父さんやクルーの人たちと、楽しく過ごしていたこと。
立ち寄る島で出会った幼なじみと、たくさん遊んだこと。
"音楽の国"と呼ばれたこの島に来たこと。
「災害があったの? って、ナナ言ったよね。あれは、……あれは……っ、ぜんぶ、私がやったの。私のせいなの」
トットムジカと呼ばれる歌を歌ってしまい、その結果、魔王を呼び出してしまったこと。
人を殺め、エレジアを壊滅させてしまったこと。
その罪を被り、赤髪海賊団の人たちが、彼女をこの島に残して行ってしまったこと。
それを信じ、海賊を恨み続けていたこと。
残されたトーンダイヤルで、真実を知ったこと。
長い年月を経て明かされた真実は、彼女にとってとても重く、苦しいことが、想像できた。
「……君は、どうしたい?」
そう問いかけると、ウタちゃんは声を震わせ、しゃくり上げながら言った。
「……っ、シャンクスに、みんなに会いたい……っ!」
「じゃあ、会いに行こうよ」
「え……?」
長椅子から立ち上がり、ウタちゃんの前に片膝をつく。涙で頬を濡らしながら私を見つめる表情は、子どもみたいに素直で無防備だった。
「私が手伝う」
「そ、んな。でも私はっ、私の歌を聞いてくれる人たちの、期待に答えなきゃ」
「その人たちは、君の人生の責任を取ってくれるの?」
「……それは……」
「君には君の人生を生きる権利がある。誰かの言葉を聞き過ぎる必要は無いよ」
何も聞かなかったことにして、彼女が感情を吐き出して楽になるための、装置になるつもりだった。
でも私には、彼女が華奢な背中には大きすぎて、重すぎる荷物を必死に背負い込んで、どこかに急いで行ってしまいそうに見えた。
「逃げてもいいんだよ。私のせいにしていいから」
どうしようもない衝動に駆られて、気付けば私は、彼女の冷たくなった両手をそっと握っていた。
優しすぎる彼女が抱えている荷物を、少しでも軽くしたくて。どうか、ほんの少しでも分けて欲しくて。
「一緒に行こう。ウタちゃん」
スミレ色の瞳から、ほろりと新しい涙が流れた。
***
「ゴードンさん! 歌姫はさらって行きます! シャンクスさんたちと話をつけたら、彼女を送り届けに来ますので、それまで気長にお待ちください! 近況報告はこまめにします!」
「2人とも気をつけて……!」
彼女を島から連れ出すにあたって、もちろんゴードンさんと話をつけた。その中で分かったことがある。ウタちゃんがトットムジカを召喚してしまったあの事件のことを、彼は知っていたらしい。真実を話せずにいたことを、謝っていた。
出航の日。ウタちゃんをお姫様抱っこして、プリンセスを誘拐するヴィランごっこをする。ゴードンさんは両手をこちらに伸ばしつつも、心配するような言葉をかけてくれた。結構、演技派なのだろうか。
「ナナって意外と力持ちだね!?」
「まあウタちゃんくらいなら平気だよ。軽いし」
錨を上げて、カラフルな帆を広げる。空は旅立ちを祝福するように晴れ渡り、雨上がりの虹がアーチをかけていた。
「あの、ちゃん付けじゃなくて、呼び捨てにしてほしいな」
「分かったよ、ウタ」
えへへ、と嬉しそうに頬を染めて、ぎゅっと両腕を私の首に回してくる。これは愛されキャラの気配を察知。可愛いね。
「面舵いっぱい! 旅を続けるよ!」
ミニオンたちの元気な声と共に、私たちは大海原へと漕ぎ出した。
***
エレジアでは、ゴードンさんと2人きりで暮らしていたウタ。同年代の女の子とやってみたかった事がたくさんあるらしく、私はそれに二つ返事で付き合っていた。
例えば、ウタが好きなホイップましましのパンケーキを一緒に食べること。
ウタは、宝石みたいなイチゴやラズベリーが乗っている、赤と白のコントラストが綺麗なもの。私はチョコバナナのトッピングがついたものにした。
「これ美味しい! ナナ、1口あげる! はい、あーん」
「あー……ん、ホントだ。ベリー系は甘酸っぱくていいね。私のもどうぞ」
「はむっ、……! チョコとバナナがとろける〜。幸せ〜」
