ひまわりの笑顔
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「なー、アオって大笑いすんのか?」
ある夏の日。
始まりは、旭のそんな一言だった。
「いきなりどうしたのさ」
「だってさ、同じ部活になってからけっこう経ったじゃん?なのにあんまアオって笑わねーからさ」
郁弥の問いに、旭は両手を頭の後ろに当ててすねたように口をとがらせた。
「笑顔見たの1回だけだし?可愛かったけど何か控えめだったし?まあ俺のこと"かっこいい"って言ってくれたけどな!」
「"僕たちが泳いでるところがかっこいい"でしょ。アオの言葉を捏造しないでよ」
1年組として一緒に過ごし、同じ水泳部で頑張る者同士なのだが、彼女の表情の変化はまだつかみにくかった。
前より雰囲気は和らいだかな、という感じだ。
「アオ、けっこう笑ってると思うよ?」
「お前らに慣れてきてるから」
「ハルと真琴は幼なじみだから分かるだろ?!俺らまだ数ヶ月しか知らないんだけど!」
2人にツッコミを入れてから、旭は諦めきれない様子で、腕組みをしてうんうん考え出した。
「んー……、くすぐったら笑ってくれっかな」
「やめなよセクハラになるよ」
同性同士なら許されるだろうけど、中学生男子が女子にやることじゃない。
そんな思いをひんやりした目つきに込めて、郁弥が止める。その後、少し考えて、ぽそりとつぶやいた。
「……アオが喜ぶようなことをすればいいんじゃないの?誕生日を祝うとか……」
「おー!それだ!郁弥ナイス!」
名案だ!とぽんと手を打ち、表情を輝かせる旭。
そのとき、真琴が言いにくそうに、おずおずと切り出す。
「えっと……アオの誕生日って3月5日だから、もう過ぎてるよ?」
「あとは来年だな」
「祝えんのまだまだ先じゃねーか!」
「僕と2日違いなんだ……」
淡々と遙が言い、旭が大声を上げて頭を抱えた。
郁弥だけは、いい事を知ったかのように頬を染めていた。
「アオに"いつもありがとう"って何か贈ればいいんじゃないかな」
「それいーな!あいついつも頑張ってるし!」
「……早めの誕生日プレゼントってことにしない?……ちょっと照れくさいから……」
真琴の提案に旭が乗り、郁弥は少しつんと横を向きながら言った。
***
「でも、アオって何あげたら喜ぶんだ?」
旭の疑問はごもっとも。
真琴が最初に話し出した。
「アオは写真とか本が好きだよ。あとクリオネかな」
「クリオネ?」
「マスコットとか、よくグッズ集めてるよ」
不思議そうな郁弥に真琴が答える。
でもそれほど好きな物なら、グッズを買ってもかぶる可能性がありそうで。
「お菓子とかでいんじゃねーの?」
「……蒼は収集できる物のほうが好きだ」
旭の提案にハルが冷静に言った。
さすが幼なじみ2人、よく分かっている。
「……写真が好きなら、写真立てとかは?キットみたいなの買って」
郁弥の小さなつぶやき。
少しの間の後、旭がいち早くその言葉に食いついた。
「それだー!!貝がらとか周りに着ければ見栄えもするよな!」
「アオは自分で撮ったりもしてるから、実用的でいいかもね!」
「……そうだな」
自分の意見が3人に採用されたことが照れくさいのか、郁弥がはずかしそうにうつむく。
そんなこんなで、満場一致で蒼へのプレゼントが決まったのだった。
***
それから4人でお金を出し合い、L判の写真が入る木製の写真立てキットを買った。
蒼には女友達と一緒に帰ってもらい、全員で海岸を歩き回り、フレームに貼り付けられそうなサイズのものを探した。
小さくて、形が綺麗な貝殻。
波に削られ、磨かれたシーグラス。
工作並に簡単で、でも心を込めて作った、この世に1つだけの写真立て。
渡す場所は、ハルの家だ。
「写真立てはこれに入れろ」
「ってハル!なんだそれすげー!」
遙が差し出したものを見て、旭が感嘆の声を上げた。
それはフェルトで作られた、クリオネのぬいぐるみ。
背中にチャックが着いていて、中身にはふわふわの綿が詰まってる。つぶらなボタンの目が可愛らしい。
「ハル、いつの間に作ったの……?!」
「すごい!やっぱりハル器用だね」
「……別に。蒼はクリオネが好きだからな」
口々に言う郁弥と真琴に、遙はそっぽを向いてつぶやいた。
写真立てをそっとクリオネの背中に入れたとき、玄関からチャイムの音が聞こえる。
遙が玄関に行く間に、残りの3人は居間に移動し、真琴が背中にクリオネを隠した。
「どうかしたのか?」
突然、土曜日に家に来いと遙に言われ、皆が集まっていることに目を丸くしている蒼。
そんな彼女に、真琴は背中からそっとクリオネを出して蒼に渡した。
「アオ、いつもありがとう」
「……やる」
「アオいつもマネージャー頑張ってるし、俺らのことちゃんと見てくれてっから。お礼な!」
「……まあ、早めの誕生日プレゼントだと思って、受け取ってよ」
真琴、遙、旭、郁弥からの言葉とサプライズ。
困惑していた蒼だが、そろっと腕を伸ばしてクリオネを受け取った。
背中のチャックを開いて、中の写真立てに気づく。
貝がらやシーグラスで飾り付けがされた、綺麗なオリジナルの写真立て。
「……ほんとに、もらっていいのか?」
「もちろん」
「当たり前だろ?」
おそるおそるつぶやきながら4人を見れば、真琴と旭が可笑しそうに言う。
遙と郁弥もうなずくのを見て、蒼は胸がいっぱいになった。
クリオネのぬいぐるみごと、4人から贈られた写真立てを宝物のように、大切そうに抱きしめる。
蒼の目がゆっくりと、弓なりに細められ。
表情がゆるみ、唇がほころんでいく。
頬はほんのりと、ばら色に染まっていて。
とても嬉しそうに、ふにゃりと顔をほころばせて、蒼は満面の笑みを浮かべていた。
それはまるで、白いヒマワリが花開いたように、可愛らしく純粋で。
「ありがとう」
そのありふれた感謝の一言は、4人の心の中に、今までにないくらいに染みとおっていった。
***
「ななななんだよー、アオ笑えんじゃねーか!アオ笑ったほうがいいぜ?!うん!」
「……あんまり、他の人にその顔見せないでね」
「ふふ、アオ嬉しそう」
「……そうだな」