あの有名人のウタだと気づかれないように、街に出る時は黒縁の伊達メガネをつけて、髪も黒く染めてポニーテールにしている。でも美少女はそれくらいで隠れるものじゃない。チラチラ向けられる周りの視線が、くすぐったい。
「あ。このジャケット、ウタに似合いそう」
「わぁ、袖口にフリルがついてる! カワイイ!」
一緒に買い物をすることもある。新しい服や綺麗なアクセサリー、甘いお菓子や可愛いぬいぐるみ等。見るもの全てが珍しく感じるのか、ウタはずっとキョロキョロしていた。はぐれないように手を繋いでおこう。
「私、ファンの皆から"清く正しい救世主"みたいに扱われることが多かったんだ。だから、こんな風に普通の女の子がやってるようなことができて、すごく楽しい」
そう話す彼女の笑顔が、前より明るくなっている気がする。船の甲板で歌う彼女の声も、何かから解き放たれたかのように、伸び伸びと響き渡っていた。
「ナナの歌も聞かせてよ!」
「歌手を前にそれはハードルが高い」
「気にしなくていいのに。マークたちだって歌ってるよ? お願い〜!」
「……もー、下手とか笑わないでよ?」
自分以外の歌を聞くのが新鮮らしく、ウタは自分が歌うだけじゃなくて、よく私の歌も聞きたがった。私が元いた世界にしか無い歌を歌ったのも、心を惹かれたきっかけのようだ。
照れくさいけど、私も歌うのは好きだ。
「♪〜」
歌って聞かせるのは、ほとんどJ-POPやボーカロイド。今日は男女2人組のロックバンドが作った、グリム童話の『ブレーメンの音楽隊』をモチーフとした曲だ。
私が好きな、徳島出身のシンガーソングライターさんの歌もよく歌う。前に『vivi』を歌ったときはウタがぽろぽろ泣き出してしまい、元気づけたくて『フローライト』を歌ったらもっと泣かせてしまった。あの時は焦った。
「……いい歌だね」
目を閉じて、体を揺らしながら聞き入っていたウタが呟く。自分の世界の歌を好きになってもらえると、私も嬉しい。この調子で布教していくのもいいかも。
***
港から流れる音楽に引き寄せられるように、人が集まってくる。
ブリキのバケツやフライパンを、打楽器のように軽快に鳴らすのは、黄色いパーカーと青いズボンを着た女性。ターンテーブルで音楽を流したり、ギターをかき鳴らしたりしているのは、赤ん坊のような背丈の黄色い生き物たち。
中央に置かれたスタンドマイクの前に立つのは、カラフルなスタジャンを羽織った人物。フードで顔をすっぽりと覆っているけれど、その華奢な体と高い声から女性だと分かる。そして、その澄んだ歌声を聞いたことがある者は、ハッとせずにはいられなかった。
曲が終わり、歌っていた人物がフードをぱさりと落とす。
「みんな、会いに来ちゃった! ウタだよ!」
***
「みんなに、私の歌を届けたい」
いろいろ考えた結果、ウタがやりたいことは、そこに行き着いたらしい。ただし、"救世主"ではなく"エンターテイナー"として、みんなに幸せになってもらいたいのだと話してくれた。
"海賊嫌いのウタ"のイメージを、完全に消すのは難しい。一度口にした言葉は取り消せない。それならば、せめてこれからは、今までと違う音楽を歌いたい。
シャンクスさんたちを探す旅をしながら、この世界で誰も聞いたことが無い音楽を――私がいた世界の音楽を、ゲリラライブで伝道者のごとく皆に伝えていく。それが、私たちが始めたことだ。
パーカッション担当は私。ボーカルはもちろんウタ。ギター担当はスチュアート。DJ担当はカールとジョディ。そのうち、他のミニオンたちにバックダンサーをお願いする予定だ。
「いつか、エレジアで大きなライブやりたいな……。ナナが教えてくれた『如月アテンション』とか『JUMP UP』は絶対入れたい」
「もうセトリ考えてるの? 気が早いねえ」
「『パプリカ』は、ナナとミニオンたちも一緒に踊ろうね。『magnet』も入れてみたいけど、どうかな? ナナと歌いたい」
「あれは、小さい子にちょいと刺激が強くないかい? 『どりーみんチュチュ』とか『メタモリボン』の方がいいと思う」
「『帝国少女』でクールに締めて……」
「個人的に『ウィルオウィスプ』をどこかに入れたい」
まっさらなキャンバスを目の前にしたように、2人で色鮮やかな夢を描いていく。どこまで行けるのか、試してみたい。そんな思いで、私たちは未来の計画を話し合った。
***
「旅の本来の目的は、シャンクスさんたちに会うこと。でも海は広いので、闇雲に探してたら見つかりません。なので作戦を立てます」
「エレジアでライブをするのは、ここまで来た意味が無いよね……。最終手段にしときたい」
「一応私が言い出しっぺなので、個人的に考えてきた案があるよ」
「何なに?」
「これを実行したら、ウタがシャンクスさんたちに会える確率が99%になる自信がある。ただし、私が死ぬ確率も99%になる可能性があります」
「ナナが死んじゃうの!? そ、そんなのダメ! 私がイヤ!」
「作戦内容はこう。ウタが暴漢にさらわれたことにして、赤髪海賊団に『返してほしくば××まで来い』とメッセージを出します」
「ま、まさかその暴漢役って」
「私が男装します。掌中の珠の一人娘が、どこの馬の骨とも分からない男に誘拐されたと聞いて、黙ってられる親はいない。ただし、毒親は除く」
「ドクオヤ?」
「自分の子どもに、暴言を吐いたり暴力を振るったりして、心身共に傷つける親のことだよ。子どもの人生を支配して自立を妨げることもする」
「そんな人がいるの!?」
「いるんだよねえ、悲しいことに」
「名付けて『自作自演の悪党と囚われの歌姫〜ヒーローは海賊団〜』作戦です」
「何か小説みたいなタイトルだ……。ナナが危ない思いするのはイヤだよ〜〜! 却下!」
「他に案が無かったらこの作戦で行こうと思う。覇王色の覇気を浴びる覚悟はしてるよ」
「私が別の作戦考えるから! そんな覚悟なんてしないで〜〜〜〜〜!」
その島にたどり着いたのは、偶然だった。
突然の嵐に巻き込まれ、船は沈まずに済んだものの、あれよあれよと流されて今に至る。錨を下ろして砂浜に足をつけると、ぼんやりした霧の向こうに人影が見えた。
「こんにちはー! 誰かいますかー?」
自分の存在をアピールしながら、とことこ近づいていく。そこには、大きな石の上に体育座りをして、海をぼーっと眺めていた女の子がいた。縁起が良さそうな紅白の髪が、潮風に揺れて天女の羽衣のようになびいている。
「だ、誰……?」
「驚かせてすみません。たまたまこの島に流れ着いた者です」
女の子は私と同じ歳くらいに見える。驚きと緊張と、少しの好奇心が混ざり合ったような表情で、おっかなびっくり地面に降りてきた。
「私、ナナっていいます。初めまして」
「ナナ……。ナナって、"賞金稼ぎナナ"?」
「あ、私のこと知ってるんですか?」
「う、うん。悪い海賊をやっつけてくれる、ヒーローみたいな人だって聞いたことがあって」
「大げさだなあ」
女の子はウタと名乗った。エレジアというこの島に、保護者のような人と住んでいるらしい。雨でびしょ濡れになり、髪や服から雫を滴らせている私を見て、「うちで休んでいきなよ」と提案してくれた。
「そのままだと風邪ひいちゃう」
「ありがとう。仲間たちも一緒にいいかな?」
「大丈夫だと思う。うち広いから」
「よかった。皆、おいでー」
船に向かって声をかけると、ミニオンたちが降りてくる。それを見て、ウタちゃんの表情から緊張が消え、頬がほんのりピンクに染まり、スミレ色の瞳がきらきらと瞬いた。
「カワイイ……!」
「可愛いよね。分かる」
案内されてついて行く。押しつぶされた家の跡やガレキがあちこちにあり、かつて人がたくさん暮らしていたことと、今は人がほとんどいないであろうことが読み取れた。
「ここ、災害でもあったの?」
そう聞いてみると、ウタちゃんは暗い顔で口をつぐんでしまう。これは触れない方がいい話題だなと察して、私はミニオンたちがちゃんと付いて来ているか目を配った。
***
ゴードンさんという人に挨拶をし、温かいシャワーを使わせてもらう。着ていた服はウタちゃんが洗ってくれて、代わりに彼女のTシャツとズボンが置いてあった。着てみたらちょっと大きい。そういえば、身長は彼女の方が数センチ高そうだったな。
「シャワーありがとうございました」
「ねぇナナ。外の話、いろいろ聞かせて」
ミニオンたちに囲まれていたウタちゃんが、ぱたぱたと駆けてくる。私が出てくるまで、ミニオンたちの相手をしてくれていたらしい。
「いいよ。それにしてもミニオンたち、楽しそうだね。歌ってる子もいる」
「さっき私の歌を聞いてもらったから、そのせいかな」
聞こえてくるメロディは、ミニオンたちがよく船で歌っていたものと同じだ。なるほど、この子が作った歌だったのか。
柔らかいクッションを抱えて、長椅子に並んで座り、いろんな話をする。私が見てきた街の話。悪い海賊を倒した話。これまで読んできた本の話や、船での過ごし方。ウタちゃんは相槌を打ちながら、興味津々といった様子で聞いてくれた。
「……ナナは、海賊が嫌いなの?」
「うーん、嫌いではないよ。人を傷つける人だったら嫌いだけど、海賊が全員そういう乱暴な人じゃないし。海軍の手が届かない島を、無償の善意で守る人もいる。それに、迷子の面倒を見て、保護者を探してくれる人もいる」
まあ、そういう人が少ないのも事実なんだけどね。そう付け加えると、ウタちゃんはどこか遠くを見ているような眼差しで軽くうなずいた。少しだけ、ほっとしているようにも見える。
「ウタちゃんは? 海賊のこと、どう思う?」
「私、は……」
ウタちゃんがうつむく。この島に災害があったのかと聞いた時のような、暗い表情だった。パクパクと口を動かすけど、言葉にならない。何かを怖がっているような反応だった。
「見ず知らずの他人に話して、楽になることってあると思う。でも、無理強いはしないよ」
「……うん」
膝の上で拳をぎゅっと握り、ウタちゃんが息を吸い込む。
「海賊は、きらい。……でも、本当は、すきなの」
私は何も見てませんし聞いてませんよ、と言うように、クッションを抱え直す。肩がふれあい、彼女の言葉がぽたぽたと落ちていく。
小さい頃、赤髪海賊団の音楽家として、船に乗っていたこと。
船長のお父さんやクルーの人たちと、楽しく過ごしていたこと。
立ち寄る島で出会った幼なじみと、たくさん遊んだこと。
"音楽の国"と呼ばれたこの島に来たこと。
「災害があったの? って、ナナ言ったよね。あれは、……あれは……っ、ぜんぶ、私がやったの。私のせいなの」
トットムジカと呼ばれる歌を歌ってしまい、その結果、魔王を呼び出してしまったこと。
人を殺め、エレジアを壊滅させてしまったこと。
その罪を被り、赤髪海賊団の人たちが、彼女をこの島に残して行ってしまったこと。
それを信じ、海賊を恨み続けていたこと。
残されたトーンダイヤルで、真実を知ったこと。
長い年月を経て明かされた真実は、彼女にとってとても重く、苦しいことが、想像できた。
「……君は、どうしたい?」
そう問いかけると、ウタちゃんは声を震わせ、しゃくり上げながら言った。
「……っ、シャンクスに、みんなに会いたい……っ!」
「じゃあ、会いに行こうよ」
「え……?」
長椅子から立ち上がり、ウタちゃんの前に片膝をつく。涙で頬を濡らしながら私を見つめる表情は、子どもみたいに素直で無防備だった。
「私が手伝う」
「そ、んな。でも私はっ、私の歌を聞いてくれる人たちの、期待に答えなきゃ」
「その人たちは、君の人生の責任を取ってくれるの?」
「……それは……」
「君には君の人生を生きる権利がある。誰かの言葉を聞き過ぎる必要は無いよ」
何も聞かなかったことにして、彼女が感情を吐き出して楽になるための、装置になるつもりだった。
でも私には、彼女が華奢な背中には大きすぎて、重すぎる荷物を必死に背負い込んで、どこかに急いで行ってしまいそうに見えた。
「逃げてもいいんだよ。私のせいにしていいから」
どうしようもない衝動に駆られて、気付けば私は、彼女の冷たくなった両手をそっと握っていた。
優しすぎる彼女が抱えている荷物を、少しでも軽くしたくて。どうか、ほんの少しでも分けて欲しくて。
「一緒に行こう。ウタちゃん」
スミレ色の瞳から、ほろりと新しい涙が流れた。
***
「ゴードンさん! 歌姫はさらって行きます! シャンクスさんたちと話をつけたら、彼女を送り届けに来ますので、それまで気長にお待ちください! 近況報告はこまめにします!」
「2人とも気をつけて……!」
彼女を島から連れ出すにあたって、もちろんゴードンさんと話をつけた。その中で分かったことがある。ウタちゃんがトットムジカを召喚してしまったあの事件のことを、彼は知っていたらしい。真実を話せずにいたことを、謝っていた。
出航の日。ウタちゃんをお姫様抱っこして、プリンセスを誘拐するヴィランごっこをする。ゴードンさんは両手をこちらに伸ばしつつも、心配するような言葉をかけてくれた。結構、演技派なのだろうか。
「ナナって意外と力持ちだね!?」
「まあウタちゃんくらいなら平気だよ。軽いし」
錨を上げて、カラフルな帆を広げる。空は旅立ちを祝福するように晴れ渡り、雨上がりの虹がアーチをかけていた。
「あの、ちゃん付けじゃなくて、呼び捨てにしてほしいな」
「分かったよ、ウタ」
えへへ、と嬉しそうに頬を染めて、ぎゅっと両腕を私の首に回してくる。これは愛されキャラの気配を察知。可愛いね。
「面舵いっぱい! 旅を続けるよ!」
ミニオンたちの元気な声と共に、私たちは大海原へと漕ぎ出した。
***
エレジアでは、ゴードンさんと2人きりで暮らしていたウタ。同年代の女の子とやってみたかった事がたくさんあるらしく、私はそれに二つ返事で付き合っていた。
例えば、ウタが好きなホイップましましのパンケーキを一緒に食べること。
ウタは、宝石みたいなイチゴやラズベリーが乗っている、赤と白のコントラストが綺麗なもの。私はチョコバナナのトッピングがついたものにした。
「これ美味しい! ナナ、1口あげる! はい、あーん」
「あー……ん、ホントだ。ベリー系は甘酸っぱくていいね。私のもどうぞ」
「はむっ、……! チョコとバナナがとろける〜。幸せ〜」
あの有名人のウタだと気づかれないように、街に出る時は黒縁の伊達メガネをつけて、髪も黒く染めてポニーテールにしている。でも美少女はそれくらいで隠れるものじゃない。チラチラ向けられる周りの視線が、くすぐったい。
「あ。このジャケット、ウタに似合いそう」
「わぁ、袖口にフリルがついてる! カワイイ!」
一緒に買い物をすることもある。新しい服や綺麗なアクセサリー、甘いお菓子や可愛いぬいぐるみ等。見るもの全てが珍しく感じるのか、ウタはずっとキョロキョロしていた。はぐれないように手を繋いでおこう。
「私、ファンの皆から"清く正しい救世主"みたいに扱われることが多かったんだ。だから、こんな風に普通の女の子がやってるようなことができて、すごく楽しい」
そう話す彼女の笑顔が、前より明るくなっている気がする。船の甲板で歌う彼女の声も、何かから解き放たれたかのように、伸び伸びと響き渡っていた。
「ナナの歌も聞かせてよ!」
「歌手を前にそれはハードルが高い」
「気にしなくていいのに。マークたちだって歌ってるよ? お願い〜!」
「……もー、下手とか笑わないでよ?」
自分以外の歌を聞くのが新鮮らしく、ウタは自分が歌うだけじゃなくて、よく私の歌も聞きたがった。私が元いた世界にしか無い歌を歌ったのも、心を惹かれたきっかけのようだ。
照れくさいけど、私も歌うのは好きだ。
「♪〜」
歌って聞かせるのは、ほとんどJ-POPやボーカロイド。今日は男女2人組のロックバンドが作った、グリム童話の『ブレーメンの音楽隊』をモチーフとした曲だ。
私が好きな、徳島出身のシンガーソングライターさんの歌もよく歌う。前に『vivi』を歌ったときはウタがぽろぽろ泣き出してしまい、元気づけたくて『フローライト』を歌ったらもっと泣かせてしまった。あの時は焦った。
「……いい歌だね」
目を閉じて、体を揺らしながら聞き入っていたウタが呟く。自分の世界の歌を好きになってもらえると、私も嬉しい。この調子で布教していくのもいいかも。
***
港から流れる音楽に引き寄せられるように、人が集まってくる。
ブリキのバケツやフライパンを、打楽器のように軽快に鳴らすのは、黄色いパーカーと青いズボンを着た女性。ターンテーブルで音楽を流したり、ギターをかき鳴らしたりしているのは、赤ん坊のような背丈の黄色い生き物たち。
中央に置かれたスタンドマイクの前に立つのは、カラフルなスタジャンを羽織った人物。フードで顔をすっぽりと覆っているけれど、その華奢な体と高い声から女性だと分かる。そして、その澄んだ歌声を聞いたことがある者は、ハッとせずにはいられなかった。
曲が終わり、歌っていた人物がフードをぱさりと落とす。
「みんな、会いに来ちゃった! ウタだよ!」
***
「みんなに、私の歌を届けたい」
いろいろ考えた結果、ウタがやりたいことは、そこに行き着いたらしい。ただし、"救世主"ではなく"エンターテイナー"として、みんなに幸せになってもらいたいのだと話してくれた。
"海賊嫌いのウタ"のイメージを、完全に消すのは難しい。一度口にした言葉は取り消せない。それならば、せめてこれからは、今までと違う音楽を歌いたい。
シャンクスさんたちを探す旅をしながら、この世界で誰も聞いたことが無い音楽を――私がいた世界の音楽を、ゲリラライブで伝道者のごとく皆に伝えていく。それが、私たちが始めたことだ。
パーカッション担当は私。ボーカルはもちろんウタ。ギター担当はスチュアート。DJ担当はカールとジョディ。そのうち、他のミニオンたちにバックダンサーをお願いする予定だ。
「いつか、エレジアで大きなライブやりたいな……。ナナが教えてくれた『如月アテンション』とか『JUMP UP』は絶対入れたい」
「もうセトリ考えてるの? 気が早いねえ」
「『パプリカ』は、ナナとミニオンたちも一緒に踊ろうね。『magnet』も入れてみたいけど、どうかな? ナナと歌いたい」
「あれは、小さい子にちょいと刺激が強くないかい? 『どりーみんチュチュ』とか『メタモリボン』の方がいいと思う」
「『帝国少女』でクールに締めて……」
「個人的に『ウィルオウィスプ』をどこかに入れたい」
まっさらなキャンバスを目の前にしたように、2人で色鮮やかな夢を描いていく。どこまで行けるのか、試してみたい。そんな思いで、私たちは未来の計画を話し合った。
***
「旅の本来の目的は、シャンクスさんたちに会うこと。でも海は広いので、闇雲に探してたら見つかりません。なので作戦を立てます」
「エレジアでライブをするのは、ここまで来た意味が無いよね……。最終手段にしときたい」
「一応私が言い出しっぺなので、個人的に考えてきた案があるよ」
「何なに?」
「これを実行したら、ウタがシャンクスさんたちに会える確率が99%になる自信がある。ただし、私が死ぬ確率も99%になる可能性があります」
「ナナが死んじゃうの!? そ、そんなのダメ! 私がイヤ!」
「作戦内容はこう。ウタが暴漢にさらわれたことにして、赤髪海賊団に『返してほしくば××まで来い』とメッセージを出します」
「ま、まさかその暴漢役って」
「私が男装します。掌中の珠の一人娘が、どこの馬の骨とも分からない男に誘拐されたと聞いて、黙ってられる親はいない。ただし、毒親は除く」
「ドクオヤ?」
「自分の子どもに、暴言を吐いたり暴力を振るったりして、心身共に傷つける親のことだよ。子どもの人生を支配して自立を妨げることもする」
「そんな人がいるの!?」
「いるんだよねえ、悲しいことに」
「名付けて『自作自演の悪党と囚われの歌姫〜ヒーローは海賊団〜』作戦です」
「何か小説みたいなタイトルだ……。ナナが危ない思いするのはイヤだよ〜〜! 却下!」
「他に案が無かったらこの作戦で行こうと思う。覇王色の覇気を浴びる覚悟はしてるよ」
「私が別の作戦考えるから! そんな覚悟なんてしないで〜〜〜〜〜!」